第10場面 「幸せなのに」
――夜。
王都は、まだ眠っていなかった。
窓の外には、無数の明かりが灯っている。
通りを行き交う馬車。
夜遅くまで賑わう店。
貴族街の屋敷から漏れる、暖かな光。
華やかで。
美しい。
レティシアが帰ってきたかった場所。
そして今。
この王都は、彼女を歓迎してくれている。
「…………」
レティシアは、窓辺に立っていた。
最近は、誰も自分を嫌っていない。
社交界では歓迎され。
クラリスとも仲良くなった。
アルベルトも優しい。
家族も安心している。
そして。
一度は失った婚約も。
もしかしたら、また戻ってくるかもしれない。
何も問題はない。
むしろ。
以前よりずっと、幸せだ。
「…………」
レティシアはベッドに入った。
目を閉じる。
けれど。
眠れない。
しばらくして。
また目を開ける。
「…………」
時計の針だけが。
静かに進んでいく。
どうしてだろう。
今日は何も嫌なことがなかった。
誰とも喧嘩していない。
誰かを傷つけてもいない。
誰かに嫌われたわけでもない。
むしろ。
みんな、自分を好きでいてくれる。
なのに。
胸の奥が。
少しだけ重い。
レティシアは、そっと胸元に手を当てた。
「……どうして?」
返事はない。
「…………」
目を閉じる。
考えてみる。
誰も嫌っていない。
誰も傷つけていない。
誰にも怒っていない。
何も失っていない。
全部。
うまくいっている。
それなのに――。
「……何か、おかしい」
小さな声が、静かな部屋に落ちた。
レティシア自身。
その言葉に、少し驚いた。
おかしい?
何が?
どこが?
答えは。
出てこない。
「…………」
窓の外を見る。
王都は、今夜も美しい。
自分を受け入れてくれる場所。
自分を愛してくれる人たち。
ずっと欲しかったものが。
ちゃんと、ここにある。
なのに。
なぜか。
胸の奥だけが。
置いていかれたような気がした。
「……私は、幸せなはずなのに」
レティシアは呟く。
その声は。
自分自身に言い聞かせるようだった。
「…………」
そして。
もう一度、目を閉じる。
けれど。
その夜。
レティシアは、なかなか眠ることができなかった。




