第7場面 「嫌われない私」
――夜。
レティシアは、自室の鏡の前に立っていた。
鏡の中には。
一人の美しい令嬢が映っている。
淡い色の髪。
整った顔立ち。
穏やかな瞳。
そして。
柔らかな微笑み。
レティシアは、しばらく黙って自分を見つめた。
以前とは。
ずいぶん違う。
怒っていることもない。
険しい顔をすることもない。
眉をひそめることだって、ほとんどなくなった。
何か気に入らないことがあっても。
笑っていられる。
誰かに嫌なことを言われても。
優しく返せる。
何かを頼まれても。
断らない。
――まさに。
「白百合の令嬢」。
王都の人々が、そう呼ぶにふさわしい姿だった。
レティシアは鏡の中の自分を見て。
小さく呟いた。
「……綺麗」
自分で言うのも、少し変な気がした。
けれど。
本当に、そう思った。
以前よりも。
ずっと穏やかで。
ずっと愛される人になった。
「……これでいいのよ」
鏡の中の自分に向かって、そう言った。
その瞬間。
ふと。
あの日のことを思い出す。
魔女、エルヴィラ。
そして――。
『あなたが、いらないと言ったものを』
「…………」
レティシアは、静かに目を伏せた。
自分は。
嫌われる部分を捨てた。
怒り。
強すぎる自尊心。
人に踏み込まれたときに拒む心。
嫌なものを、嫌だと言う気持ち。
誰かに否定されたときに、立ち向かう心。
そういうものを。
全部。
いらないと思った。
だから。
今の自分がある。
誰からも好かれる。
誰にも嫌な顔をされない。
誰かを傷つけることもない。
理屈で考えれば。
何も間違っていない。
むしろ。
完璧だった。
「……これで、いいの」
もう一度。
レティシアは呟いた。
けれど。
「…………」
鏡の中の自分が。
ほんの少しだけ。
寂しそうに見えた。
「……?」
レティシアは首を傾げる。
もう一度、鏡を見る。
そこにいるのは。
穏やかに微笑む自分。
何もおかしくない。
何も問題はない。
「…………」
それなのに。
なぜだろう。
ほんの一瞬。
鏡の中の自分が。
何かを失ったように見えた。
「……気のせいね」
レティシアは小さく笑った。
そして。
鏡の中の自分に微笑み返す。
「私は、幸せなんだから」
そう言い聞かせるように。
静かに。
もう一度だけ。
「……これでいいのよ」
と呟いた。




