第6場面 小さな「嫌」
レティシアの日々は、穏やかに過ぎていった。
「レティシア様、今度のお茶会にぜひ参加してくださいませ」
ある日の午後。
社交界の令嬢から、そんな誘いを受けた。
レティシアは一瞬だけ考える。
本当は。
少し、疲れていた。
今日は屋敷で静かに過ごしたい。
けれど。
「……ええ。もちろんですわ」
笑って頷いた。
「ありがとうございます!」
相手は嬉しそうに笑う。
「楽しみにしておりますわ」
「私もです」
そう答えて。
レティシアは笑顔で見送った。
――別の日。
「レティシア様。少しお願いがあるのですが……」
書類を抱えた令嬢が、申し訳なさそうに近づいてくる。
「私でよければ、お手伝いいたしますわ」
「本当ですか? 助かります!」
「ええ。これくらいなら」
また、笑った。
――そして。
「まあ……そういうこともありますわね」
誰かに少し失礼なことを言われても。
「お気になさらないでくださいませ」
意見を否定されても。
「そういう考え方もありますもの」
何かを押しつけられても。
「……ええ。分かりましたわ」
レティシアは、いつも笑っていた。
怒らない。
反論しない。
断らない。
嫌な顔もしない。
だから。
周囲の人々は、ますます彼女を好きになった。
「本当にお優しい方ね」
「レティシア様は、何をお願いしても嫌な顔一つなさらないわ」
「まさに白百合の令嬢ね」
そんな言葉を聞くたびに。
レティシアも嬉しくなった。
(……よかった)
嫌われていない。
誰も怒らせていない。
みんなが笑っている。
それなら。
これでいい。
――そう思っていた。
その日の夜。
誰もいない部屋に戻る。
扉を閉める。
「…………」
レティシアは、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
静かだった。
昼間はあれほど賑やかだったのに。
一人になると。
急に、胸の奥が重く感じられた。
「…………」
レティシアは胸元に手を当てる。
痛いわけではない。
苦しいわけでもない。
ただ。
何かが、少しだけ重い。
(……どうしたのかしら)
今日も楽しかった。
みんな親切だった。
自分も、みんなに優しくできた。
嫌なことなんて、何もなかったはず。
(……なのに)
なぜだろう。
胸の奥に。
小さな何かが引っかかっている。
レティシアは首を傾げた。
「……疲れているだけね」
そう呟いて。
立ち上がる。
それ以上は考えなかった。
考える理由も。
考える必要も。
ないと思っていた。
ただ――。
その小さな違和感は。
少しずつ。
確かに、積み重なっていた。




