第5場面 「何がしたい?」
――その日の午後。
レティシアは母エレノアと二人で、庭園の東屋にいた。
柔らかな風が吹き抜ける。
テーブルの上には紅茶と、小さな焼き菓子。
穏やかな時間だった。
「レティシア」
「はい、お母様」
エレノアは紅茶を一口飲んでから、何気ない様子で尋ねた。
「あなたは、これからどうしたいの?」
「……どう、したい?」
レティシアは首を傾げた。
「ええ」
エレノアは微笑んだ。
「婚約のことでも、社交界のことでもなくて」
そして、娘をまっすぐ見る。
「あなた自身は?」
「…………」
レティシアは黙った。
どうしたい。
これから。
自分は――。
「……」
頭の中に、いくつものことが浮かぶ。
アルベルトとの婚約。
クラリスとの友情。
社交界での評判。
侯爵家のこと。
周囲の人々が喜んでくれること。
けれど。
「…………」
どれも。
自分が望んだものなのかと聞かれると。
分からなかった。
「レティシア?」
母の声に、レティシアは顔を上げた。
「あ……」
そして、いつものように微笑もうとする。
「皆さんが喜んでくださるなら、それで――」
そこまで言って。
言葉が止まった。
「…………」
エレノアが、少しだけ不思議そうな顔をする。
「あなたは?」
「……私?」
「ええ」
母は優しく尋ねた。
「皆さんではなくて。あなたは、どうしたいの?」
「…………」
レティシアは答えられなかった。
どうしたい。
その言葉だけが。
胸の中を、何度も巡る。
以前の自分なら。
きっと、すぐに答えていた。
「こうしたい」と。
「それは違います」と。
「私はこう思います」と。
自分が望むことも。
嫌なことも。
正しいと思うことも。
ちゃんと分かっていた。
けれど――。
今の自分には。
「こうしたい」がない。
「…………」
レティシアは俯いた。
胸の奥に、小さな空白があるような気がした。
けれど。
それが何なのかは、分からない。
「……ごめんなさい、お母様」
「謝らなくていいのよ」
エレノアは静かに笑った。
「ただ、聞いてみたかっただけだから」
「…………はい」
レティシアも笑う。
けれど、その笑顔は。
ほんの少しだけ。
自分でも分からないものを隠すような笑顔だった。
(……私は)
(何がしたいのかしら)
答えは。
出てこなかった。




