第4場面 幸せの証拠
――レティシアを取り巻く環境は、すっかり変わっていた。
王都で、彼女を嫌う者はほとんどいない。
以前は。
「あの方は少し怖いわ」
「気が強すぎるのよ」
「何を言っても否定されそうで……」
そんな声が聞こえていた。
けれど、今は違う。
「レティシア様って、本当にお優しいわね」
「ええ。誰に対しても笑顔で接してくださるもの」
「まさに白百合の令嬢ですわ」
社交界でも、レティシアの評判は上がる一方だった。
お茶会に招かれる。
舞踏会で声をかけられる。
以前なら距離を置いていた令嬢たちからも、自然と話しかけられるようになった。
そして――。
クラリスとの関係も良好だった。
以前のような緊張感は、もうない。
「レティシア様、またお話ししましょうね」
「ええ。もちろんですわ」
アルベルトも、優しい。
以前よりも穏やかに笑いかけてくれる。
「君といると安心する」
その言葉を思い出すだけで、レティシアの胸は温かくなった。
侯爵家の家族も、安心している。
母エレノアは、娘が王都で笑っていることを何より喜んでいた。
父もまた、以前ほど厳しい顔を見せなくなった。
そして――。
一度は失われた婚約さえ。
再び結ばれる可能性が出てきている。
「もし婚約が戻れば、本当にお似合いですわね」
「白百合の令嬢と第一王子……素敵だわ」
「今度こそ、幸せになっていただきたいものね」
そんな声が、王都には溢れていた。
誰が見ても。
何もかもが、うまくいっている。
嫌われない。
友人もいる。
家族も安心している。
好きな人からも、大切にされている。
未来だって、明るい。
――これ以上、何を望むというのだろう。
「レティシア」
ある日の夕食後。
母エレノアが、優しく声をかけた。
「最近、楽しそうね」
「はい」
レティシアは微笑んだ。
「とても幸せそうに見えるわ」
「……はい」
少しも迷わず。
レティシアは頷いた。
「私は、幸せですわ」
それは嘘ではなかった。
本当に、そう思っている。
以前のように嫌われることもない。
誰かと争うこともない。
大切な人たちが、笑ってくれている。
だから。
幸せ。
そのはずだった。
「それならよかったわ」
母は嬉しそうに笑った。
「それで――」
そして、何気なく続けた。
「レティシアは、何が一番嬉しいの?」
「…………」
レティシアの笑顔が、ほんの少しだけ止まった。
「え?」
「今、一番幸せだと思うことよ」
「…………」
レティシアは考えた。
クラリスと仲良くなれたこと?
アルベルトが優しくしてくれること?
家族が安心していること?
婚約が戻るかもしれないこと?
どれも嬉しい。
どれも幸せだ。
けれど。
「……ええと」
なぜか。
一つに決められなかった。
母は急かさない。
ただ、優しく娘を見つめている。
レティシアは少し困ったように笑った。
「皆さんが……喜んでくださること、でしょうか」
「そうなの?」
「はい」
そう答えた。
けれど。
自分でも、なぜか少しだけ不思議だった。
(……私は、何がしたいのかしら)
その問いが。
ほんの一瞬だけ。
胸の奥に浮かんだ。
そしてレティシアは。
すぐに、その問いを心の奥へしまった。
今は幸せなのだから。
それで、いいのだと。




