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悪役令嬢レティシア、二人になりました  作者: 南蛇井


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Scene 11 「私の嫌なところ」

「自分の嫌いな部分が」


「なくなればいいと思ったでしょう?」


 黒衣の女――見知らぬ女は。


 まるで答えを知っているかのように。


 楽しそうに笑っていた。


 レティシアは答えなかった。


 答えられなかった。


 けれど。


 否定もできなかった。


「…………」


 冷たい廊下。


 窓から差し込む光。


 遠くに聞こえる人々の声。


 すべてが。


 どこか現実ではないように思えた。


 レティシアはゆっくりと目を伏せる。


「……どうして私は」


 自分でも。


 誰に向けた言葉なのか分からなかった。


「もっと上手くできないのでしょう」


 女は何も言わない。


 ただ。


 レティシアを見ていた。


「もっと」


 言葉を探す。


「もっと、優しく」


「もっと、上手に」


「もっと……」


 そこで。


 レティシアは口を閉じた。


 何を言おうとしていたのだろう。


 もっと。


 皆に好かれるように?


 もっと。


 誰にも嫌われないように?


 もっと。


 可愛らしい令嬢らしく?


「……」


 レティシアは。


 小さく息を吐いた。


 誰かに嫌われたかったわけではない。


 誰かを傷つけたかったわけでもない。


 ただ。


 間違っていると思ったことを。


 間違っていると言った。


 それだけだった。


 けれど。


 世の中には。


 正しいことを言うだけでは。


 上手くいかないことがある。


 そんなことくらい。


 レティシアも知っていた。


 だから。


 言葉を選ぼうとした。


 柔らかく言おうとした。


 相手の立場を考えようとした。


 何度も。


 何度も。


 努力した。


 それでも。


 最後には。


「レティシア様は怖い」


 と言われた。


 どうして。


 なのだろう。


 レティシアは。


 自分の手を見つめた。


「私は……」


 指先を。


 ゆっくりと握る。


「誰かに嫌われないようにしたかった」


 ぽつり。


 言葉がこぼれた。


「誰かを傷つけたくもありませんでした」


 それは。


 誰にも言ったことのない本音だった。


 自分は強い。


 そう思われていた。


 怖い。


 冷たい。


 傲慢。


 何を言われても平気な人間。


 皆。


 そう思っていたのだろう。


 だから。


 誰も聞かなかった。


 レティシアが。


 本当はどうしたかったのか。


「でも」


 レティシアは。


 ゆっくりと顔を上げる。


「できませんでした」


 黒衣の女は。


 変わらず黙っている。


「嫌われたくないからといって」


「間違っていると思ったことを、間違っていないとは言えません」


「誰かが困っているのを見て」


「見て見ぬふりをすることも」


「私にはできませんでした」


 あの侍女のこと。


 遅刻を繰り返した令嬢のこと。


 そして。


 アルベルトのこと。


「殿下が」


 レティシアは。


 一瞬だけ言葉を止めた。


「間違っていると思ったときも」


 言わなければよかったのかもしれない。


 黙って。


 笑って。


 殿下のおっしゃる通りです、と。


 そう言えばよかったのかもしれない。


 もっと。


 優しい言葉を選べば。


 もっと。


 可愛らしく振る舞えば。


 誰にも嫌われずに済んだのだろうか。


「……でも」


 レティシアは。


 首を振った。


「それもできませんでした」


 間違っている。


 そう思ったのなら。


 どうしても。


 言ってしまう。


 嫌なことをされたなら。


 嫌だと言ってしまう。


 納得できないことがあれば。


 納得できません、と言ってしまう。


 それが。


 自分だった。


「だから」


 レティシアは。


 少しだけ笑った。


「結局」


「皆様から嫌われるのですわね」


 笑い声は出なかった。


 けれど。


 泣くこともできなかった。


 ただ。


 ひどく。


 疲れていた。


「誰かに嫌われたくない」


「誰かを傷つけたくない」


「でも、自分の意見を曲げることもできない」


 レティシアは。


 自嘲するように呟く。


「……なんて面倒な人間なのでしょう」


 黒衣の女が。


 くすり、と笑った。


「面倒?」


「そうでしょう?」


 レティシアは女を見る。


「もっと」


 少しだけ。


 言葉を探す。


「もっと上手く生きられる人間だったら」


「こんなことにはならなかったのかもしれません」


 女は首を傾げた。


「上手く生きる?」


「はい」


「それは、例えば?」


「例えば……」


 レティシアは。


 少し考える。


「相手が望む言葉を言う、とか」


「余計なことは言わない、とか」


「嫌なことがあっても、笑って許すとか」


「そういうことですわ」


「なるほど」


 女は。


 どこか面白そうに頷いた。


「つまり」


「あなたは、今の自分が嫌いなのね?」


「……」


 レティシアは。


 すぐには答えなかった。


 嫌い。


 その言葉は。


 少し違う気がした。


「嫌い、というより」


 レティシアは。


 ゆっくりと呟く。


「疲れましたの」


「……」


「自分でいることに」


 その言葉を口にした瞬間。


 胸の奥が。


 少しだけ痛んだ。


「何かを言えば」


「怖いと言われる」


「何も言わなければ」


「どうして止めてくれなかったのかと思う」


「相手のためを思って言っても」


「悪意だと言われる」


 レティシアは。


 自分でも驚くほど。


 淡々と話していた。


 けれど。


 だからこそ。


 それは本当だった。


「私は」


 どうすればよかったのだろう。


「……もっと」


 上手く。


 生きたかった。


「もっと上手く」


 人と話して。


 もっと上手く。


 笑って。


 もっと上手く。


 誰かと付き合って。


 そうすれば。


 誰も傷つけず。


 誰にも嫌われず。


 生きていけたのだろうか。


「……私の」


 レティシアの声が。


 小さくなる。


「この」


 自分の胸元に。


 そっと手を置く。


「嫌なところが」


 言葉が。


 一度。


 止まった。


 なぜか。


 その先を言うことが。


 怖かった。


 けれど。


 もう。


 口から出かかっている。


「……私の、この嫌なところがなければ」


 黒衣の女の瞳が。


 ゆっくりと細められた。


 待っていた。


 ずっと。


 その言葉を。


「そうね」


 女が。


 優しく言った。


「消してしまえばいいわ」


 レティシアが顔を上げる。


「……え?」


「あなたの中にある」


 女は。


 楽しそうに笑った。


「嫌われる部分」


「怖がられる部分」


「言い返してしまう部分」


「正しいと思ったら、譲れない部分」


 一つずつ。


 まるで。


 商品を並べるように。


「全部」


 女は言った。


「消してしまえばいい」


「…………」


 レティシアは。


 女を見つめる。


 その瞬間。


 ようやく。


 疑問が浮かんだ。


「……あなたは」


 黒衣の女は。


 にっこりと笑った。


「誰なのですの?」


「私?」


 女は。


 まるで。


 その質問を待っていたかのように。


 優雅に一礼した。


「エルヴィラ」


 その名を。


 レティシアは知っていた。


 いや。


 知らないはずがなかった。


「魔女エルヴィラ、と呼ばれているわ」


 廊下の空気が。


 わずかに。


 冷たくなった。


 レティシアは。


 しばらく。


 何も言えなかった。


 そして。


 ようやく。


 小さく呟く。


「……魔女」


「ええ」


 エルヴィラは。


 楽しそうに微笑んだ。


「だから」


 一歩。


 レティシアへ近づく。


「あなたの願いを」


 叶えてあげられるわよ。


 その言葉に。


 レティシアの胸の奥で。


 小さな何かが。


 揺れた。


 ――消してしまえばいい。


 その部分が。


 なくなれば。


 もっと。


 上手く生きられるのだろうか。


 もっと。


 優しくなれるのだろうか。


 もっと。


 皆に愛される人間になれるのだろうか。


 そして。


 何より。


 自分自身も。


 少しは。


 楽になれるのだろうか。


 レティシアは。


 魔女を見つめた。


「……本当に」


 魔女は笑う。


「ええ」


「できますの?」


 エルヴィラは。


 迷うことなく答えた。


「もちろん」


 そして。


 ほんの少しだけ。


 意味ありげに。


 微笑んだ。


「ただし」


「?」


「消すだけとは」


 言っていないけれどね」


 レティシアは。


 その言葉の意味を。


 まだ知らなかった。

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