第9話 幸せなのに 第1場面 白百合の令嬢
――王都。
あの断罪の日から、しばらくの時が流れていた。
王城の庭園では、今日も多くの貴族令嬢たちが集まり、華やかな茶会が開かれている。
その中心にいるのは、一人の令嬢だった。
レティシア・ヴァレンフォール。
白いドレス。
柔らかな笑顔。
穏やかな物腰。
以前とは、まるで違っていた。
「レティシア様、この前のお話ですけれど――」
「まあ、そうですわね」
「私はこう思うのですが、いかがでしょう?」
「ええ。素敵なお考えだと思います」
「では、こちらについては――」
「そうですわね」
レティシアは微笑みながら、相手の話を聞いている。
否定しない。
反論しない。
眉をひそめることもない。
以前なら、
(それは少し違うのでは?)
と思ったことでも。
今は口にしない。
ただ、柔らかく笑う。
「本当に素敵な方ね」
少し離れたところで、令嬢の一人が囁いた。
「ええ。以前とはまるで別人だわ」
「もっと近寄りがたい方だと思っていたけれど……」
「今のレティシア様なら、誰からも好かれるでしょうね」
そして。
誰かが言った。
「まさに――白百合の令嬢だわ」
その言葉に、レティシアは小さく微笑んだ。
「……白百合」
以前の自分なら。
そんな呼び名を聞いて、どう思っただろう。
少し照れながらも、きっと否定していた。
けれど今は。
悪くない。
むしろ――嬉しい。
「レティシア様」
「はい?」
「またぜひご一緒してくださいませ」
「もちろんですわ」
令嬢が嬉しそうに去っていく。
レティシアは、その背中を見送った。
そして。
胸の奥で、そっと呟く。
(……嫌われていない)
その事実が、何より嬉しかった。
誰も自分を怖がらない。
誰も自分を避けない。
誰も自分を「悪役令嬢」と呼ばない。
ただ笑って。
ただ優しくして。
ただ相手に合わせる。
それだけで――
人はこんなにも、自分に優しくしてくれる。
レティシアは庭園に咲く白い花を眺めた。
「……これで、いいのよ」
小さく呟く。
その笑顔は、とても綺麗だった。
誰が見ても。
幸せそうな笑顔だった。




