Scene 12 最後のオチ
帰り際。
レティシアが部屋を出ようとしたところで、ハロルドが声をかけた。
「そうだ」
「何か?」
レティシアが振り返る。
「黒薔薇館の魔獣だが」
「ああ、ノワールのこと?」
「名前までつけたのか」
「ええ」
ハロルドは一瞬だけ黙った。
そして。
「……好きにしろ」
「本当に?」
「人を襲わないならな」
「分かったわ」
レティシアが頷く。
するとハロルドは、何かを思い出したように付け加えた。
「ただし」
「?」
「家具を壊したら弁償しろ」
「…………」
レティシアの動きが止まる。
「……それはノワールに言ってちょうだい」
「お前のペットだろう」
「そうだけど」
「なら飼い主の責任だ」
「…………」
レティシアは何とも言えない顔をした。
ニーナが横で小さく頷く。
「辺境伯様のおっしゃる通りですね」
「あなたまでそっちにつくの?」
「事実ですので」
「…………」
どうやら。
この辺境では、身分も何も関係ないらしい。
壊したものは弁償。
困っているなら働く。
魔獣を飼うなら、飼い主として責任を取る。
実に分かりやすい。
レティシアは小さくため息をついて、屋敷を後にした。
――黒薔薇館では。
ノワールが大きなあくびをしていた。
その横には。
昨日壊した椅子が一脚。
無残な姿で転がっている。
「…………」
ノワールは気にした様子もなく、のんびりと尻尾を揺らしている。
ニーナがそれを見て、静かに呟いた。
「……弁償、必要ですね」
「…………」
レティシアは何も言わなかった。
ただ、ノワールをじっと見つめる。
ノワールが顔を上げる。
「…………」
「…………」
「クゥ」
「……あなた、あとで話があります」
――こうして。
レティシアのグランフェルでの生活は、少しずつ形を持ち始めていた。
そして、帰り道。
夕暮れの道を歩きながら、レティシアはふと呟いた。
「……気に入った、なんて言われたのは」
隣を歩くニーナを見る。
「初めてかもしれないわ」
ニーナは何も言わなかった。
ただ、少しだけ笑った。
レティシアも前を向く。
王都では。
自分は『悪い部分』だった。
けれど、ここでは違う。
口が悪くても。
頑固でも。
嫌なものを嫌だと言っても。
それでも――
「レティシア」と呼んでもらえる。
そのことが。
今は、少しだけ嬉しかった。




