Scene 9 「ここでは、それでいい」
ハロルドは、少しの間レティシアを見ていた。
そして、静かに言った。
「王都でどう扱われたかは知らん」
「……」
レティシアは黙っている。
「だが」
ハロルドの声は低く、けれど不思議と穏やかだった。
「ここでは、自分の考えを持っていろ」
レティシアが顔を上げる。
「……自分の、考え?」
「ああ」
ハロルドは頷いた。
「誰かに嫌われることを恐れて、言いたいことを飲み込む必要はない」
「…………」
レティシアの目が、わずかに揺れた。
そんなことを言われたのは、いつ以来だろう。
王都では。
人の気持ちを考えろと言われた。
もっと優しくしろと言われた。
反論するなと言われた。
嫌われないように振る舞えと言われた。
そして――
いつの間にか、自分が何を思っているのかすら、分からなくなっていた。
けれど今。
目の前の男は、まるで逆のことを言っている。
「……嫌われても?」
「ああ」
「反対されても?」
「ああ」
「間違っていると思ったら、言ってもいいの?」
「言え」
迷いのない返事だった。
レティシアは、しばらくハロルドを見つめた。
胸の奥が、少しだけ苦しくなる。
嬉しいのか。
寂しいのか。
自分でも分からない。
ただ――
その言葉が、妙に心に残った。
『そのままでいい』
そんなふうに言われたことは、なかった気がする。
王都では、嫌われないために自分を変えた。
優しく。
穏やかに。
誰にでも好かれるように。
それが正しいのだと思っていた。
けれど、今も王都にいるもう一人の自分は――
きっと、そうやって笑っている。
白百合の令嬢として。
誰にも嫌われないように。
何も言わずに。
レティシアは小さく息を吐いた。
「……変な人ね」
ハロルドが笑う。
「よく言われる」
ニーナが小さく頷いた。
「お嬢様も、よく言われています」
「あなたは黙っていなさい」
「はい」
少しだけ。
レティシアの口元が緩んだ。
この場所では。
自分のままでいてもいいのかもしれない。




