Scene 6 ハロルドの価値観
ハロルドは、少しの間黙っていた。
そして、静かに問いかける。
「では、お前は何のために正論を言った?」
「……何のため?」
「そうだ」
レティシアは考えた。
正直に言えば、そんなことを考えたことはなかった。
間違っているものを見れば、気になった。
誰かが困っていれば、放っておけなかった。
だから口を出した。
それだけだった。
「……放っておけなかったから」
「なぜ?」
「なぜって……」
レティシアは少し困ったように眉を寄せる。
「誰かが困っていたからよ」
ハロルドは黙って聞いている。
レティシアは続けた。
「困っているのに、誰も動かないなら――」
少しだけ間を置いて。
「私が動くしかないでしょう?」
「…………」
ハロルドの目が、わずかに細くなった。
レティシアは気づかない。
自分が何か特別なことを言ったつもりもなかった。
水路のこともそうだった。
壊れているなら直す。
畑に問題があるなら調べる。
困っていると言われたなら、できる範囲で手を貸す。
ただ、それだけだ。
「……なるほど」
ハロルドが呟いた。
その声には、先ほどまでとは違うものがあった。
レティシアは顔を上げる。
「何か?」
「いや」
ハロルドは椅子に深く腰掛け直した。
「少し分かっただけだ」
「何がです?」
「お前が王都で嫌われた理由だ」
「…………」
やはりそうなのか。
レティシアの表情が、わずかに曇る。
だが、ハロルドは続けた。
「王都では、お前のような人間は『口が悪い』と言われるのだろうな」
「……ええ」
「人の仕事に口を出す」
「……ええ」
「間違いを指摘する」
「……ええ」
「嫌なことを嫌だと言う」
「…………ええ」
レティシアは少しだけ視線を落とした。
けれど。
ハロルドは言った。
「だが、辺境では違う」
レティシアが顔を上げる。
「……違う?」
「ああ」
ハロルドは、はっきりと言った。
「問題を見つけたら、放っておかない」
「…………」
「それができる人間は、辺境では貴重だ」
レティシアは何も言えなかった。
王都では、それが欠点だった。
口を出すな。
余計なことをするな。
人の気持ちを考えろ。
波風を立てるな。
けれど。
ここでは――
同じ行動が、別の意味を持つ。
水路を見れば直す。
困っている人を見れば手を貸す。
問題があれば、自分で確かめる。
「……同じことなのに」
思わず、レティシアの口から言葉が漏れた。
ハロルドは答えなかった。
ただ、静かに彼女を見ている。
その目にはもう――
追放された令嬢を見る色はなかった。




