外伝:西側諸国・謀略の交差点(中編)
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料亭の地下室にて、突如として発動した自爆結界術式『聖棺封滅』。
逃げ場のない閉鎖空間で、絶体絶命の危機に陥ったミュウランたち。
残り時間はコンマ数秒――。
迷宮で培った教訓と知恵を胸に、ストラトスとヴェノムのコンビネーションが極限の刹那に炸裂します。
中編の息詰まる脱出劇をどうぞお楽しみください!
――ピキィィィィン――!
ブルムンド王国の老舗料亭。その地下に設けられた密室は、一瞬にしてこの世の地獄へと変貌していた。
空間が凍りつくような高周波の破裂音と共に、発動したのは西方聖教会の禁忌自爆結界術式――聖棺封滅。
密室を満たす濃密極まる聖素の奔流が壁面を伝い、純白の光の檻となって部屋全体を呑み込もうとしていた。
ファルメナス王国の王妃にして元魔女、ミュウランの表情が苦痛に歪む。
上位の魔人である彼女にとって、空気を埋め尽くす高純度の聖気は猛毒そのものだ。肉体を構成する魔素が急速に分解され、肌が焼け爛れ、呼吸すらも激痛へと変わる。心臓代わりの魔核が激しく軋みを上げ、聖なる霊子の奔流に耐えようとしているが、一秒ともたないのは明白だった。
術式が発動した、まさにその刹那。
ヴェノムの爪が老給仕を刈り取らんと肉薄し、同時にストラトスも接近を試みる。
しかし、突き刺さるかと思われた爪は老給仕に触れる直前、手元へと引き戻された。
人間が見れば、爪が飛ばされたこともわからない程のスピードである。
(ストラトス、気を付けろ! ジジィを殺すか、ジジィの周りを囲う結界に触れると自爆する!)
念話によるヴェノムの叫びが頭に響く。
ヴェノムは爪を飛ばしつつ、ユニークスキル『分割者』を打ち込む隙がないか、術式全体のアルゴリズムを限界速度で解析していた。
老給仕の肉体は純白の閃光に包まれ、まさに、破滅の臨界点へと達しようとしている。
(何か見落としていないか、この状況を打開する方法が、必ずあるはずだ……!)
「考えろ!」
「考えろ!」
「考えろ……!」
極限の『思考加速』の果て、脳裏を過ったのはテンペスト出立前の記憶。
迷宮覇者・ゼギオンの厳格な教え――『窮地に陥った時こそ、力でねじ伏せることのみを考えるな。己の持つすべてを手段とせよ』。
そして微笑むアピトの言葉――『魔力と生命力の超回復をもたらします』。
(自爆の術式は、老人の命と魂を急激に消費して暴走させている。ならば――!)
「突破――ッ!」
ストラトスはアピトから授かった『神精蜜』のポーションを取り出し、極限まで圧縮した。魔力をレーザーのように極細の一線へと収束させ、その切っ先に乗せる。
嵐の海のようにうごめく結界のわずかな隙間にピンポイントで通し、聖素結晶が突き刺さった老給仕の胸元へと神精蜜を撃ち込んだ。
魔と聖、生と死がせめぎ合う。
究極の「魔」の性質を秘めた神精蜜と、結晶の「聖なる力」が激しく反発。
本来なら一気に解き放たれるはずだった聖なるエネルギーが、魔の拒絶反応によって相殺され、奇跡的な膠着状態が生み出された。
術式発動から、ここまでコンマ四秒。
(――よくやった!)
間髪を容れず、ヴェノムが『分割者』を発動。漆黒の爪が一閃された。
それは命を奪う殺傷ではない。対象を物理的・概念的に分断し、世界の法則そのものを切り離す絶対の権能。
パリン、と空間に硝子が割れるような甲高い音が響き渡った。
老給仕の肉体、精神、そして胸に突き刺さった聖素結晶、術式に至るまでが、膠着状態を保ったまま一瞬にして細胞レベルの微粒子へと細かく分断される。
老人は死んだわけではない。魔と聖がせめぎ合う臨界点のまま、細切れになって空間に固定されているだけなのだ。
ゆえに『死』というトリガーは引かれず、同時にエネルギー源である肉体と魂がバラバラに分断されたことで、自爆の「魔力回路」そのものが物理的に寸断され、強制的に機能停止したのだ。
扉を塞いでいた老給仕が空間から消えた瞬間。
遮るもののなくなった重い防音扉を、ストラトスは一撃で蹴り破った。
轟音と共に扉が吹き飛ぶと同時に、ストラトスは神速の踏み込みで地上へと駆け上がっていく。
その常軌を逸した初速が巻き起こした突風は、地下室を満たしていた濃密な聖気の残滓を、地上へと一気に引き連れて吹き抜けた。
一方、料亭の庭先――。
敷地の外周を取り囲むように、闇に潜む複数の気配があった。
旧貴族側の工作員たちである。
彼らの任務は、地下室の完全破壊と標的の死亡を見届けること、そして万が一にも聖棺封滅の爆縮を生き延びて地上へ這い出てきた者を確実に仕留める、討ち漏らし防止のアサシン部隊だった。
「……ん? 地下から妙な突風が吹き上がってきたぞ」
「爆発音もしない……一体何が起きて――」
想定外の事態に工作員たちが訝しんだ、まさにその刹那だった。
白い光の風を纏い、夜の庭へと躍り出た影があった。
「なっ――!?」
反応すら許されなかった。
ストラトスは夜闇を切り裂く軌跡を描き、流れるような神速の体術で間合いを詰める。
頸椎への的確な当身、関節の制圧、重心の破壊――無駄を極限まで削ぎ落とした連撃により、工作員たちは声すら上げる間もなく、一瞬のうちに次々と地面へ組み伏せられていった。
「――ご苦労、引き継ぐ」
木々の深い影の中から、音もなく藍闇衆の忍びが現れた。
転がる工作員たちを影の中へと一瞬で拘束・回収し、夜闇へと溶けるように気配を消し去っていった。
時を同じくして、地下室では――。
「――が、はっ……! 魔力が、戻る……っ!」
猛烈な風によって聖気が換気され、光の檻が完全に霧散したことで、激痛から解放されたミュウランの魔核が息を吹き返していた。
「ジョシュ、もう大丈夫よ」
ミュウランが声をかけると、いつの間にかテーブルの下へと完璧に潜り込んでいたジョシュが、恐る恐る這い出てきた。
聖気で肌を傷め、荒い息をつくミュウランの姿を見て目を見開いたものの、商人としての冷静さを即座に取り戻すと、肩に掛けていた鞄へ手を伸ばす。
取り出したのは、魔国連邦特製の最高品質――ヒポクテ草の上級ポーションだった。
「ミュウラン様、是非こちらをお使いください!」
ジョシュは両手で小瓶を恭しく差し出す。
「ありがとう、助かるわ」
ミュウランがポーションを振りかけると、淡い光と共に傷は瞬時に塞がり、元の美しい姿へと戻っていった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
ゼギオン師範の教えとアピトの神精蜜、そしてヴェノムのユニークスキルの連係による見事な「突破劇」でした。
(緊迫した思考加速の中で「突破――ッ!」と叫んだ瞬間、脳内で某TV番組が浮かんだ読者様がいましたら、そうです。オマージュしています!)
舞台はいよいよファルメナス王国へ――。
週末に投稿予定の【後編】では、不穏分子に対する電撃的な残党狩りの裏で、親書を開封したミュウランの「ポーションも効かない壮絶な胃痛劇」が幕を開けます。
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週末の後編もぜひお楽しみに!
よろしくお願いします!




