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外伝:西側諸国・謀略の交差点(前編)

 東の帝国での行商から魔国連邦テンペストへ戻ったストラトスは、次なる修行の地・西側諸国へと旅立つ。

だが、ブルムンド王国で極秘裏に行われた会談の最中、一行を狙う冷徹な悪意が牙を剥く。

平和の裏で蠢く旧貴族と帝国の残党。そして、魔王リムルに決して頼れない「人間の自立」をかけた密室劇が幕を開ける――。

 平和の裏で蠢く旧貴族と帝国の残党。そして、魔王リムルに決して頼れない「人間の自立」をかけた密室劇が幕を開ける――。


※本作には、以下のオリジナルキャラクターおよび独自設定が登場します。


・ストラトス:本作の主人公。テンペスト最高幹部である悪魔ディアブロとテスタロッサの息子。現在は素性を隠し、テンペストの若き商人・使節として各地を行商・修行中。

・ジョシュ:ミョルマイル商会の筆頭番頭。隊商の責任者であり、実務と交渉を取り仕切る頼れる商人。


『暁の風』(隊商護衛のBランク冒険者パーティー)

・ヴォルフ:豪快で頼もしい前衛の重戦士リーダー

・クライド:索敵と牽制を担当する冷静な弓手。

・ミハイル:支援と攻撃をこなす穏やかな魔導士。

 天魔大戦の終結から数年。

 東の帝国での行商から戻ったストラトスたち一行は、ミョルマイル商会の西方巡回隊商として、次なる目的地である西側諸国への行商を開始していた。


 魔国連邦テンペストの中央駅から発車した新型魔導列車の特別貨物車両には、西方諸国へと運び込まれる最新鋭の魔導物資や加工品が山積みにされている。

 車窓を流れるジュラの森の木々が夕焼けに染まるのを眺めながら、ストラトスは、何をどこで降ろすのか、手元の帳簿と地図を照らし合わせていた。


 列車が夕暮れのブルムンド駅の貨物ホームへと滑り込み、静かに停車する。

 表向きの荷下ろしと点検作業を護衛の『暁の風』たちに任せたジョシュ、ストラトス、ヴェノムは、人目を忍んで駅の外へと抜け出した。


 すべては、魔国連邦テンペストを発つ前にミョルマイルからジョシュに下された『密命』を果たすためだ。ただ、ストラトス、ヴェノムは内容を知らされていない。


 街の辻々に魔導灯の明かりが灯り始める頃、向かったのはブルムンド王国の片隅に佇む、一見すると何の変哲もない高級料亭。

 その地下深くに掘られた、気配を完全に遮断する防音室の重い扉を開け、ミョルマイル商会筆頭番頭・ジョシュが汗を拭いながら入室した。

 その背後には、見習い書記として同席を許されたストラトスと、荷物持ち兼護衛として無理やり同行させられたヴェノムが続いている。


「――ふぅ、さすがに誰にもつけられていないことを確認しながら路地を縫うのは、骨が折れますな……。ミュウラン様、お待たせいたしました」


 部屋の奥、上座に腰掛けていたのは、ファルメナス王国の国母であり王妃――ミュウランだった。

 大戦時と変わらぬ麗しい容姿だが、その佇まいには、一国を裏から支える政治家として、そして母としての深い貫禄が宿っている。


「苦労をかけたわね、ジョシュ。魔国連邦テンペストからの公式な隊商を率いての移動、さぞ周囲の目が煩わしかったでしょう」


「いえいえ! 表向きは『魔国連邦テンペスト発・ファルメナス行きの魔導列車での巡回輸送』でございますからな。周囲の耳目も、いつもの商いとしか見ておりません。この度は、不肖このジョシュがミョルマイル様の名代として全てを預かっております。あなた様とのことも全てでございます」


 ジョシュは老獪な笑みを浮かべ、背後の二人を手で示した。


「ご紹介が遅れました。今回の商談の記録係を務めさせます、ストラトスにございます。そして後ろの仏頂面は、ミョルマイル様直々につけていただいた護衛兼荷物持ちのヴェノムです」


「ストラトスと申します、ミュウラン様。お目にかかれて光栄です」


 ストラトスが一礼すると、ミュウランは穏やかな笑みを浮かべ、静かに頷いた。


「ええ、よろしくね、ストラトス。……ミョルマイル殿の商会も、頼もしい若手が育っているようで何よりだわ。ヴェノムも、相変わらず達者そうで安心したわよ」


 ヴェノムは飄々と手を振り、退屈そうに壁へ寄りかかって腕を組んだ。


 紹介を終えたジョシュは、ミュウランの対面に腰を下ろす。


「それで、早速ですが本題に」


 ジョシュは懐から厳重に封印された魔導インクの帳簿を取り出し、机の上へと滑らせた。


「ファルメナス国内の旧貴族どもが、この数年間で溜め込んだ『裏金』の流出ルート……その全貌が掴めました。やはり、ブルムンドの闇市場を経由し、西側諸国へ洗浄ロンダリングされております。そして――」


 ジョシュの双眸が、商人としての冷徹な光を帯びる。


「その裏金を原資として、ここ数年で失職した貴国の伝統職人たちに、帝国の残党が密造させております。魔力妨害を伴う、近代型の暗殺兵器を……です」


 ミュウランの美しい眉が、ピクリと不快そうに跳ね上がった。


「やはりね。最近、国内のルミナス教過激派の動きが妙に組織立っていると思ったら、帝国の残党が知恵と資金を流していたわけね。……彼らの狙いは、私、あるいはヨウムとの間に生まれたあの子ね」


 平和が続いて数年。

 テンペストの圧倒的な工業製品に市場を潰され、じわじわと干涸らびていった人間の職人たちの『怨恨』。

 そこに権力奪還を企む『旧貴族』、甘い汁を吸えなくなった『没落商人』、人魔共栄を拒む『ルミナス教過激派』、そして背後で混乱を煽る『帝国の残党』。

 複雑に絡み合った5つの火種は、爆発の時を今か今かと待つように、静かに、しかし確実に燻っていた。


「ええ。そこで我が商会からのご提案ですが、この職人たちをテンペストブランドの『高級外装ライン』として丸ごと抱え込み、利権をこちらで握るというのは――」


 ジョシュの提案に、ミュウランは深く息を吐いて頷いた。


「助かるわ、ジョシュ。……この件、リムル様に頼めば、あの優しいお方はすぐに職人たちをテンペストに招いて手厚い技術支援を与えたり、無償で多額の救済金をファルメナスに融資してくださるでしょう。ルミナス教過激派に対しても、ルミナス様への配慮からトップダウンで穏便に収めようとしてくださるはずよ。……けれど、それでは駄目なの」


 ミュウランの紫がかった瞳に、揺るぎない覚悟が宿る。


「夫であるヨウムを『魔王の威光に頼り切るお飾りの傀儡』にするわけにはいかない。国内の不穏分子くらい、私たち自身の力で抑え込んでみせなければ、一国の主としての誇りが立ちませんもの」


「全くでございますな」


 ジョシュもまた、商人としての矜持に満ちた笑みを浮かべた。


「それでは人間の国が『魔王の慈悲のペット』のままであり、自立できません。我々としては、この危機をあえて『人間同士の冷徹なビジネス(利権協定)』として処理し、職人たちに『実力でテンペストの高級ラインを勝ち取った』というプライドを持たせなければなりません。厳しかろうと、人間の商業的な成長の芽は、我々人間が育まなければならないのです」


「ミョルマイル様も常々申しております。『リムル様の慈悲に甘え切った人間など、いずれ滅びる』と。痛みを伴う経済の歪みは、我ら人間商人自身の手で解決してこそ、真の対等な共栄が築けるというもの。この火種、魔国連邦テンペストの手を煩わせることなく、我らとファルメナス王国だけで完全に消し去ってみせましょうぞ」


 二人の言葉を聞きながら、ストラトスは密かに胸の内で強い戸惑いを覚えていた。

 この規模の利権協定や国家を揺るがす謀略を、リムル様に一切通さず進めて本当に良いのだろうか。

 実直なストラトスにとって、その「抜け駆け」にも似た密談は、どこか後ろめたさを拭えないものだったのだ。


 だが、二人の揺るぎない眼差しを見て、ストラトスはその考えの浅さにハッとさせられた。

 報告して判断を仰げば、心優しいリムル様は即座に寛大な救済の手を差し伸べてしまうだろう。それは一見優しさに満ちた解決に見えて、ファルメナスという国を「魔王の施しなしでは生きられない依存関係」に縛り付け、人間の誇りを奪うことと同義なのだ。


 あえて魔王に頼らず、泥を被ってでも夫と国の尊厳を守り抜くミュウランの覚悟。

 そして、リムル様の慈愛に甘えることなく、人間同士の冷徹なビジネスで対等な未来を切り拓こうとするジョシュの商人としての矜持。


(……そうか。何でもかんでも上に頼るのが忠誠じゃない。リムル様に余計な泥を被せず、自分たちの足で立てる関係を築くことこそが、本当の『人魔共栄』なんだ)


 二人が背負う覚悟の重さを理解した瞬間、ストラトスの胸のつかえはすとんと腑に落ち、深い敬意へと変わっていた。


(――とはいえ、完全に報告なしというのも組織として筋が通らない。この一件が無事に片付いたら、父様ディアブロにだけは相談と報告を入れておこう……)


 やはりストラトスは真面目である。


 ジョシュが具体的な契約条項を提示しようとした、その瞬間だった。


 カチャリ、と重い防音扉の鍵が外側から開け放たれた。

 長年この料亭で真面目に働き、誰もが信頼していたはずの老給仕が無言で足を踏み入れてくる。

 魔法もスキルも持たない「ただの平民」だったからこそ、ソウエイの藍闇衆の感知網をもすり抜け、合鍵を使って極めて原始的にこの密室に侵入したのだ。


 老給仕は懐から拳大の純白の石――ルミナス教の禁忌『聖素結晶』を取り出すと、迷うことなく自らの胸へと突き立てた。

 老給仕は荒い息を吐き、口元から血を滴らせながら嘲笑を浮かべる。


「ふぅ……ふぅ……お取り込み中のところ失礼するよ。人間の王を誑かした魔女、強欲な商人ども。神の御名において、我諸共もろとも、塵へと還れ! 禁忌術式――『聖棺封滅ホーリー・コフィン』!!」


 ピキィィィィン――!


 地下室の壁に施されていた遮蔽の魔法陣が、見たこともない純白の光によって一斉に焼き切れた。


 ミュウランは瞬時に帰還のための術式を組もうとしたが、手元で魔素が霧散していく。空間の座標が酷く歪み、転移魔術が完全に不発に終わったのだ。


(……空間の転移を封じる『聖浄化結界ホーリーフィールド』、そして――『霊子暴走オーバードライブ』!?)


 ミュウランの脳裏に、最悪の理解が走る。

 この技は、人間の命と魂を燃料にした、退路なき自爆の檻。

 空間を完全な密室としてロックした上で、その内側の一切合切を霊子レベルで消し飛ばす、魔人である彼女にとっても直撃すれば即死を免れない『処刑場』だった。


 防御魔法すら封じられ、光の臨界が迫る。


 即座に刈り取ろうとしたヴェノムも「チッ、コイツの命を取った瞬間吹き飛ぶ……!?」と直感し動きが止まる。


 全員が一瞬に思考を巡らす中、破滅へのカウントダウンがゼロを迎えようとしていた――。

 最後までお読みいただき、ありがとうございます!


 今回はテンペストの圧倒的な技術革新がもたらした「歪み」と、それに抗い自立を目指す人間・ファルメナス側の覚悟を描いた密室サスペンスの前編となります。

 平民の盲点を突いた潜入、そして発動してしまった禁忌術式『聖棺封滅ホーリー・コフィン』。

 魔人であるミュウランにとっては即死の処刑場であり、手を出せば即座に大爆発という人質トラップを前に、ヴェノムすらも動きを封じられてしまいました。


 通信も転移も遮断された絶対絶命の密室で、カウントダウンはすでに始まっています。

 この絶望的な窮地を、ストラトスはどう打破するのか――!?


 次回の【中編】では、知恵と機転による鮮やかな逆転劇、そして・・・

 ぜひ中編も楽しみにしていただければ幸いです!

 感想やいいね、応援などもいただけますと執筆の大きな励みになります!


 また、次回もよろしくお願いします!

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