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外伝:東の帝国・偵察行商編(前編)

 天魔大戦が終結し、復興へと舵を切る各国。

 その裏で、かつての超大国・東の帝国は「高度すぎる近代システム」ゆえの深刻な機能不全に陥っていました。

 救済の要請を受けたリムルが送り込んだのは、商人のミョルマイルと、社会勉強を兼ねた若武者ストラトス。

 近代都市を舞台にしたミョルマイルの活躍と、旅路で育まれる悪魔たちの奇妙な絆をお楽しみください。


※本作には、以下のオリジナルキャラクターおよび独自設定が登場します。


・ストラトス:本作の主人公。テンペスト最高幹部である悪魔ディアブロとテスタロッサの息子。現在は素性を隠し、テンペストの若き商人・使節として各地を行商・修行中。

・ジョシュ:ミョルマイル商会の筆頭番頭。隊商の責任者であり、実務と交渉を取り仕切る頼れる商人。


『暁の風』(隊商護衛のBランク冒険者パーティー)

・ヴォルフ:豪快で頼もしい前衛の重戦士リーダー

・クライド:索敵と牽制を担当する冷静な弓手。

・ミハイル:支援と攻撃をこなす穏やかな魔導士。

 天魔大戦が終結し、世界は大きな転換点を迎えていた。

 各国が荒廃からの復旧を急ぐ中、俺たち――魔国連邦テンペストはいち早く復旧を遂げ、周辺諸国への支援や経済活動を再開させていた。


 その中で、早急に手を打つ必要があるのが、東の帝国だ。

 東の帝国は、俺の前世の知識で言うなら、十九世紀後半、鉄血宰相ビスマルクが率いた『ドイツ帝国プロイセン』。「絶対君主制(軍事独裁)と国家資本主義を組み合わせた超中央集権的な帝国主義国家」がイメージしやすい。


 強力な統制のもとで重化学工業を育て、世界に先駆けて労働者を保護する手厚い体制を敷いた当時のドイツ帝国だったが、この「国家主導の資本主義」は、経済が成長し、高い雇用と潤沢な財源が循環し続けることが大前提だ。

 ひとたび経済が止まれば、税収は消滅するのに困窮者への救済支出だけが爆発し、国全体が瞬く間に機能不全に陥る。


 東の帝国も同様だ。皇帝ルドラの消失と大戦の混乱で、経済循環は完全に停止していた。自給自足ができる農村よりも、高度に工業化された帝国の方が、止まった時のダメージは致命的だ。

 侵攻戦の後、俺から現地のまとめ役を託されていた(丸投げされていた)元帝国軍のクリシュナたちも、いよいよ限界を迎えていた。

『このままでは民が飢え、暴動で帝国が内側から崩壊します! どうかリムル様の御慈悲を!助けてください!』


 クリシュナからの悲痛な要請を受け、俺は経済の立て直しと将来の投資調査のため、財務統括のミョルマイルを派遣することにしたのだった。



 魔導列車に揺られること、二日半ほど。

 車窓の外に広がる景色が緑豊かな樹海から無機質な鉄とコンクリートの摩天楼へと移り変わる。東の帝国の広大な大地が姿を現した。


「へぇ……こいつはたまげたね。高層ビルとやらは立派に突っ立ってるが、街全体が干からびたミイラみたいでさぁ」

 客室の窓から煙管をくゆらせ、ミョルマイルが呟いた。

 その護衛部隊には、専属のゴブエモンとビッドに加え、先日開催された武闘会ジュニアの部優勝者――ストラトスの姿があった。


「クリシュナ様たちの報告通りですね。近代的な設備やインフラという『箱』は無傷ですが、それを循環させる血液――物資と資金の流れが完全に止まっています」

 ストラトスが冷静に現状を分析する。

「おお、さすが坊ちゃん!」

 ゴブエモンが感心した声を出す。彼にとってストラトスは、敬愛するリムル様が目をかける「良家の御曹司(坊ちゃん)」である。


 一方、同じ客室の隅で静かに控えていたのは、黒髪を無造作に揺らす青年――ヴェノムだった。

 出発前、リムルはミョルマイルにこう説明していた。

『ミョルマイルくん、ストラトスには御付きとしてヴェノムをつけてあるから。見た目はちょっと柄が悪くて礼儀作法もまだまだだが、主人を思って気配りする様は見所がある奴だからさ』


 当初、ヴェノムは気を遣って(なのか、皆と一緒にいたくないからか)支援物資の積まれた貨物車両に身を置いていたのだが、「良家の坊ちゃんの御付きがそんな場所にいちゃあっしが恐縮しやすし、何より坊ちゃんの護衛になりやせんでしょう」とミョルマイルに促され、同じ客室へと収まっていた。

 大量の支援物資の見張りについては、ゴブエモン、ビッド、そしてヴェノムの三名が交代で警備専用の客車に詰めている。今はビッドの順番だ。


「おい、ヴェノムさんよ。警備の交代までまだ時間もある、茶でも飲みねぇ」

「あ、どうも……旦那……」

 ミョルマイルから差し出された湯呑みを受け取り、ヴェノムはペコペコと愛想笑いを浮かべた。

(……人間風情が生意気な口を……と言いてぇところだが、ディアブロ様から『ミョルマイル財務大臣に何かあったら、ストラトスの成果に傷がつく!』と言い含められているし、とにかく今回の旅を成功裏に終えないと俺の命がねぇ……!)

 旧魔王級の力を持つ悪魔公デーモンロードは、内心で冷や汗をダラダラと流しながら健気にお付きの役目をこなしていた。


 だが、ヴェノムにとってこの任務は苦痛ばかりではなかった。

 自分を引き上げてくれたディアブロへの忠誠と感謝はあるものの、ストラトスへの熱心な英才教育と自分へのスパルタ指導の格差には、常々「扱いが違いすぎるだろ!」と理不尽さを感じていた。ましてや、自分は悪魔公デーモンロード、ストラトスは上位魔将アークデーモンである。本来上位の自分がストラトスの御付きというのは解せなかった。

 しかし、当のストラトス本人は非常に筋が良く、若くして礼儀正しい。冥界の泥沼から這い上がってきた叩き上げのヴェノムにとって、自分以上に若い新世代のストラトスは興味深く、何より気兼ねのない好敵手として馬が合った。


 滞在先の夜営や宿の裏手で、二人がスパーリングを行えば、周囲からは「さすが良家の坊ちゃん、熱心に従者と稽古をしている」と映っていた。上位魔将ストラトス悪魔公ヴェノムに胸を借りている訳だが、体術中心ということもあって、ヴェノムもなかなか気を抜けなかった。

「ストラトス様、ハクロウ殿直伝の太刀筋は見事っすが、幻術を絡めた死角からの奇襲への警戒がまだ甘いっすよ」

「なるほど、悪魔特有の間合いの狂わせ方ですね。ヴェノムさん、もう一本お願いします!」

 ガラの悪い従者と品のある御曹司。真逆の二人は、旅の中で確かな信頼関係を築いていた。


 帝国の中枢都市に到着すると、クリシュナ率いる復興対策本部の面々が、涙を流さんばかりの勢いでミョルマイルたちを出迎えた。

「ミョルマイル様……! よくぞお越しくださいました! リムル様の御慈悲に、心より感謝申し上げます!」

 神仏を拝むかのようなクリシュナの態度に、ミョルマイルは商人特有の抜け目ない笑みを浮かべた。

「へへっ、クリシュナの旦那、挨拶はそこそこに早速始めやしょう。あっしらは施しをしに来たんじゃありやせん。破綻したこの国のシステムを、魔国連邦テンペストの流儀で再起動させに来たんでさぁ」


 ミョルマイルが提示したのは、緊急の食糧・医療物資の支援と引き換えにした、徹底的な「インフラ管理と利権協定」だった。

『放棄された官営工場の長期使用権』

『魔導列車の運行権および線路の管理権』

『テンペスト新通貨の流通と未利用区画の租借権』


 特にミョルマイルがこだわったのは、官営工場の「使用権」を完全に押さえることだった。

「坊ちゃん、見なせぇ。工場の権利を握るってことはな、『何を作るかをあっしらが決められる』ってことなんでさぁ。これまで戦車や大砲ばかり造ってたラインをそのまま動かしても、戦争が終わった今じゃ売る先も国内の需要もありゃしねぇ」

 ミョルマイルは煙管を燻らせ、工場の設備を見渡した。

「各国が復興に向かう今、必要なのは武器じゃねぇ。生活に根ざした日用品や建材、衣類や加工食品でさぁ。

 この工場の機械と設備を睨みながら、今の世界が何を欲しがっているかを見極めて生産ラインを作り変える。

 そして何より――ここを魔国連邦テンペストの『生産外注拠点(下請け)』にするんでさぁ。そして経済が安定してくれば、新しい技術開発をやればよいんで。今はとにかく飯のタネが大事でさぁ」

「外注先……!」

 ストラトスが目を見開く。


「へへっ、テンペストの商売は世界中に広がっておりやすが、いずれ自国だけの生産力じゃ追いつかなくなる。

 だがこの国の民は識字率が高く、極めて優秀な技術者が揃っていやす。原料と規格をテンペストから流し、生活必需品を大量生産させてうちが買い取る。

 そうすりゃ帝国には確実な外貨と雇用が生まれ、テンペストの供給不足も解決する共存共栄の仕組みができるんでさぁ」

 さらにミョルマイルは、空高くそびえ立つ摩天楼を見上げた。

「それだけじゃねぇ。この天を突く高層ビル群や整備された近代的な街並みは、世界のどこを探してもここにしきゃありやせん。

 経済が回り始めたら、あっしはここを一大『観光都市』に仕立て上げるつもりでさぁ。

 まずはテンペストからの物見遊山、次に西側諸国の富裕層だ。『テンペストへ観光に来たついでに、魔導列車で東の近代都市へも足を延ばす』――そんな周遊ルートを作れば、莫大な観光マネーが動く」


 本来なら主権侵害とも取れる協定だが、財源も未来も見失っていた帝国側にとって、それは有益な復興計画であり、何より「偉大なる魔王リムルへの帰依」そのものだった。

 クリシュナたちは涙を流して協定にサインを交わしていく。


「見なせぇ坊ちゃん。文字が読めて法律が分かる相手には、力じゃなく『契約書』で縛り、産業と観光のレールを敷くのが一番確実な統治でさぁ。

 これで工場が動き、列車が走り、観光客が押し寄せりゃあ――帝国の民の信仰は、旧皇帝からリムル様へ綺麗さっぱり塗り替わるってもんでさぁな」

(武力で国を滅ぼすのではなく、産業構造を転換し、観光という新たな価値を生み出して民を豊かにしながら掌握する……これが、リムル様とミョルマイルさんのやり方か……!)

 ストラトスは、剣術修行では決して学べない「国家統治と商業の恐ろしさ、そして無限の可能性」を肌で学び、深く感銘を受けていた。


 その夜、ストラトスはテンペストの執務室へ転移し、獲得した契約書の原本と活動覚書を届ける定時報告を行っていた。

 床に描かれた『十』のマークのわずか数ミリ脇に着地したストラトスは、ディアブロに書類を手渡す。


「ストラトス、今度は左にズレていますよ。前回右にズレたから、今回、少し左にと思ってませんか。そうではなく、あくまで中心を目指して転移するのですよ。」

 

「父様、わかりました。ありがとうございます。」


「それで、いかがでしたか?」


「ミョルマイルさんとの商談も順調ですが、父様、今回の旅でヴェノムさんとはすっかり『ダチ』になりました!」

 ストラトスが屈託のない笑顔で報告。だが、ディアブロは息を呑むほど穏やかな、完璧な父親の笑みを浮かべてこう返したのだ。


「クフフフ……それは重畳。ですがストラトス、真に相手を大切に思う関係であるならば、そのような崩れた俗語ではなく、きちんと『友達』と呼びなさい」

「はい、父様!」


 そのやり取りを見ていたリムルは、内心で感心していた。

 (おっ……身分や階級に縛られず友達関係を認めつつ、言葉遣いの品格だけ正すとは……ディアブロのやつ、意外とちゃんとした父親やってるじゃん!)


 だが、執務室の厄介者はもう一人いた。

 ソファーで優雅に紅茶を飲んでいたテスタロッサが、上空から監視を続ける配下のモスへ、念話越しに物騒極まりないため息をつく。


「……それにしてもモス。街道の雑魚ばかり片付けて、あなた少し配慮が足りなくてよ。あのような路傍の羽虫如き、護衛のゴブエモンたちに適当にあしらわせればよいでしょう」

『は、はっ……と、申しますと……?』

「あの子の刃を汚すに値する、もっと骨のある敵は出てこないのかしら。国家転覆級の魔獣でも大軍団でも現れれば――いつでも私がその場へ飛んで行って、あの子の前で圧倒的な力で敵を『蹂躙』して差し上げられますのに」

『滅相もございませんテスタロッサ様! 坊ちゃんの安全が最優先でございますれば……!』


 悲鳴を上げるモスを横目に、俺は盛大にジト目を向けた。

「あのなぁ、テスタロッサ」

「あら、リムル様。何か?」

「万が一のバックアップはお前に頼んであるけどさ。出撃の判断は、俺が『行け!』って命じた時だぞ? なんでお前が息子をストーキングして、勝手に出番を待ち構えてんだよ」

「ふふ、母として息子の晴れ舞台を見守り、露払いをするのは当然の嗜みですわ」

「嗜みで国をぶっ壊そうとするな!」


 涼しい顔で微笑むテスタロッサに、リムルは深くため息をつきながら、(頼むから東の帝国、余計な事をしないでくれよ……!)と切実に祈るのだった。

 ここまでお読みいただきありがとうございます!

 ストラトスとヴェノムの間に芽生えた「ダチ」の関係。

 息子の前では極めて物分かりの良い父親の顔を見せていたディアブロでしたが……?


 後編では、東の帝国での成果を持ち帰ったテンペスト執務室にて、ヴェノムを待ち受ける「本当の報告会」が開かれます。

 そして物語は、次なる舞台へ――!

 次回もお楽しみに!

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