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第5章:旅立ち

 いつもお読みいただきありがとうございます。

 迷宮での過酷な鍛錬を経て成長したストラトス。テンペストの仲間たちの職場見学と、その新たな門出をぜひ見届けていただければ幸いです!

 迷宮での過酷な修行を経て、上位魔将(アークデーモン)としての確固たる実力を身につけつつあるストラトス。

 見聞を広めるための職場見学は、数日に分けて行われた。


 先日はゲルド率いる建設・工兵部隊の現場を訪れた。

 巨大な石材を寸分の狂いもなく運ぶハイオークたち。彼らは総じて力持ちだが、それだけではとても動きそうもない巨岩が、全員が呼吸を合わせることで滑らかに動いていく。

 誰一人として手を抜かず、誰一人として息をずらさない。

 個の圧倒的な武を重んじる悪魔族の感覚とは異なる、「集団の力の凄さと尊さ」を肌で感じ、ストラトスは深く感銘を受けていた。


 また別の日には、ベニマルが統括する警備軍の訓練場へ赴いた。

 そこで指南役たるハクロウと木刀を交える機会を得たのだ。

 ゼギオン仕込みの鋭い体術と空間把握を活かし、ハクロウの猛攻を紙一重で見切って食らいつくストラトス。その打ち合いの果てに木刀を引いたハクロウは、満足げに目を細めて素質と伸びしろを絶賛した。

 だが、同時にこうも告げられたのだ。


「――お主の太刀筋は清らかで真っ直ぐすぎる。小細工を弄する狡猾な相手には、その実直さが仇となるやもしれん。……まあ、裏の裏を読み、狡猾の極みを尽くすことにかけては、お主の親たるディアブロとテスタロッサの右に出る者はおらんがな」


 武の師からの金言は、ストラトスの胸に深く刻まれていた。


 そして今日――ストラトスはリムルたちの待つ執務室の見学に訪れていた。

 テスタロッサは普段あまり執務室には姿を見せないのだが、今日はストラトスが来ると聞きつけ、しれっと同伴している。


 執務机に向かう俺の傍らで、ディアブロはここぞとばかりに澱みのない優雅な所作を披露していた。山積みの書類を瞬時に仕分け、完璧な温度に淹れられた極上の紅茶をスッと差し出してみせる。


「わぁ……! 父様、すごい! 書類の片付けも、お茶を淹れる手際の美しさも完璧だし……すごく良い香りです……!」


「クフフフ、当然です。茶葉の香気を損なわぬよう、湯の温度と蒸らし時間を秒単位で制御しておりますからね。リムル様のお側で仕える執事たるもの、この程度は呼吸と同じですよ」


 満足げに微笑み合う父と息子の姿。

 その光景を横目で見ていたテスタロッサの眉が、ピクッと跳ね上がった。


 気品と優雅さ、そしてリムル様への敬愛において、誰にも引けを取らない自負がテスタロッサにはある。息子の前でこうも完璧な所作を見せつけられ、尊敬の眼差しを独占されるのは面白くない。


(……あの子が、あんなに目を輝かせてディアブロを見つめている……!?)


 普段の冷徹な笑みの裏で、テスタロッサのプライドと対抗心に火が付いた。


(お茶の手際と香りですって? ……見ていなさい。いずれあの子とリムル様に、世界で一番芳醇で優雅な紅茶を『この手で』淹れて差し上げますわ……!)


 自らの美意識と母親としてのプライドを賭け、世界最高峰の悪魔が「至高の紅茶道」に目覚めた瞬間であった。


(……なんかテスタロッサの目が光ったように思うんだが、俺の気のせいか……?)


 俺が内心で冷や汗を流していると、ストラトスが少し俯きながら口を開いた。


「リムル様……ボク、迷宮で鍛えていただいて体術や魔術には自信がついてきました。でも、ハクロウ師匠から『狡猾な相手への対処』や『経験の浅さ』が弱点だと指摘されて……」


 生真面目に悩む息子の姿に、ディアブロが眼鏡の位置を正して口を開いた。


「確かに、あなたには経験が足りません。それを補おうというのであれば、旅に出るのがよろしいでしょう。自らの足で世界を歩き、様々な人間や魔物の悪意、機微に触れることこそが、狡猾さを見抜く最良の経験となります。それに、実際に訪れることで、転移の座標を細かく認識できます」


 最初は「手元に置いておきたい」と思っていたテスタロッサだったが、何かに気付き、ハッと膝を打った。


(……そうだわ。旅に出せば、あの『蜂女』からあの子を物理的に引き離せる! それに転移さえあればいつでも会えるのだから、むしろ外へ送り出すべきですわね)


「ええ、私も大賛成ですわ。可愛い子には旅をさせよ、と言いますものね」


 コロッと態度を変えて優雅に微笑むテスタロッサ。

 親たちの後押しを受け、ストラトスの瞳に決意の光が灯る。


 するとディアブロが、執務室の床を指さし、黒い魔素で小さな『十』の字を刻み込んだ。


「ストラトス、旅に出るにあたり一つ条件があります。テンペストへ帰還する際の転移は、必ず執務室のこの『十』の場所を指定しなさい」


「はい、父様!」


「我が君、彼が結界を越えられるようご許可を」


「ああ、もちろんいいぞ」


 俺が魔国連邦の防護結界の認識をストラトスに通すと、彼は一旦テンペストの外側へと転移し、そこから再び執務室の『十』を目指して跳躍した。


 銀の光とともにパッと姿を現したストラトス。

 だが、足元を見つめたディアブロは静かに告げた。


「お帰りなさい、ストラトス。……中心より右に数ミリズレていますね」


「あ……本当だ」


「構いません。検証し、次に活かしなさい。貴方がこの中心に寸分狂わず降りられるようになれば、今度は私がこの十字の位置を少しずつ動かします。旅先の転移元から、動いた座標の魔素の揺らぎを感知して真上へ降りられるようになりなさい」


「はい! 必ず習得してみせます!」


(いきなり超絶難易度の課題を当たり前のように課すんだよなぁ……!

 まぁ、体術や剣術を磨いているストラトスだからこそ、転移をミリ単位で制御できるようになれば、実戦で決定打になり得るという親心なんだろうけどな)


 ストラトスがディアブロ、テスタロッサと一緒に、旅立ちの報告を各所に行った。ベニマルたちの元へ伺った時、そこでハクロウがストラトスのために特注の剣を用意していると聞きつけたディアブロとテスタロッサは、


「ならば、その刀身に我が魔導を編み込みましょう」


「ええ、私の熱魔法も付与して差し上げますわ」


 と、ハクロウたちに負けじと競うように付与魔法の準備を始めるのだった。


---


 その後、俺はテンペストの財務総責任者であるミョルマイルを呼び出し、ストラトスの旅への同行を依頼した。


 行き先は、大戦後の混乱が依然として続く「東の帝国」方面だ。


 統治機構が崩壊した帝国は不穏分子も多く危険な地域だが、西側諸国を凌ぐ近代技術や市場が手付かずで残る巨大な未開拓地でもある。物資の流通と経済支援を名目に乗り込めば、市場の主導権を握り、優秀な魔導技術者や人材の確保、さらには「人魔共栄圏」の拡大を一気に推し進められる絶好の機会でもあった。


 ミョルマイルは、武闘会ジュニアの部で優勝した少年「アル」が、いまは「ストラトス」と名乗っていることを知っていた。その圧倒的な強さと育ちの良さを思わせる気品ある佇まいから、「どこぞの身分あるお方の御曹司」だと思い込んでいる様子だった。

 俺もあえて否定せず、曖昧に頷いておく。


「やはり『ストラトス様』とお呼びすべきでしょうか?」


「いや、それは本人も恐縮するだろうから、もっと親しみやすい呼び方にしてよ」


「では、『坊ちゃん』ではいかがでしょうか」


「いいね! では、ミョルマイルくん、頼んだよ」


「ガッテンでさぁ! 混乱期の帝国なんざ、商売人にとっちゃ宝の山ですからね。しっかり稼いで、坊ちゃんにも良い経験をしてもらいやしょう」


 こうして、ストラトスの最初の旅立ち先は、経済開拓と治安調査を兼ねた「東の帝国」への隊商に決定した。


---


 そして出立の日。

 転移でいつでも帰ってこれるため、見送りは仰々しいものにはしなかった。


 それでも広場には、ディアブロとテスタロッサはもちろん、迷宮からゼギオンとアピトも駆けつけていた。本当に時々ではあるが、ディアブロやテスタロッサの魔導指南、ゼギオンの体術、ハクロウの剣術指南を受けるため、定期的にテンペストへ帰還する手筈になっている。


 そこへ、ハクロウが一本の見事な刀を携えてやってきた。クロベエに特注し、今朝仕上がったばかりの逸品だ。


「ストラトス、受け取るがよい。お主の魔素に反応して刃渡りが自在に伸縮する特製の魔鋼刀じゃ」


「ありがとうございます、ハクロウ師匠、クロベエさん!」


 嬉しそうに刀を佩くストラトス。その刀身には、昨晩のうちにディアブロとテスタロッサによって極限まで圧縮された破壊の魔導が付与されている。


 隊商を率いるミョルマイルが馬車から声をかける。その脇を生真面目な専属護衛ゴブエモンと、手練れの私設護衛ゲードが固めていた。


「さあ、坊ちゃん! 東へ向けて出発いたしやしょう!」


「はい、ミョルマイルさん!」


 貨物車両にはディアブロの命を受けたヴェノムが護衛として乗り込み、空の高みからはテスタロッサの命を受けたモスが無数の分身を放って街道をステルス監視している。


(……過保護で過剰な戦力になってるが、まあ、ミョルマイルとゴブエモンがいるなら安心か。万が一、商隊の手には余るような大規模な不穏分子が湧いて出たら――その時は、裏で待機させているテスタロッサを直接帝国へ送り込めばいいだけの話だ)


「では、行ってまいります!」


 青空の下、眩しい銀髪をなびかせて手を振る若武者の背中を見送りながら、俺は(東の帝国でとんでもない騒ぎを起こさなきゃいいが……)と心の中で静かに苦笑する。


 仲間たちの技と想いを受け継ぎ、世界へと歩み出した少年の旅路――その新たな冒険の記録は、また別の機会に語るとしよう。


(本編 完)

 ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

 ストラトスの成長と旅立ちをもって、本編はこれにて完結となります。


 この後の展開については、外伝にてお伝えできればと存じます。

 不定期更新となりますが、今後ともよろしくお願いいたします。


 もし少しでも楽しんでいただけましたら、感想や評価・ブックマークなどいただけますと大変励みになります!

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