第4章:銀の魔導と、生まれたての親たち
いつもお読みいただきありがとうございます!
真なる名『ストラトス』を授かり、銀上位魔将へと進化したアル。
今回は、いよいよ生みの親であるディアブロとテスタロッサによる魔導指導が始まります。
けれども、生まれたばかりなのはストラトスだけではありません。
数万年を生きる原初の悪魔たちもまた——『親』としては、まだ生まれたばかりなのです。
復興祭が終わって数日後。
俺は迷宮第80階層の修練場にいた。
右前にはゼギオン。その隣には、真なる名を得たばかりのストラトスが背筋を伸ばして立っている。
そして向かい側には、ディアブロとテスタロッサ。
何というか……空気が重い。
いや、殺気立っているわけではない。むしろ二人とも機嫌は最高に良さそうだ。良さそうなのだが、その喜びを全力で押し殺しているせいで、結果として周囲の空間が妙な圧力を帯びているのである。
(お前ら、息子の授業参観に来た保護者みたいになってるぞ)
「ストラトスよ」
「はい、師匠!」
「汝は名を授かり、上位魔将へと至った。魔素を収める器は安定し、己を律する術も身につけている。これより先は、父君と母君より悪魔としての魔導を学ぶがよい」
父君と母君。
ゼギオンは、ストラトスに話すときは、ディアブロとテスタロッサをそう呼んでいた。
ストラトスが言葉を覚えたての頃、ゼギオンとアピトを『師匠』『師範』と呼ばせた。
自分たちは育てる役目を預かっただけであり、親の座を奪うつもりはない。
きっと、そういうことなのだろう。
「承知しました。父様と、母様……よろしくお願いします」
ストラトスが緊張したように二人を見た。
その一言を聞いた瞬間、ディアブロの肩がピクリと動き、テスタロッサが扇子で口元を隠した。
あっ、今のは相当効いたな。
「ク、クフフフ。ええ、私に全て任せなさい。悪魔の魔導、その深奥に至るまで余すことなく——」
「お待ちになって、ディアブロ。最初に教えるべきは基礎ですわ。いきなり深奥から始めてどうするのです」
「おや、テスタロッサ。私がその程度の配慮もせず——」
「お二人とも、話があります」
俺が止めるより先に、ゼギオンの静かな声が響いた。
ディアブロとテスタロッサが揃って口を閉じる。
何だろう。力関係だけなら誰が上とも簡単には言えないはずなのに、今この場では完全にゼギオンが指導教官で、二人が生徒に見えた。
「一つだけ言っておく。まずはストラトス自身を見よ。汝らが教えたい技ではなく、この者に必要なものを見極めるべし」
「しかと、肝に銘じておきましょう」
「ええ。覚えておきますわ」
ストラトスを前にして、それ以上の話はしなかった。
こうして、この場の話は終わったのである。
俺は「ラミリスのところに寄っていく」と言って、その場を離れた。
もっとも、迷宮内の様子なら、ラミリスの管制室からいくらでも確認できる。もう少し様子を見るつもりだ。
帰り際、テスタロッサは第79階層へ立ち寄った。
花々の咲く穏やかな庭園で、アピトは神樹の蜜を小さな壺に移しているところだった。
「あら、テスタロッサ様。お顔合わせは終わられたのですか?」
「ええ。貴女に少し、お話ししたくて伺ったのですわ」
アピトが不思議そうに振り返る。
テスタロッサは、その前で静かに頭を下げた。
「あの子を、優しく真っ直ぐに育ててくださり……心から感謝いたします」
それは社交辞令ではなかった。
原初の白が誰かに頭を下げるなど、ほとんどあり得ない。ましてや、相手は種族の相性だけを見れば悪魔の天敵とも呼べる蟲型魔物だ。
だが、そこに原初としての矜持や序列はなかった。
ただ一人の母親としての、偽りのない感謝だけがあった。
「私とディアブロがあの子を育てていたなら、きっと力ばかりを求めたでしょう。失敗を許さず、弱さを恥じさせ……あの澄んだ瞳を曇らせていたかもしれない」
「そのようなことは——」
「いいえ。分かっているの。私たちは、壊すことも、従わせることも知っている。けれど、育むことを知らなかった。そして、未だ本当にはわかっていないことも知っている……」
テスタロッサは顔を上げ、アピトを見つめた。
「貴女が教えてくれたのですわ。あの子にではなく、私たちに」
アピトはしばらく黙っていた。
やがて、慈しむような微笑みを浮かべる。
「私は、リムル様よりお預かりした役目を果たしただけです。それに、ストラトスは私にとっても大切な子。これからも、その気持ちは変わりません」
「ええ。変えないで頂戴」
テスタロッサの微笑みは優しかった。
ただし、ほんの一瞬だけ、とんでもない殺気が漏れた。
「もし、あの子が貴女を『母さん』と呼んだなら……私の心は張り裂けそうで、きっと苦しくて、悔しくて仕方がないでしょうね」
「……テスタロッサ様?」
「それでも、貴女があの子にとっての『母』であることは認めているの。……認めているのよ。そう思うだけでも、胸をえぐられるように痛むのだけれど……。だけど、だからこそ、これからもあの子を愛してほしい。誇ってほしいの。……そう言いながら苦しくなるの。本当に、自分でもどうしていいか分からないくらい、複雑で、おかしな気持ちなのよ」
優しい眼差しと、隠しきれない原初の殺気。
アピトは一瞬だけ目を丸くしたが、やがて全てを理解したように頷いた。
「——ええ、喜んで。あの子は、私の誇りでもありますから」
「ありがとう」
こうして、生みの母と育ての母の間に、一応の合意が成立した。
(これ、合意でいいんだよな? 宣戦布告じゃないよな?)
深く考えるのはやめておいた。
テスタロッサがアピトと話していた頃。
ディアブロはまだ、第80階層に残っていた。
「ゼギオン殿。少々、お時間をいただいても?」
「何用か」
「ストラトスを指導するにあたり、貴殿が心掛けていたことを確認しておきたいのです」
ゼギオンは無言で先を促した。
「私は、力を求める者を導いた経験ならばあります。出来ぬ者は捨て置き、出来る者にはさらに高みを求める。それで十分でした」
「ストラトスには通じぬ」
「ええ。だからこそ、貴殿がどのように接してきたのかを、約束事として明確にしておきたい」
ディアブロの表情に、いつもの余裕はなかった。
これは形式だけの相談ではない。本当に分からないから、教えを求めているのだ。
「まず、汝とストラトスとでは、生きてきた年月が違う。汝に出来て当然のことが、この者にも出来て当然だと思ってはならぬ」
「つまり、『なぜ出来ない』と問うてはいけない?」
「然り。出来ぬならば、次にどうすれば出来るかを共に考える。出来たならば、その事実を認め、言葉にして褒めるのです」
「結果だけではなく、そこに至るまでの試みも見る。と」
「然り」
ディアブロは、一つ一つを確認するように頷いた。
「銀の性質は、リムル様にもシエル様にも未知。ましてや、我らが初めから答えを知るはずもない。ゆえに、あの子に我らの正解を押し付けず、三人で見つけるということ?」
「それでよい」
「では、叱らねばならない時は?」
その問いに、ゼギオンはすぐには答えなかった。
「力に驕り、他者を侮った時。己や他者の命を粗末にした時。過ちを知りながら、正そうとせぬ時——叱るべき時はあろう」
「なるほど。では、術の習得を怠った時は?」
「怠った理由を先に問うがよい」
「失敗を隠した時は?」
「なぜ隠さねばならなかったのか、その心情を慮るべし」
「……難しいものですね」
太古の昔から数え切れぬほどの策謀を巡らせてきたディアブロが、心底困ったように呟いた。
「私には、叱るべきか、励ますべきか、その場で正しく見極められる自信がありません」
「初めから全て分かる者などおらぬ」
「ならば、私が『ここは叱るべきだ』と感じた時は、すぐに叱らず、一度貴殿に相談することとしましょう。当面は、それを約束事に加えたい」
「構わぬ」
ゼギオンが頷く。
すると、ディアブロは姿勢を正し、宣誓するように言葉を紡いだ。
「出来ぬことを責めず、次の道を共に考える。出来たことは認め、言葉にして褒める。銀に既存の正解を押し付けず、三人で答えを探す。そして、叱るべきだと感じた時は、まずゼギオン殿、貴殿に相談する——以上を、私は違えません」
その言葉と同時に、周囲の魔素がわずかに震えた。
契約ではない。
だがディアブロは、自らの意志に強い強制力を掛けたのだ。形から入らなければ、太古より染みついた自分の在り方を変えられないと理解しているからこそ。
「そこまで己を縛らなくとも……」
「ええ、承知しています。ですが、これは失敗してやり直すことが許されぬ場合もあることです。ストラトスのためであると同時に、私が親となるために必要な儀式なのです」
「ならば、好きにするがよい」
「感謝いたしますよ、ゼギオン殿」
あのディアブロが、ゼギオンへ素直に礼を述べた。
ストラトスの知らないところで、生みの父もまた、親としての最初の一歩を踏み出したのである。
それから、ストラトスの新しい生活が始まった。
とはいっても、生活の拠点は変わらない。
第79階層でアピトと過ごし、第80階層でゼギオンと鍛錬する。そこへ決まった日にディアブロとテスタロッサが迎えに来て、冥界で魔導の訓練を行うことになったのだ。
最初の課題は、攻撃魔法——ではなかった。
自分の魔力を知ること。
黒と白の魔力をそれぞれ少量ずつ受け取り、体内に取り込み、拒絶せずに循環させた後、元の性質のまま返す。
地味に聞こえるが、普通の悪魔なら不可能に近い。異なる色の魔力は、触れただけでも反発する。それを体内に入れれば、核が損傷してもおかしくない。
だが、ストラトスは黒も白も拒まなかった。
両方を静かに受け入れ、銀の光を帯びたまま、それぞれの性質を壊さずに返してみせた。
「……見事です、ストラトス」
ディアブロが目を細める。
「初めてとは思えないほど繊細な制御ですわ。よく出来ましたね」
テスタロッサも、少しぎこちなく頭を撫でた。
「はい! ありがとうございます、父様、母様!」
ストラトスの顔が輝く。
褒められた二人——じゃなかった、褒めた二人の方も、それ以上に嬉しそうだった。
ゼギオンの教えは、ちゃんと効いているようだ。
もっとも、毎回うまくいったわけではない。
ある日は、銀の魔力を遠くへ飛ばそうとして、手元で霧のように散らした。
別の日には、結界を薄く広げすぎて、冥界の風に一瞬で破られた。
初めて魔法陣を組んだときなど、黒と白の術式を同時に成立させようとして、術式そのものが互いを打ち消してしまった。
「申し訳ありません。ボクは、父様と母様の子なのに……」
肩を落とすストラトスを前に、ディアブロは口を開きかけた。
なぜ、この程度のことが——。
おそらく、以前の彼ならそう言っていただろう。
だが、ゼギオンの言葉を思い出したのか、そこで一度息を止めた。
「……出来ないのは、当然です」
ものすごく言い慣れていない感じだった。
「私とて、生まれた瞬間から全てを理解していたわけではありません。次は、術式を同時に組むのではなく、順序を変えてみましょう」
「ええ。失敗したからこそ、銀が黒と白の単純な混合ではないと分かったのです。今日は大きな発見をしましたわ」
テスタロッサが続ける。
「失敗では、ないのですか?」
「ええ。私たち三人で、答えに一歩近づいたのよ」
「……はい!」
ストラトスが顔を上げる。
その日、訓練を終えた三人は、わざわざ俺の執務室まで報告に来た。
「リムル様。本日、銀の魔力は相反する術式を同時に成立させるのではなく、双方を新たな波長へ変換する性質を持つ可能性が判明しました」
「なるほど。失敗したから分かったわけか」
「はい! 次はもっと上手くやってみせます!」
元気いっぱいに答えるストラトス。
その後ろでは、ディアブロとテスタロッサが、なぜか誇らしげに胸を張っていた。
いや、お前らが褒められる場面じゃないからね?
そんな日々が続いた、ある日のこと。
その日は銀の魔力の『形』を見極めるため、あえて術式を教えず、ストラトス自身に自由に使わせることになった。
「決まった魔法を真似る必要はありません。何でもいいわ。今まで学んだことを思い出し、自分が最も自然だと感じる形で放ってみなさい」
テスタロッサの言葉に、ストラトスが頷いた。
「自分が、最も自然だと思う形……」
ストラトスは目を閉じる。
両足を開き、重心を落とす。
腰をひねり、両手を右脇へ。
そこへ、澄んだ銀の魔力が集まり始めた。
(ん?)
俺は執務室から監視魔法の映像越しに見ていたのだが、ものすごく見覚えのある構えだった。
(まさか……)
「はあああああっ!」
銀の光が、両の掌の間で圧縮されていく。
澄んだ魔力の流れと気の流れが効率よく一点へと集束していくのがわかる。
「波動拳っ!」
放たれた銀の奔流が、冥界の荒野を一直線に駆け抜けた。
ドドドーン!幾重にも重ねられた標的結界を貫き、遠くの岩山を呑み込み、地平の彼方で巨大な銀の柱となって立ち昇る。
しばらくして、遅れてきた衝撃波が三人の衣服を激しく揺らした。
「…………」
「…………」
ディアブロとテスタロッサが黙り込む。
(本家に出力では劣るが、拡散せず、レーザービームのようで波動がキレイだ。あこがれてたもんなぁ。魔力の流れは完璧。銀の収束率も威力も申し分ない。体術との連動も見事で、ここを少し改良すれば発動速度も上がる……って、そうじゃない!いきなり何をぶっ放してんねん!)
一方、ストラトスは自分の両手を見つめていた。
「父様、母様。今のは……魔法なのでしょうか?」
問われた二人は、ようやく我に返った。
「……ええ。魔法であり、闘気であり、あなたの銀が生み出した、あなただけの技です」
「見事でしたよ、ストラトス」
今度は迷いなく、二人がそう告げた。
「本当ですか!」
「ええ。ただし、次からは威力を千分の一に抑えなさい」
「は、はい!」
こうしてストラトスは、初めて自分だけの魔導を形にした。
なお翌日、気を良くしたストラトスが続けて『昇龍拳』を再現し、手伝いに来ていた黒の眷属たちを吹き飛ばしたのは、また別の話である。
ストラトスは、訓練で悩むとゼギオンのもとへ戻った。
「師匠。父様の魔法は深く、母様の魔法はとても綺麗です。けれどボクが真似ると、どうしても同じものになりません」
「同じにする必要はない」
ゼギオンは即答した。
「汝は黒でも白でもない。両者より生まれながら、そのどちらでもない銀である。父君と母君より学ぶべきは技の形ではなく、力を磨き上げてきた在り方そのものだ」
「在り方……」
「学び、試し、失敗し、また挑め。汝の道は、前例なきがゆえに誰より険しい。だが、道がないのならば、己の足で作ればよい」
ストラトスは、しばらくその言葉を噛み締めていた。
やがて、力強く頷く。
「はい。ボクは、ボクの道を探します!」
その瞳に迷いはなかった。
そして、そのやり取りを少し離れた場所で聞いていた者が二人。
ディアブロとテスタロッサである。
「……また、ゼギオン殿に教えられてしまいましたね」
「ええ。けれど、以前ほど悔しくはありませんわ」
「ほう?」
「あの子が迷ったとき、戻れる場所がある。それは、とても幸せなことでしょう?」
ディアブロは少し驚いたように目を見開き、それから静かに笑った。
「なるほど。貴女も少しは、親らしくなったようですね」
「貴方に言われたくはありませんわね」
二人はそう言い合いながら、ストラトスとゼギオンのもとへ歩いていった。
教えるためではない。
今度は、自分たちも共に考えるために。
ところで。
あの銀の一撃を間近で見たディアブロとテスタロッサは、訓練を終えた後も、その場に残っていた。
ストラトスはまだ、上位魔将に進化したばかり。魔法の知識も経験も、原初たちとは比べものにならない。
それなのに、既に自分たちにはないものを持っている。
悪魔の天敵であるゼギオンの体術。
黒と白の魔力を受け入れ、別の性質へと変える銀の力。
そして何より、知らないことを恥じず、誰からでも素直に学び取る心。
「今はまだ、私たちの方が遥かに強いわ」
テスタロッサが静かに言った。
「当然です」
ディアブロも頷く。
「ですが——このまま我らが何も変わらなければ、いずれ追いつかれるでしょう」
「それどころか、追い越されるかもしれませんね」
その可能性を口にして、二人は揃って黙り込んだ。
追い越されること自体が、許せないわけではない。
我が子が自分たち以上の高みに至るというのなら、それはむしろ誇らしい。
ただし——。
「あの子は、リムル様より直接名を授かりました」
「ええ。今はまだ、あの方を仰ぎ見る幼い子供だけれど……」
「いずれ力をつけ、リムル様の最も近くで仕えるようになるかもしれませんね」
そうなったとき、自分とリムル様の間に、あの銀の髪が当たり前のように割って入ってくるのではないか。
我が子の成長は、心の底から嬉しい。
嬉しいのだが——それとこれとは話が別なのである。
「クフフフ……。我が子といえども、リムル様の第一の腹心たる座を譲るつもりはありません」
「当然よ。あの子がどれほど成長しようと、あの方の前で後れを取るなど許されないわ」
二人は互いの顔を見て、静かに頷いた。
そして、その夜。
第80階層の修練場には、ディアブロの姿があった。
ストラトスが繰り出した体術を思い返しながら、重心の移動と魔力の収束を何度も繰り返している。
一方、別の隔離空間では、テスタロッサが自身の魔力を糸よりも細く分割し、寸分の乱れもなく操る訓練を続けていた。
もっとも、二人が鍛錬を始めた理由は、それだけでもなかった。
いつかストラトスが、もっと広い世界を知るようになったとき。
子供には、いつまでも格好いい親だと思われていたい。
師匠や師範だけでなく、父と母もまた、追いかけるに値する存在なのだと胸を張ってほしい。
太古より生きる原初の悪魔といえど、その欲だけは、世の親と大して変わらなかったのである。
お読みいただきありがとうございました!
ストラトスの魔導修行と同時に、ディアブロとテスタロッサも『親』として一歩ずつ成長していく第4章でした。
黒でも白でもない銀の魔力。そして、ゼギオンの体術とヴェルドラへの憧れが融合して生まれた、ストラトスだけの戦い方。
次回は、テンペスト各部署での職場体験と、ハクロウとの出会い。自分だけの道を求めるストラトスが、いよいよ広い世界へ目を向け始めます。
また、次回もよろしくお願いします!




