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第3章:復興祭と銀の疾風

 いつもお読みいただきありがとうございます!

 天魔大戦の終結から数年、テンペストでは平和と復興を祝う「復興祭」が開幕します。

 武闘大会ジュニアの部に出場することになったアル。魔力操作をまだ教わっていない彼が、ゼギオン直伝の「純粋な体術」だけで並み居る強豪に挑みます。

 実際のところ、俺たちもアルに関しては分からないことだらけだった。

 受肉の際、用意した依り代は大人サイズだ。それなのに、実際は人間の三歳児ほどのサイズで誕生。シエルさんに聞いてみたら『……あり得ます。ですが、論理的な説明は不可能です』と、珍しく匙を投げるような返答をしてきた始末だ。しかも当初は言葉を発することすらできなかった。 成長するにつれて依り代が肉体にぴったりマッチしていったのも、多少あることは想定内だったが、そこまでサイズが変わるのは想定外だった。

 今でこそ誰からも愛される真っすぐな少年に育ってくれたが、なにせ生みの親はあのディアブロとテスタロッサだ。 当初は、二人を掛け合わせた『手がつけられない破壊の化身』として暴走する可能性だって十分にあった。

 そのため、迷宮深層には万が一アルが暴走した場合に備えて、まずは至近距離にいるゼギオンが全力で抑え込み、アピト率いる 蟲型魔物(インセクト)が一斉に第79階層へ集結して包囲・防衛線を構築する。 その間に、さらに深層から一体化したクマラやヴェルドラが駆け上がり、それでも足りなければ俺やベニマルが即座に転移して力尽くで鎮圧する——という、まさに国を挙げた厳戒態勢だった。

 因みに、ディアブロとテスタロッサは、アル側につく恐れがあったため、この迎撃網からは外している。


 当初は感情の起伏を抑えるため、冷徹な空気が流れる第80階層で生活させる予定だった。 だが、アルのあまりの無邪気さと素直な様子を見て、俺は方針を変更。 鍛錬こそ第80階層で行うものの、日常の生活は、木漏れ日と花々が広がる第79階層でアピトと共に過ごさせることを許可したのだ。あの穏やかな時間は、アルの情操教育にとって良かったと言えるだろう。


 そしてもう一つ、アルには大きな課題があった。当初、アルは魔素が常にダダ漏れの状態だったのだ。 ゼギオンは「本格的な魔導や魔力操作は生みの親の領分だから手を出すな」と俺から言われていたため、いずれ地上に出るまでに、生みの親による制御の指導が必要だと考えていたようだ。

 だが、それを思いがけない形で解決したのが——ヴェルドラだった。

ヴェルドラがかつてミリム戦などで嬉々として繰り出していた『ヴェルドラ流波動拳』や『昇龍拳』。 漫画に影響されたその必殺技の数々に、アルは目を輝かせて憧れを抱いた。 例えるなら、昭和の時代、子供が藤岡なにがしを真似て「へんしん!とぉー!」とポーズを取るようなものだ。当然、変身できるわけがない。だが、あの武道家ならではの『息吹(呼吸法)』や、丹田に気が収束していく感覚——。

 アルにとって、ヴェルドラの構えはまさにそれだった。 「波動拳」を放つことはできなくても、ヴェルドラが気を練り上げる姿を思い浮かべ、胸の奥で魔素を循環させるイメージを持つだけで、不思議と心が落ち着き、呼吸が整う。 ゼギオンから叩き込まれた『体術の闘気操作』と、ヴェルドラへの憧れから生まれた『魔素の循環イメージ』。その二つがアルの中で完全に重なり合い、誰に教わるでもなく、体内の魔素を自然と内側へ抑え込めるようになっていたのだ。

 闘気と同様に魔力までも完璧にコントロールするようになったアルを見て、ゼギオンは師匠として内心深く安堵していたらしい。


(まあ、ヴェルドラ本人は教えたつもりもなく、アルも教わったつもりはない。ただ『ヴェルドラさんかっこいい!』で身につけちゃったっていうのもすごいが……)


 天魔大戦の終結から数年の月日が流れた。 世界各地は順調に復興を遂げ、ここ 魔国連邦(テンペスト)でも、平和の到来を祝う一大イベント——『復興祭』が開催されることとなった。 かつての開国祭にも劣らない規模であり、世界各国の要人たちが続々と集結していた。

 当然、招待状はあの男の元にも届けられる。 白氷宮(はくひょうきゅう)へ直接赴いたのは、ディアブロだった。

「クフフフ。我が主リムル様より、復興祭の招待状をお持ちいたしました」

「あ? テンペストでまた祭りか。まあ行ってやらんでもないが……わざわざお前が直接届けるとは珍しいじゃねえか」

 億劫そうに受け取ったギイ・クリムゾンに、ディアブロは怪しげな笑みを深めた。

「ええ。実は今回の武闘大会ジュニアの部にですね……我が子も出場するのですよ。……まぁ、テスタロッサも関わっているのですがね。クフフ」

「……あ? 我が子ぉ? テスタロッサもだぁ?」

 ギイは眉をひそめた。 悪魔族に生殖の概念などない。あのディアブロのことだ、どうせどこかで見どころのある弟子でも拾って、テスタロッサと一緒にスパルタ指導をして「可愛がっている」のだろう。人間なのか何なのか、どこの種族のガキかは知らんが——と、ギイは勝手に解釈した。

「おいおい……お前がガキを育てるなんざ、気味が悪すぎるだろ」

「おや、心外ですね。あの子の仕上がり、ぜひ貴方様のその目でご覧になるとよろしいでしょう」

 尊大に立ち去るディアブロを見送りながら、ギイは「あいつとテスタロッサの弟子か……どんな面か拝みに行ってやるか」と、盛大に勘違いしたままテンペストへ向かったのだった。


 そして迎えた復興祭当日。 大闘技場は、割れんばかりの歓声に包まれていた。

「皆様、お待たせいたしました! これより、武闘大会『ジュニアの部』決勝戦を開始いたします!」

 ソーカの実況が響き渡る。 VIP席にはギイの姿も見えていた。

「おいリムル、ジュニアの部とはいえ随分とレベルが高いじゃねえか。……で、ディアブロが言ってた『弟子』ってのはどいつだ?」

「へ? 弟子……? ああ、いや……あいつ、そう言ってたのか」

 俺は苦笑いを浮かべつつ、舞台の中央へと視線を向けた。 決勝の舞台に上がってきたのは、仕立ての良い武道着に身を包んだ、涼やかな銀髪の少年——アルだ。

 見た目はすっかり十四、五歳ほどの凛々しい少年だ。 なお、悪魔特有の気配や規格外の魔素が周囲にバレないよう、アルの身体にはガドラ先生の『古代多重結界魔導』とアダルマン先生の『神聖魔導による波動中和』が二重三重に施されている。一般の観客から見れば、悪魔には見えないハズだ。

「始めッ!」

 ゴングと同時に、対戦相手である巨躯の竜人族(ドラゴニュート)の少年が咆哮とともに大地を蹴った。 風を切り裂く剛腕が、アルの頭上めがけて振り下ろされる。

 だが——アルは動かない……ように見えた。

 直撃の刹那、アルはほんの少しの重心移動でその一撃をいなすと、相手の懐へと滑り込む。 相手の動きを読む力と自身の体捌き——第80階層でゼギオンから徹底的に叩き込まれた、神速の体術によるものだ。

「……せいっ」

 トン、と軽く相手の鳩尾に添えられた掌から、力感のない、しかし強力な衝撃が体内へと浸透する。そして、巨躯の対戦相手は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

「しょ、勝者ァッ! アル選手ぅぅぅ!! 全試合、対戦相手に触れさせず、完全勝利——ジュニアの部、チャンピオンです!!」

 大歓声が闘技場を揺るがす。 アルは礼儀正しく一礼し、それからVIP席の俺たちに向かって嬉しそうに手を振った。

 だが——その瞬間、隣にいたギイの空気が凍りついた。

「…………おい、リムル」

「ん? どうしたギイ?」

「……あのガキの魔力隠蔽、なかなかのものだが……、隠しきれてねえぞ」

「えっ」

 ギイの紅い瞳が、すっと細められる。 多重結界の奥底、アルの魂の根源(コア)を見通したギイの顔が、驚愕と戦慄で見開かれた。

「黒でも……白でもねえ……なんだあの輝きは……? あんな概念属性、世界のどこにも存在しねえぞ……おい、まさか……(アルジャン)……!?」

 ギイの脳裏に、白氷宮でのディアブロの言葉がフラッシュバックする。——『我が子も出場するのですよ。……まぁ、テスタロッサも関わっているのですがね。クフフ』——

「……あいつ、弟子じゃなくて……文字通り『子供』だったのかよ!?テスタロッサと!?」

「あはは……まあ、色々あってな」

 ガシィッ! とギイが俺の両肩を掴んで激しく前後に揺さぶってきた。

「『色々あってな』で済むかバカ野郎!! 悪魔が新しい原初級を産み落とすとか、ヴェルダナーヴァの法則(世界の理)を根底から壊してんじゃねえか!! お前、平和になったと思ったら裏で何とんでもねえ実験してんだよ!!」

「痛い痛い! 揺らすなギイ! 俺じゃなくてシエルさんが……いや、俺の責任だけどさ!」

 激怒と混乱で青筋を立てて詰め寄るギイの背後で、控えていたディアブロが「クフフフ……」と勝ち誇ったように微笑み、テスタロッサが優雅に紅茶を啜りながらドヤ顔をキメていた。

(お前ら、生みの親なら少しはギイを宥めるのを手伝えよ……!)

 俺は心の中で激しくツッコミを入れつつ、胃のあたりを抑えるのだった。


 表彰式が終わり、控室へと戻ってきたアルは、育ての親であるゼギオンとアピト、そして生みの親であるディアブロとテスタロッサが見守る前で、俺の前に膝をついた。

「リムル様、優勝することができました! 師匠や師範、先生たちに教えていただいたことの、ほんの少しはお見せできたでしょうか……?」

 これだけの偉業を成し遂げたというのに、アルの瞳には奢りなど微塵もなく、純粋な謙虚さと尊敬の光だけが宿っていた。 ゼギオンとアピトが満足そうに頷き、ディアブロとテスタロッサも誇らしげに目を細めている。

「ああ、見事だったぞ、アル。磨き上げた体術だけで勝ち取った素晴らしい勝利だ」

 俺はアルの前に歩み寄り、その肩にそっと手を置いた。

「魔力操作をまだ教わっていないお前が、ここまで己を鍛え上げた。その努力と勝利を称えて——お前に、真なる名を授けようと思う」

「! ボクに……名付けを……?」

 アルの銀の瞳が大きく見開かれる。 背後で見守るディアブロたちが息をのんだ。

(名前はずっと考えていた。前世の記憶にある、悪路を泥まみれになりながらも圧倒的な俊敏さで駆け抜けた、あの伝説のラリーカーの名だ。 優雅に魔導を操る他の悪魔たちとは違い、地を這い、泥臭く己を鍛え上げてきたこいつには、何よりも相応しい響きだ。これからも、世界の理を外れた存在として、決して平坦ではない厳しい道を駆け抜けていかなければならないのだから。そして、その意味は成層圏——雲の上、どこまでも澄み渡る高く静かな銀の空。)

「お前の名は——『ストラトス』。高く澄み渡り、どんなに険しい道をも切り拓く疾風となれ」

 その瞬間、俺の魔素がごっそりと持っていかれた。魔素切れ対策はバッチリだが、それにしても持っていかれた。アル——いや、ストラトスの身体が眩い銀の光に包まれた。受肉の依り代がさらに最適化され、少年から凛々しい青年の姿へと進化を遂げていく。

《告。個体名「アル」は「ストラトス」の名を獲得。種族【銀上位魔将アルジャン・アークデーモン】へと進化を完了しました》

……上位魔将アークデーモン。 本来なら長い年月をかけて至る高位の悪魔の座に、名付け一発で駆け上がってしまったわけだ。しかも前例のない『銀』の冠付きで。


「……ありがとうございます、リムル様。このストラトス、生涯をかけて我が主とテンペストをお守りいたします!」

 深く頭を垂れるストラトス。 こうして、テンペストの未来を担う銀の新星が、正式にその名を世界に刻んだのだった。

 お読みいただきありがとうございました!

 武闘大会ジュニアの部、体術のみで見事優勝を飾ったアル! そしてギイの盛大な勘違いからの胃痛イベントと、真なる名『ストラトス』の命名回でした。


 また、次回もよろしくお願いします!

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