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第2章:ダンジョンの愛しき新星

いつもお読みいただきありがとうございます!


今回は迷宮深層でのアルくんのすくすく(?)育成日記です。

武術と教養を厳しくも温かく叩き込むゼギオン&アピト。そして、ゼギオンから正式に呼び出されたリムルと原初たちによる、ちょっぴり緊張感ただよう「父兄参観」の様子をお楽しみください。

迷宮ダンジョン第79階層。

なんだか場違いな、穏やかな時間が流れている。


師範(アピト)、おいしいです!」

「ふふ、たくさんお食べなさい。今日はリムル様より、神樹の蜜、アルの分を残すことをお許しいただいたのですから」


無邪気に笑うアルと、それを聖母のような微笑みで見守るアピト。


(いやまあ、悪魔なんだからハチミツ食っても栄養にはならんだろうけど……それを言ったら俺もか。まぁ、本人が幸せそうだからいいか)


俺はアピトから「アルにもハチミツを食べさせてあげたい」と言われたとき、心の中でそうツッコミを入れた。


 実際のところ、アルの肉体的な急成長を支えているのは食事ではなく、この迷宮深層に満ち満ちている濃密な魔素——ぶっちゃけヴェルドラのダダ漏れ魔素である。どうやらアルの核や特製の依り代と、ヴェルドラの魔素はなかなかに相性が良いみたいなのだ。


師範(アピト)、ごちそうさまでした」

「これから鍛錬ね。しっかり頑張るのよ」

「はい、では、師匠(ゼギオン)のところへ行ってきます!」


 立ち上がり、ぺこりと頭を下げるアル。先ほどまでの無邪気な顔から一変、凛とした表情で背を向ける。

身長は人間の子供で言えば12歳ほど。受肉してから2年足らずだが、既に少年期にまで成長していた。


(それにしても、呼び方が『師匠』と『師範』かぁ……)


 精神生命体である悪魔は、周囲の思念や環境を敏感に読み取る。

 生まれたてのアルが、目の前にいた二人を見て無邪気に「パパ」「ママ」と呼ぼうとしたのは、俺をはじめとする周囲の大人たちが、無意識にゼギオンとアピトを『育ての親』として認識していたからだろう。

 それに気づいたゼギオンは、咄嗟に「ゼギオンは、師匠(ししょう)」「アピトは、師範(しはん)」と言い換えさせた。

『師匠』『師範』が最も相応しい呼び名かどうかはわからないが、ゼギオンとしては『親』の呼称を避けようとし、幼子でも呼びやすい呼称を瞬時に考えたのであるから、良しとしよう。


 アルの教育についてだが、アピトが教えているのは言葉遣い、礼儀作法や基礎教養、そして『群れの長として背負うべき責任と義務』である。


 ゼギオンは第80階層の修練場において、己を律する武人としての誇り、そして徹底した『体術(近接格闘)』を叩き込んでいた。

 本来、悪魔族にとって蟲型魔物インセクトは天敵だ。物理攻撃や魔素捕食に長けたインセクトの肉弾戦は、遠距離魔導を得意とする悪魔にとって最悪の相性である。だが……だからこそ、インセクトのトップ、ゼギオンから体術の手ほどきを受けるアルは、近接格闘を得意とする悪魔になろうとしているのである。

なお、悪魔の根幹である『魔力操作や本格的な魔導』については、俺からゼギオンに「それは生みの親の領分だから、まだ手を出さなくていい」と伝えてある。


 そんなある日、第80階層の広大な修練場に、俺と最高級の正装に身を包んだ二人の原初が姿を現した。

ゼギオンから「リムル様、ならびにアルの始祖たる者たちよ。基礎修練が一段落を迎えたゆえ、その目で成長を確かめられよ」と正式に通達を受け、いわば『父兄参観』として招待されたのだ。


「クフフフ。我が主リムル様と共にアルの仕上がりを見届ける……なんと至福の時でしょう」

「ええ。生半可な出来栄えなら容赦なく口を挟むつもりでしたが、リムル様のお手を煩わせぬよう、見事な成果を期待したいものだわ」


 平静を装い、いつもの尊大で優雅なポーカーフェイスを崩さないディアブロとテスタロッサ。

 だが、ゼギオンが俺のために用意した特製ソファのすぐ後ろで、直立不動になりながらアルを見つめる二人の視線は、そわそわとした緊張感を隠しきれていなかった。


「アルよ。始めよ」

「はい!」


 ゼギオンの号令と共に、アルが地を蹴った。

 余分な力みのない流れるような重心移動、空間の抵抗を極限まで削ぎ落とした脱力からの踏み込み。ゼギオンの放つ鋭い牽制を最小限の体捌きでいなし、鋭利な手刀を的確に急所へと滑り込ませる……まだ幼い体躯でありながら、その動きはすでに歴戦の武人の完成度を誇っていた。


「せいっ! ……ふぅ。師匠、ありがとうございました!」


 息を整えたアルは、くるりとこちらへ振り返ると、パァッと顔を輝かせた。


「リムル様! ディアブロ閣下、テスタロッサ閣下! 見ていただき、本当にありがとうございました!」

「おおー、すげえぞアル! めちゃくちゃ筋がいいな!」


 思わず立ち上がって頭を撫でてやると、アルは「えへへ……!」と照れくさそうに笑う。

 その光景を背後で見ていたディアブロとテスタロッサ。


(見事な体術! その上、可愛い! 我らも今すぐ抱きしめて褒め称えたい! しかしリムル様がお喜びなのが何よりの至高……だが羨ましい!)


 と、内心で猛烈な葛藤と悶絶を繰り広げつつ、必死に威厳を保とうとする。


「ク、クフフ……。うむ、無駄のない見事な体捌きです。よく励んでいるようですね」

「ええ……。基礎としては及第点をあげてよろしくてよ」


 精一杯のすまし顔で応じた二人は、ゼギオンに軽く一礼を返すと、名残惜しそうに第80階層を後にした。


 だが、階層を出て二人きりになった時、その表情から余裕が消え去った。


「テスタロッサ。あの子のあの澄んだ瞳を見ましたか」

「ええ。認めたくはありませんが、もし自分たちが育てていたなら、あのような光は宿らなかったのではないかと思うわ」


 ディアブロの静かな呟きに、テスタロッサも自嘲気味に微笑んだ。

 なぜ、リムル様は生みの親である自分たちではなく、ゼギオンとアピトにアルを託したのか。太古より「力で支配する」ことしか知らず、「育む」という経験を持たない自分たちには、決定的に何かが欠けている……リムル様はそれを最初から見抜いていたのだ。


「リムル様のお考えは、常に我らの浅知恵の遥か先を行く……。あの方の深謀遠慮の真意、我らはまだ測りかねているのかもしれませんな」

「ええ。あの方が下された采配に間違いがあるはずもないわ。あの子の成長を見守りながら、リムル様の真意を考え抜く必要があるようですわね」


 二人の胸中には「リムル様が意図した『育成』とは何なのか」という、精神生命体としてかつて抱いたことのない重く深い命題が刻まれていた。


 そんな中、アルはといえば、とんでもなく謙虚で良い子にすくすくと育っていた。

 というのも、この迷宮深層には、アルにとって「凄すぎる大人たち」が集まりすぎていたからだ。


 武術と生き様を背中で語る師匠(ゼギオン)師範(アピト)はもちろん、週1回、来ていただける先生方。

 まず、世界情勢や深遠なる歴史を語ってくれるガドラ先生。

 死生観や精神論を穏やかに説いてくれるアダルマン先生。

 目を輝かせながら楽しそうに植物や薬品、自然の不思議を教えてくれるガビル先生。


 また、第80階層より深部にて、時々遊んでいただける先輩方。

 たまに手合わせや『あざとさ』を教えてくれるクマラさん。

(※師範(アピト)より「アル、よくお聞きなさい。あの狐はすぐに甘えた声を出してこちらのペースを乱してきます。笑顔に騙されてはいけませんよ。『あざとい』を学ぶ“社会勉強”として、決して術中にハマらないよう観察してきなさい」と厳しく言われている)

 さらには、圧倒的な存在感を放つヴェルドラさん。

そして——体が小さいのに、なぜか世界の理や迷宮の構造にやたらと詳しいヴェルドラさんのお友達、ラミリスさん。

(※以前、親しみを込めて『ラミリスちゃん』と呼んだところ、背後にいた師匠(ゼギオン)から『無礼者』と雷を落とされたため、アルの中では『小さくて偉大なラミリスさん』として深く刻まれている)


 生みの親であるディアブロ閣下やテスタロッサ閣下を含め、周りにいるのは神話級の化け物や歴戦の猛者ばかり。

 その結果、アルの自己評価はとんでもないことになっていた。


(閣下方や師匠、先生たち……みんな信じられないくらい強くて賢い。それに比べて、ボクなんてまだまだ未熟者だ。もっともっと頑張って、いつかリムル様やみんなのお役に立てるようにならなきゃ……!)


 アルは今日も真っ直ぐに、そして誰よりも純粋に笑っていた。

お読みいただきありがとうございました!


周囲の講師陣が神話級の化け物揃いなせいで、「自分なんてまだまだ未熟……!」と超ストイックに成長していくアルくんでした。


次回はいよいよ数年後、テンペストを挙げた一大イベント「復興祭」が開幕!

各国の要人とギイが見守る中、武闘大会ジュニアの部にアルが出場します。

魔力操作をまだ教わっていないアルが、「ゼギオン直伝の純粋な体術」だけでどこまで勝ち進むのか——そして、あの赤髪の魔王の反応は……!?


第3話もよろしくお願いします。

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