閑話:モスまとめ
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回はモスの報告書をきっかけにした閑話です。
ストラトスが旅先で見つけたものは、テンペストにも届いているようで――。
どうぞお楽しみください。
ストラトスが旅に出てからというもの、俺のところには世界各地の情報が入ってくるようになった。
そもそも、あいつの旅にはいくつか目的がある。
その一つが――世界の座標を刻むこと。
若く、経験の少ないストラトスに世界を歩かせながら、各地の座標を自分自身で覚えさせる。転移の精度を高めるためにディアブロが考えた、いわば修行の一つだ。
もちろん、それだけじゃない。
好きなところへ行って、見たことのないものを見て、美味いものを食べて、いろんな人と話をする。
それもまた、経験の少ないストラトスにとっては大切なことなのだろう。
ただし――。
あいつの持っている身分証。
通称、印籠モス。
あれにはモスの分身体が入っている。
必要な時にはストラトスを助け、場合によっては現地の情報を集める。そして重要な情報は、テンペストにいる本体のモスへと伝えられる。
結果として。
「リムル様。ストラトス殿の直近の旅程について、情報を整理いたしました」
「おう。ありがと」
俺のところには、こうして定期的に旅の情報が届くようになった。
しかも――。
「…………」
俺は資料をめくる。
見やすい。
実に見やすい。
旅程。
訪問した街。
現地の情勢。
治安。
主な産業。
珍しい食べ物や衣服。
ストラトスが接触した人物。
必要なところだけ簡潔にまとめられていて、詳しく知りたければ別紙を見ればいい。
その中に、少し妙な記録があった。
『就寝前、印籠内部の神精蜜の残量を確認する傾向あり』
「……なんだこれ?」
「ストラトス殿は、ほぼ毎晩確認しておられます」
「毎晩?」
「はい。確認した後は、いつも嬉しそうにされています」
「…………」
あいつ。
そういえば、旅立つ前も、アピトからもらった瓶を大事そうに抱えていた。
「これ、テスタロッサにも報告してるのか?」
「…………」
「モス?」
「報告の必要性はないものと判断いたしました」
「ああ……」
俺にも、なんとなく理由が分かった。
テスタロッサは、アピトに感謝している。
感謝しているのだが――それとこれとは、たぶん別だ。
俺は、もう一度その記録を見る。
毎晩、残量を確認して、笑顔になる。
そういえば、あの時もそうだった。
収納袋に残りを入れておけばいいと言っていたのに、俺は全部印籠へ入るようにした。
「……そっか」
全部、入れてやってよかった。
「モス」
「はい」
「お前、前より報告書作るの上手くなったよな」
「恐れ入ります」
モスが静かに頭を下げる。
「テスタロッサ様のご指導の賜物でございます」
「…………そうか」
「はい」
うん。
ご指導なんだな。
詳しく聞くのはやめておこう。
俺は再び資料に目を落とした。
「へぇ。ここでは山越えしたのか」
「はい。かなり魔素の薄い地域だったため、ストラトス殿には少々厳しい行程となったようです」
「ああ。あいつ、帰ってきた時に言ってたな」
その時にアピトへの土産として、妙な白い花まで持って帰ってきたんだった。
次のページ。
「こっちは結構大きな街だな」
「交易の中継地となっております」
「ふーん」
さらにページをめくる。
「…………ん?」
俺の手が止まった。
「モス」
「はい」
「これ、何?」
指差した先にあったのは、旅程の途中に記された小さな項目。
温泉。
「ストラトス殿が立ち寄った温泉です」
「温泉?」
「はい」
見ると、場所だけじゃない。
源泉の温度。
実際に入った湯の温度。
湯の性質。
周囲の景観。
ストラトスが訪れた時間。
さらに、転移用として登録された座標まで残っている。
「……あいつ、温泉入ってたの?」
「はい」
「こういうところ、ほかにもある?」
「ございます」
即答だった。
「何か所くらい?」
「少々お待ちください」
モスが目を閉じる。
分身体の記録を確認しているのだろう。
ほんの数秒。
「現在までに十一か所です」
「十一か所も!?」
「はい」
あいつ……。
結構満喫してるじゃないか。
いや、いいんだけどさ。
「全部、座標残ってる?」
「はい。全て登録済みです」
「へぇ……」
俺は、もう一度資料を見る。
温泉。
世界各地の温泉。
しかもストラトスが実際に行って、気に入った場所は転移座標まで登録済み。
「…………」
これは。
なかなか面白い資料になるんじゃないだろうか。
「なあ、モス」
「はい」
「この情報だけを抜き出して、まとめられるか?」
「可能です」
「場所と座標。それから源泉の温度とか、湯の性質とか……ストラトスが何か感想を言ってたら、それも」
「承知いたしました」
「あ、それと――」
「利用に適した時間帯、周辺施設、現在の治安状況も付記いたしましょうか?」
「…………」
俺はモスを見る。
「できるの?」
「問題ございません」
「じゃあ、それもお願い」
「畏まりました」
さすがモス。
話が早い。
◇◇◇
翌日。
「リムル様」
「ん?」
「昨日ご依頼いただきました資料です」
「もうできたの!?」
「はい」
早い。
俺はモスから資料を受け取った。
表紙には――。
『ストラトス旅程記録 温泉一覧』
「…………」
なんだろう。
タイトルだけでちょっとワクワクする。
開いてみる。
「おお……」
場所。
転移座標。
源泉温度。
浴槽の温度。
湯の性質。
含まれる主な成分。
湧出状態。
周囲の景観。
利用者が多い時間帯。
近隣の宿泊施設。
食事処。
さらに最新の治安状況まで。
「……モス」
「はい」
「俺が頼んだより、だいぶ詳しくない?」
「リムル様が実際に赴かれる可能性を考慮いたしました」
「…………」
俺、行くって言ったっけ?
「また、分身体から最新情報を取得し、現時点で安全に訪問可能な場所には印を付しております」
「…………」
仕事が。
迅速で丁寧すぎる。
「モス」
「はい」
「お前、本当にいい仕事するなぁ」
「光栄でございます」
モスは表情を変えずに一礼した。
「さて、と」
俺は温泉一覧をめくった。
「おっ。ここ、源泉かなり熱いな」
次。
「へぇ。こっちはアルカリ性か」
次。
「お、硫黄系もある」
なんだこれ。
見ているだけで楽しいぞ。
前世で見ていた温泉番組を思い出す。
そんな中、一つの項目で手が止まった。
山間部。
小さな集落の外れ。
露天。
ややぬるめ。
湧き出した湯をそのまま流しているらしい。
そして、ストラトスの感想。
『夕方がおすすめです。山が赤くなって、とても綺麗でした』
「…………」
窓を見る。
まだ昼過ぎ。
「…………」
『マスター』
「視察だから」
『まだ何も申し上げておりません』
「…………」
『マスター?』
「最近、先回りするよね。シエルさん」
◇◇◇
「おお……」
転移した先は、山あいの小さな集落だった。
もちろん、いきなり湯船の横へ転移するなんて無粋なことはしない。
少し離れた場所へ出て、歩く。
モスの資料には道順まで記されていた。
「こっちか」
しばらく歩くと、湯気が見えてきた。
「おおっ!」
いい。
これはいいぞ。
岩に囲まれた小さな露天風呂。
正面には山々。
そして、ちょうど太陽が傾き始めている。
「ストラトス……」
お前。
いい場所知ってるじゃないか。
◇◇◇
「あ~~~~……」
思わず声が出た。
肩まで湯につかる。
少しぬるめ。
だから長く入っていられる。
目の前では、山々が少しずつ赤く染まっていく。
風が吹く。
湯につかった身体には、その冷たさがちょうどいい。
「あ~~……」
『解析が完了しました』
「ん?」
『この湯には複数の鉱物成分が含まれており、液性は――』
「シエルさん」
『はい』
「今はいい」
『しかし、マスターの身体に対する作用を――』
「温泉っていうのはな」
『はい』
「あ~~って言いながら入るのがいいんだよ」
『……理解不能です』
「だろうなぁ」
俺は笑った。
それからしばらく。
何も考えず、ただ湯につかっていた。
ストラトス。
よくやった。
世界の座標を刻む旅。
その目的を、俺は今、心の底から理解した。
こういう場所は、絶対に刻んでおくべきだ。
◇◇◇
いやぁ。
いい湯だった。
これは温泉一覧、当たりだな。
ほかにも気になるところがいくつかあった。
別に全部行こうなんて思ってないぞ?
ただ、せっかくモスがあれだけ丁寧にまとめてくれたんだ。
資料は有効活用しないとな。
うん。
そういうことだ。
温泉から上がった俺は、執務館の少し手前へ転移した。
執務室へ直接戻ることもできたが、湯上がりの火照りを夕方の風に冷ましたかったのだ。
「いやぁ。いい湯だった」
俺は上機嫌で、執務館の入口へ向かった。
ちょうどそのとき、正面の扉が開いた。
中から出てきたシュナとシオンに、ばったり出くわした。
「あ」
「リムル様?」
「お、おう。ただいま」
「お帰りなさいませ、リムル様」
二人の視線が、俺の頭から足元までゆっくりと動いた。
そして、シュナが――にこりと笑う。
なぜだろう。
ひどく懐かしい既視感がある。
「リムル様」
「ん?」
「どちらへ行かれていたのですか?」
「…………」
ドキッ。
いや、待て。
俺は何も悪いことをしていない……ハズだ。
「……リムル様?」
「…………」
俺の身体からは、まだうっすらと湯気が立っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ストラトスが土地を知るために記録していた温泉が、思わぬ形でリムルの役に立ちました。モスの報告書も、ますます充実していきそうです。
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