閑話:リムルの夢の国
今回は少し寄り道です。
復興祭を終えたリムルが、迷宮についてあれこれ考えます。
※ストラトスも少しだけ登場します。
復興祭も、大盛況のうちに終わった。
各部門から上がってきた収支報告にも目を通した。
細かな反省点はいくつかあるものの、全体として見れば大成功と言っていいだろう。
「ふう……」
俺は執務室のソファに身体を預けた。
「リムル様、どうぞ」
「ありがとな、ディアブロ」
差し出された紅茶を一口。
うん。
いい香りだ。
ようやく一息つけた気がする。
「リムル、いる?」
その時、扉の向こうから聞き慣れた声がした。
「いるぞー」
扉が開き、ラミリスが飛び込んでくる。
「復興祭の迷宮のこと、まとめてきたわよ!」
「ああ、それか」
祭り全体の収支報告は終わったが、迷宮についてはラミリスから細かな運営状況を聞くことになっていた。
「ラミリス殿、どうぞ」
「ありがと」
ディアブロがラミリスの前にも紅茶と菓子を用意する。
さて。
復興祭では、迷宮も大盛況だった。
五十階層までを見る限り、俺が思い描いていたものにかなり近い。
冒険者が挑戦する。
失敗する。
装備を整え、仲間と相談して、もう一度挑戦する。
観光客もそれを楽しむ。
迷宮の外では、攻略について話す連中も大勢いた。
ここまではいい。
問題は――。
「なあ、ラミリス」
「なに?」
「六十階層から先なんだけどさ……」
「六十階層?」
「ああ」
六十階層にはガドラ。
そこから先には、さらに強力な連中が控えている。
もちろん、迷宮が強固な防衛施設であることに問題はない。
強者たちの訓練場所としても申し分ない。
だが――。
「これ、普通の冒険者が楽しめるのか?」
「え?」
「五十階層まではいいんだよ。頑張れば先に進める。失敗しても『次こそは』って思える」
「うん」
「でも、その先だ」
強くなりすぎた。
いや、強いことそのものが悪いわけじゃない。
むしろ、テンペストの防衛戦力として考えれば、強ければ強いほどいい。
問題なのは――それと娯楽施設としての迷宮を、同じ場所でやろうとしていることだ。
『シエルさん』
《はい》
『どう思う?』
《現状、六十階層以降の攻略難易度は、一般的な冒険者を想定したものとは言い難いでしょう》
『だよなあ』
だったら――。
「分けるか」
「なにを?」
「迷宮だよ」
「え?」
今の迷宮は、強者たちの訓練と防衛を重視する。
そしてもう一つ、純粋に冒険者が楽しめる迷宮を作る。
強くなった迷宮十傑を無理に弱くする必要もない。
片方は本気。
片方は娯楽。
それぞれ役割を分ければいい。
「ラミリス・ランドと、ラミリス・シーだ!」
「おおー!」
ラミリスの目が輝いた。
「いいじゃない! それ!」
「だろ?」
問題は構造だ。
完全に別物にする必要はない。
「百階層だけは共通でどうだ?」
「ヴェルドラのところ?」
「ああ。あそこだけ繋げて、ヴェルドラの魔素を両方に回す」
百階層攻略は特別だ。
迷宮ができた頃、ミョルマイル君が考えた攻略報酬もある。
そして何より、百階層は――俺への挑戦。
そこは今のままでいい。
新しい迷宮の構築はラミリスに任せる。
問題は、強者たちが本気で戦う側だ。
「壁と床と天井、全部ヒヒイロカネにしたらどうなる?」
「全部?」
「ああ」
迷宮十傑やテンペストの幹部連中が訓練に使うなら、生半可な強度では困る。
「まず見積もりな。必要量と、完成まで何日かかるか。それと金額」
「分かってるわよ!」
「見積もりが出る前に作り始めるなよ?」
「分かってるってば!」
本当か?
まあいい。
次は、冒険者向け迷宮のフロアボスだ。
今までの連中をそのまま置いたのでは意味がない。
「オーディションをやるか」
「オーディション?」
「ランド・フロアボスオーディション」
「なにそれ、面白そう!」
候補者を集めて、総当たり。
単純に一番強い奴を選ぶわけじゃない。
どんな攻撃をするか。
どんな防御をするか。
相手の動きにどう対応するか。
そして何より――挑戦する冒険者から見てどう感じるか。
圧倒的すぎて、最初から勝つ気をなくす相手じゃダメだ。
もう少しだった。
次ならいける。
装備を変えれば。
仲間を変えれば。
作戦を変えれば。
――勝てそうなのに、勝てない。
それくらいがいい。
一戦一戦、俺とシエルさんで分析する。
ベニマルたちにも見てもらおう。
強さだけじゃなく、フロアボスとしての適性を見極めるんだ。
「あ、そうだ」
「なに?」
「試合、全部撮っておこう」
「撮るの?」
「ああ。選考にも使えるし、後で編集して流しても面白いだろ」
『新フロアボスはこうして選ばれた!』
なんてダイジェストにして放映する。
能力や弱点まで見せるわけにはいかないが、選考の様子くらいならいい宣伝になる。
「ストラトスも参加させるか」
「あの子も?」
「あいつも武闘大会ジュニアの部で優勝したしな」
実力は十分。
相手を見ながら戦い方を変えられるし、圧倒的な力だけで押し潰すタイプでもない。
フロアボスとしてどう戦うのか、俺も見てみたい。
総当たりとなれば、かなり時間がかかるだろう。
迷宮の建設だってそうだ。
全面ヒヒイロカネなんて、どれだけ必要になるのかも分からない。
それに、俺とラミリスだけで決められる話でもない。
予算もある。
運営計画もある。
関係する連中とも話をしなきゃならない。
まあ、急ぐ必要はない。
一つずつやればいい。
「よし!」
俺は立ち上がった。
「これで行くぞ!」
◇ ◇ ◇
「リムル様!」
「ん?」
ストラトスが嬉しそうに駆けてきた。
「僕、七十階層のフロアボスに選ばれました!」
「おお、そうか!」
「はい!」
「ああ。お前には期待してるぞ」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに去っていくストラトスを見送る。
うん。
あいつなら、いいフロアボスになるだろう。
…………。
あれ?
選ぶつもりだったのは覚えている。
でも――もう決まったんだっけ?
総当たりは?
俺、見たっけ?
ベニマルと選考について話した覚えもない。
それに、ストラトスをフロアボスにするなら、ディアブロとテスタロッサとも話をしたはずだ。
……したっけ?
「クアーハッハッハ!」
考える間もなく、ヴェルドラの笑い声が響いた。
「リムルよ! さすがは分厚いヒヒイロカネだな! 少々暴れても、びくともせんぞ!」
「そうか。まあ、フロアごと吹き飛ばさなければラミリスが直してくれるしな」
「クアーハッハッハ! 任せておけ!」
「お前が言うな!」
まったく。
…………。
ん?
もうヒヒイロカネで作ったのか?
確か、まず見積もりを出すはずだったよな。
必要量は?
工期は?
金額は?
ヒヒイロカネなら耐えられるかどうかの検証は?
俺、説明を受けたっけ?
いや、それ以前に。
予算は?
収支計画は?
これだけのものを造るんだ。
何度か会議をやって、問題点を洗い出して、修正して――。
「リムル様」
「ん?」
今度はシュナだった。
「お披露目会のお料理ですが、吉田様の新作が完成したそうです」
「おお、そうか。それは楽しみだな」
「はい。吉田様も、皆様に召し上がっていただくのを楽しみにしておられました」
「そりゃ期待できるな」
吉田氏の新作か。
何を作ったんだろう。
…………。
ん?
お披露目会?
いつ決めた?
いや、完成したならお披露目くらいやるだろう。
やるだろうけど――。
誰を招待した?
各国への案内は?
警備は?
リグルドとは、いつ話した?
「あれ?」
なんだ?
何かがおかしい。
ストラトスのフロアボス。
全面ヒヒイロカネ。
新しい迷宮。
お披露目会。
どれも俺一人で決められる話じゃない。
会議したはずだ。
何度も。
プレゼンを受けたはずだ。
問題点も聞いたはずだ。
フロアボスの選定なら、ベニマルと話したはず。
ストラトスのことなら、ディアブロとテスタロッサにも相談したはず。
お披露目会までやるなら、リグルドとも何度も打ち合わせているはずだ。
そして――。
「……ミョルマイル君は?」
建設。
資材。
予算。
収支。
観光事業。
宣伝。
これだけの話を、ミョルマイル君と一度も打ち合わせずに進めるはずがない。
なのに――。
覚えていない。
一つも。
「俺……会議したっけ?」
記憶がない。
「プレゼン……受けたっけ?」
ない。
「問題点、聞いたっけ?」
ない。
何度も会議をしたはずなのに。
その間の記憶だけが――。
「リムル」
ん?
「リムル」
誰だ?
「リムル」
おかしい。
こんな話、俺一人で進めるはずが――。
「リムルゥ!」
「うわっ!」
目を開けた。
「はーなーしーてー!」
最初に目に入ったのは――。
シオンに胴体を掴まれ、じたばたしているラミリスだった。
「ダメです。リムル様はお疲れなのです」
「でも私、報告に来たのよ!」
「後にしてください」
「だから起こしてるんじゃない!」
「ラミリス様。リムル様が気持ちよさそうにお休みなのですから、もう少しお静かに」
「ディアブロまで!」
……なんだ、これ。
「あっ! リムル! 起きた!」
「申し訳ございません、リムル様」
「リムル様、もう少しお休みになりますか?」
「いや……もういい」
身体を起こす。
いつもの執務室。
いつものソファ。
テーブルには、飲みかけの紅茶。
そして、シオンに捕獲されたラミリス。
「……夢か」
「なにが?」
「いや……」
妙にリアルだった。
五十階層。
六十階層。
迷宮十傑。
ラミリス・ランド。
ラミリス・シー。
全面ヒヒイロカネ。
フロアボスになったストラトス。
「なあ、ラミリス」
「なによ?」
「ラミリス・ランドってどう思う?」
「え?」
「迷宮の名前」
「ええ? 迷宮で十分だわ」
「…………」
夢の中じゃ、あんなに喜んでたのに。
「じゃあ、ラミリス・シーは?」
「シー?」
「ああ」
「海はいらないわよ」
「…………」
「え? 待って」
ラミリスの顔色が変わった。
「私、海に飛ばされるの?」
「なんでだよ!」
「だって、ラミリス・シーなんでしょ!?」
「そういう意味じゃねえ!」
「じゃあ、どういう意味よ!」
シオンに掴まれたまま、ラミリスが騒ぎ出す。
ディアブロは微笑んでいる。
シオンはラミリスを離さない。
いつもの光景だ。
俺は、テーブルの上に置かれた資料を見た。
本物の、復興祭における迷宮運営の報告書。
「リムル?」
「ん?」
「迷宮の報告、するんでしょ?」
「ああ。そうだったな」
まずは、ちゃんと聞こう。
五十階層まで。
そして――六十階層から先。
夢みたいに、思いつきだけで進める話じゃない。
俺はもう一度ラミリスを見た。
「な、なによ?」
「いや」
ラミリス・ランド。
ラミリス・シー。
悪くないと思うんだけどなあ。
「だから海には行かないわよ!」
「分かったって!」
――夢の国は、夢のままでいいのかもしれない。
今回はストラトス本編から少し離れた【番外】でした。
ラミリス・ランド。
ラミリス・シー。
個人的には、そんなに悪くない名前だと思うのですが……。
本人には不評だったようです。




