外伝:銀の旅人、新たな一歩(後編)
「さて!」
俺は手を叩いた。
「本来の目的に戻ろう!」
「本来の目的?」
ストラトスが首を傾げる。
「お前の身分証だよ」
「あっ!」
「忘れてたの?」
ヒナタが呆れる。
「忘れてない!」
「僕も忘れかけてました」
「マサユキ!」
まあいい。
俺は完成品を持ち上げた。
「じゃじゃーん!」
「わあっ!」
ストラトスが目を輝かせる。
「…………」
「…………」
ヒナタとマサユキは黙った。
「あれ?」
「リムル、これって」
「リムルさん、これは」
「カードじゃなくて」
「カードではないですよね」
「印籠じゃない」
「印籠ですね」
「いやー、どうせならブラックカードにして金の紋章入れたらさぁ、印籠がいいんじゃね? ってなって」
「で、作ったと」
「そう!」
「リムル様」
ストラトスが印籠を見つめる。
「カッコイイです!」
「だろ!」
俺はヒナタとマサユキを見る。
「なんだよ。お前らなら分かってくれると思ったのに」
「分かるけど」
「僕はいいなと思いますよ」
「さすがマサユキ!」
「だから調子に乗らせないで」
「いや、ちゃんと機能もあるからな」
俺は印籠を掲げた。
「まず、これ自体がモスの分身体だ」
「これが?」
「おう」
「中にいるんじゃなくて?」
「違う。印籠そのものがモス」
『その通りでございます』
「しゃべった!」
マサユキが身を乗り出す。
「すごいですね!」
「だろ!」
「それと、ここに俺の身元保証も入れる」
「映像ですね?」
「そう」
俺は印籠を持つ。
金色の紋章を前に向けた。
ここまで作ったんだ。
一度くらいやってみたい。
「この紋所が目に――」
「はい、カット。NG」
「まだ言い終わってないぞ!」
「言い終わる前に止めたのよ」
「なんでだよ」
「ストラトスが外国で身分を証明するとき、それが出るんでしょう?」
「…………」
関所で印籠を出すストラトス。
そして俺の映像。
『この紋所が目に入らぬかー!』
「…………」
うん。
駄目だな。
「分かってたよ」
今度は真面目に撮影する。
『この者、ストラトスの身元については、魔王リムル=テンペストが保証する』
「これでいいな」
「ええ。それなら問題ないわ」
「ありがとうございます、リムル様」
「おう」
俺が保証するのは、ストラトスの身元だけだ。
誰の息子とか、そんな情報は必要ない。
こいつは、ストラトスとして旅をする。
「よし」
俺は印籠を見る。
「次はモスだな」
『はい』
「OK、モス!」
『はい、リムル様』
「おお! 念話もクリア! アンテナ全立て!」
「何やってるのよ」
「いや、待て」
なんか違う。
「Hey、モス!」
『はい、リムル様』
「この近くでケーキのおいしい店」
一瞬の間。
『私の把握しております範囲では――』
「ほら! 答えた!」
「スマホじゃないのよ」
「いや、これもうスマホだろ!」
「だってさぁ……」
通信できる。
情報も聞ける。
ストラトスに何かあれば、向こうから連絡までしてくれる。
どう考えても便利じゃないか。
「……ストラトス。お前も試しておけ」
「はい」
ストラトスが印籠を見る。
「ミスターモス」
『はい』
「よろしくお願いします」
『はい』
ストラトスが嬉しそうに笑った。
うん。
これでいい。
ストラトスが印籠を開いた。
「ここには物を入れられるのですね」
「まあ、少しならな」
「それなら――」
ストラトスが収納袋へ手を入れた。
そして、神精蜜の入った瓶を取り出し、大事そうに抱えた。
「ここに師範からいただいたハチミツを入れられます」
「…………」
俺は瓶を見る。
ストラトスを見る。
「……おい。それ全部か?」
「はい」
「アピトから?」
「はい」
ストラトスは嬉しそうに頷いた。
「でも、入る分だけで十分ですよ。残りは収納袋に入れておきますから」
「…………」
それで何の問題もない。
収納袋があるのだから。
――ないんだけど。
俺は黒漆の印籠と、ストラトスが大事そうに抱えている瓶を見比べた。
「ちょっと貸せ」
「はい?」
「全部入れてけるようにしてやる」
「全部ですか?」
(シエルさん、できる?)
『是』
神精蜜を慎重に加工する。
黄金色の蜜は、やがて透明感を残したまま、琥珀のような姿になった。
「わあ……」
「必要なときだけ魔力を流せば、使う分だけ液体に戻る」
「すごいです!」
印籠へ収める。
ぴったりだ。
「全部入りました!」
「おう!」
「ありがとうございます、リムル様!」
「おう!」
そういえば、印籠って元々は薬を入れて持ち歩くものだったはずだ。
だったら、神精蜜を入れるのは、むしろ正しい使い方なんじゃないか?
「……俺、ちゃんと考えて作ってたのかも」
「違うでしょう」
「え?」
「印籠に薬を入れようとしたのは、ストラトスでしょう?」
「……まあ、そうだけど」
ヒナタがストラトスの手にある印籠を見る。
「でも、昔の日本人と悪魔が、大事な薬をこういうものに入れて持ち歩こうって考えるのは……ちょっと面白いわね」
「だろ?」
◇
そして、旅立ちの日。
ストラトスは新しい旅装に着替えていた。
シュナが仕立て、テスタロッサが選んだ服。
腰には、ハクロウからもらった朧流の短刀。
そして黒漆に金のテンペスト紋章が入った印籠。
その印籠自体がモスの分身体であり、中にはアピトからもらった神精蜜も収められている。
出発前、ストラトスは執務室へ顔を出した。
俺とディアブロ、テスタロッサもそこにいる。
「ストラトス」
「はい」
「まあ、好きに見てこい」
「はい!」
「危ないと思ったら戻れよ」
「はい、リムル様」
テスタロッサが一歩前へ出る。
「無理をしてはいけませんよ」
「はい、母様」
「何かあれば、モスを使いなさい」
「はい」
ディアブロも微笑む。
「存分に学んでくるとよいでしょう」
「はい、父様!」
ストラトスは二人を見た。
「父様、母様。行ってきます」
「ええ。行ってらっしゃい」
「クフフ。行ってらっしゃいませ」
俺も手を上げる。
「行ってこい、ストラトス」
「はい!」
◇
街を出るところには、みんなが見送りに来ていた。
シュナとシオン。ヒナタとマサユキ。ゼギオンとアピト。
そして、俺とディアブロ、テスタロッサも一緒だ。
ヒナタが腕を組む。
「一人旅だからって、何でも一人で解決しようとする必要はないわよ」
「はい」
「困ったら、現地の人に聞きなさい。そのための旅でもあるんでしょう?」
「はい。ありがとうございます」
「それと」
ヒナタが少しだけ目を細める。
「立ち合いで気づいたことを、旅先で強そうなのを見つけるたびに試すんじゃないわよ」
「はい!」
「……本当に分かってる?」
「分かっています!」
マサユキが笑った。
「僕から言えることは……変な人には気をつけて、ですかね」
「マサユキが言うと説得力あるな」
「どういう意味ですか!?」
笑いが起きた。
ストラトスも笑っている。
そして、みんなを見渡した。
「皆さん、いってきます!」
「おう。行ってこい!」
ストラトスが歩き出す。
今までのように、隊商はいない。
ミョルマイルもいない。
ジョシュもいない。
そして――。
ヴェノムもいない。
少し進んだところで、ストラトスが足を止めた。
「……?」
顔を上げる。
少し離れた建物の屋根。
そこに、一人の男が立っていた。
「……あ」
ストラトスの顔が明るくなる。
「ヴェノムさん!」
大きく手を振った。
ヴェノムは正式な見送りには来ていなかった。
もう同行任務は終わった。
ディアブロの配下として、元の仕事へ戻っている。
それでも。
旅立つところだけは、見に来たらしい。
ヴェノムはしばらく黙ってストラトスを見る。
やがて、片手を上げた。
「……行ってこい」
「はい!」
ストラトスも、もう一度大きく手を振った。
そして前を向く。
これまでの旅では、いつも隣にヴェノムがいた。
困った時には助けてもらった。
知らないことも、いくつも教えてもらった。
ミョルマイルから商いを教わった。
ジョシュから相場を教わった。
アピトから、大切なお守りをもらった。
ハクロウからもらった短刀もある。
服はシュナが仕立て、母が選んだ。
腰には、リムルとモスが作った黒い印籠。
たくさんの人から受け取ったものを持っている。
けれど――。
今度は、隣を歩く者はいない。
ストラトスは前を向き、一人で歩き出した。
誰かに連れられて世界を見る旅は、ここで終わり。
これからは。
自分で行き先を決めて。
自分の目で見て。
自分で問いかけて。
まだ知らない世界を、知りに行くのだ
ストラトスの旅は、ここから少し形を変えます。
これからは一人旅の途中で起きた出来事を、閑話や幕間として描いていく予定です。
いつ、どこで起きた出来事なのか――あまり細かいことは気にせず、お楽しみいただければ幸いです。




