外伝:銀の旅人、新たな一歩(中編)
一人旅に出ることが決まると、ストラトスは世話になった者たちへ挨拶に回った。
まずはシュナのところ。
そこには、なぜかテスタロッサもいた。
「ストラトス」
「はい、母様」
「一人旅に出るのでしたら、こちらを」
テスタロッサが差し出したのは、新しい旅装だった。
「俺の服、ですか?」
「ええ。シュナ様が仕立ててくださいましたの」
「シュナ様が?」
もちろん、悪魔であるストラトスは、自分の衣服くらい魔力でどうとでもできる。
だが、これはそういう話ではない。
「長い旅になるのでしょう? 丈夫に作ってありますよ」
シュナが微笑む。
「ありがとうございます、シュナ様」
「そして、私が選びました」
「母様が?」
「ええ」
ストラトスは受け取った旅装を広げてみる。
派手ではない。
けれど、軽くて動きやすそうだ。
細かなところまで丁寧に作られている。
「母様、ありがとうございます」
「ええ。きっと似合いますわ」
テスタロッサは、とても嬉しそうに微笑んだ。
◇
「一人で旅をすることになりました」
「そうか」
ハクロウは、それだけ言って頷いた。
「剣の稽古も続けます」
「無論じゃ」
「旅先でも、他の流派の方に教えていただければと思っています」
「ほう」
ハクロウが少し楽しそうに目を細める。
「己と異なる技を見るのも修行じゃ。学べるものがあれば、存分に学んでくるがよい」
「はい!」
ストラトスの腰には、以前ハクロウからもらった短刀がある。
朧流の刻印が入ったものだ。
「ただし」
「はい?」
「喧嘩を売りに行くのではないぞ」
「もちろんです」
本人は本気でそう思っている。
まあ、いいか。
◇
次に顔を出したのは、カレラとウルティマのところだった。
「一人旅するんだって?」
「はい」
カレラがにっと笑う。
「そっか。じゃあ――行ってらっしゃーい!」
「行ってらっしゃい、ストラトス」
「はい。行ってきます、カレラ様、ウルティマ様」
二人とも、それだけだった。
でも、笑って送り出してくれるのが嬉しかった。
◇
迷宮では、ゼギオンとアピトにも挨拶した。
「師匠。師範。今度は、一人で旅をすることになりました」
「そうか」
ゼギオンが頷く。
「己で見て、己で考えよ」
「はい、師匠」
「そして、帰ってきたら話を聞かせてください」
アピトが微笑んだ。
「はい!」
「それから、これを」
アピトが一本の瓶を差し出した。
ストラトスが目を瞬かせる。
「師範、これは……」
「使い切ったのでしょう?」
「……はい」
「でしたら、必要だったということです」
「でも、俺には使わなかったんです」
「ええ」
アピトは頷いた。
「それでも、必要だったのでしょう?」
「…………」
ストラトスは両手で神精蜜を受け取った。
「ありがとうございます、師範」
「大切に使ってください」
「はい!」
◇
そしてヴェルドラとラミリスの第百階層。
「ヴェルドラ師匠。ラミリス姉さん。一人で旅をすることになりました」
「うむ!」
「聞いたよー!」
ヴェルドラは腕を組み、大きく頷いた。
「よいか、ストラトスよ。旅とは出会いである!」
「はい!」
「未知なる強敵! 秘境! そして新たなる必殺技との出会い!」
「はい!」
「いや、最後のは違うからな」
横から俺が止めた。
「何を言う、リムル! 旅先で新技を思いつくこともあろう!」
「お前の場合は漫画からだろ」
「細かいことを気にするでない!」
「ストラトス! 面白いもの見つけたら、帰ってきた時にあたしにも教えてね!」
「はい、ラミリス姉さん!」
「お土産も!」
「土産話ですか?」
「それも!」
ストラトスは楽しそうに笑っていた。
……まあ。
こいつらから学んだものも、意外と多いんだよな。
◇
挨拶回りも終わり、旅の準備についてストラトスと最終確認をしていたときだった。
「あ」
「どうされました?」
「お前、旅先で不審者扱いされても困るな」
「不審者、ですか?」
「国境の検問とかだよ」
俺は説明する。
「お前が『テンペストのストラトスです』って言っても、向こうが信用してくれるとは限らないだろ?」
「確かに……」
「俺が身元を保証するって入れたカードがあったらいいか」
「カードですか?」
「ああ。まずテンペストの紋章を見せる。それでも駄目なら、俺の映像を出す」
「そんなことができるんですね!」
「作って持ってくるから楽しみにしてろ」
「はい!」
そこで俺はモスを見る。
「なぁ、モス」
「はい、リムル様」
「お前、虫にでも塵にでもなれるんだったら、カードにもなれるか?」
「その形状になることは可能でございます。ただし、素材の質感や紋章まで、リムル様がお考えのものを再現するのは難しいかと存じます」
「いいよ。そこは俺がやる」
俺は手を出す。
「作るときに俺が形を指定するから、分身体を持ち帰っていいか?」
「もちろんでございます」
モスの分身体が俺の掌へ移った。
さて。
カードか。
カードと言われて、まず頭に浮かんだのは銀色だった。
元の世界で俺が使っていたのも、そんな普通のクレジットカードだ。
銀色のカードに、テンペストの紋章。
……うーん。
悪くはない。
悪くはないんだけど、せっかく俺が身元を保証するんだし、もう少し高級感があってもいいよな。
高級なクレジットカードっていえば――金だっけ?
そうそう、ゴールドカード。
金色にテンペストの紋章。
……いや。
なんか、もっと上があったよな。
ゴールドより上。
なんだっけ。
「…………あ」
思い出した。
ブラックカードだ。
そうだよ。黒だ。
黒地に金の紋章。
おお。
いいじゃん。
なんか一気にそれっぽくなったぞ。
よし、これでいこう。
あ。
そういえば、マサユキとヒナタがテンペストに来てたな。
ストラトスの見送りにも呼んでおくか。
これも見てもらいたいし。
◇
「デザインは、こんな感じかな」
机の上の完成品を見る。
黒地に金の紋章。
うん。
高級感もある。
「お。いい出来だ」
……ん?
「…………」
黒地に、金の紋章。
黒地に……金の……。
「…………あれ?」
これ。
どこかで見たことがあるような。
俺は完成品を手に取って、しばらく眺めた。
「…………」
そして、あるものが頭に浮かんだ。
俺はモスを見る。
「モス」
『はい、リムル様』
「最初の打ち合わせと、ちょっと違ってくるけど……いいか?」
『仰せのままに』
「よし」
◇
翌日。
ストラトスが挨拶をするため、ヒナタとマサユキにも来てもらった。
ヒナタが、ストラトスの腰に目を止める。
「その短刀、朧流の刻印があるじゃない」
「はい。ハクロウ師匠からいただきました」
「道場破りでもするの?」
「いえ」
ストラトスが首を振る。
「旅先でも、他の流派で稽古させていただければと思っています」
「……それを見た相手が『稽古に来ました』って思うかしら」
「?」
ヒナタがストラトスを見た。
腰の短刀へ視線を戻し、また顔を見る。
「少し時間ある?」
「はい」
「じゃあ、立ち会ってみる?」
「よろしいんですか?」
ストラトスの顔がぱっと明るくなる。
「お強いと伺っています。是非お願いします!」
「ちょっと待て」
俺は思わず割って入った。
「今からやるの?」
「少しくらいいいでしょう」
「まあ、いいけど……。ああ、ヒナタ。一応言っておくけど、ストラトスは悪魔だぞ」
「悪魔?」
「ああ。上位魔将だ」
ヒナタが改めてストラトスを見る。
「……随分変わった悪魔ね」
「よく言われます!」
「そこ、喜ぶところ?」
「僕も見たいです!」
マサユキまで乗ってきた。
というわけで、俺たちは訓練場へ移動することになった。
◇
ストラトスとヒナタが向かい合う。
得物は訓練用の剣だ。
「準備はいい?」
「はい!」
「じゃあ、好きに打ち込んできなさい」
「分かりました!」
ストラトスの身体を魔力が覆う。
普段、ゼギオンとの鍛錬で使っている身体強化だ。
全身へ魔力を巡らせ、身体能力を引き上げる。
そして――踏み込んだ。
速い。
剣筋も鋭い。
俺から見ても、以前よりかなり動きが良くなっている。
ハクロウから教わった朧流も、随分と身についてきたように見えた。
だけど――。
「――っ!」
剣が空を切った。
次の瞬間には、ヒナタの剣先がストラトスの喉元にあった。
「……参りました」
「もう一度」
「はい!」
今度は正面から行かない。
途中で踏み込みを変え、ヒナタの側面へ回る。
剣を振る――。
「そこ」
「っ!」
まただ。
攻撃を出し切るより早く、剣先を突きつけられている。
「もう一度お願いします!」
そこから何度か繰り返した。
速さを変える。
間合いを変える。
剣だけではなく、体術も混ぜる。
でも。
当たらない。
それどころか、ストラトスが攻撃へ移ろうとするたびに、ヒナタはその先へいる。
「……すごい」
何度目かの敗北で、ストラトスが呟いた。
悔しそうというより、嬉しそうだ。
「全然当たる気がしません」
「そうでしょうね」
「何で分かるんですか?」
「見せすぎなのよ」
「見せすぎ?」
「剣そのものは悪くないわ。予備動作もかなり消えてる」
「ありがとうございます!」
「褒めてない」
「?」
ヒナタが自分の剣で、ストラトスの身体を示した。
「身体は何も教えてないのに、魔力が全部教えてるのよ」
「……魔力が?」
「踏み込む前に脚へ流れる。剣を振る前には腕へ集まる。身体を強化する時も同じ。次に何をするのか、魔力が先に教えてくれてる」
ストラトスが自分の腕を見る。
「威力を上げようとすれば、魔力を纏わせます。それは速さにもつながります」
それは、ゼギオンを見て覚えたことだった。
「間違ってないわ。威力も上がるし、速くもなる」
「はい」
「だから、分かりやすいのよ」
「?」
「あなたは動く前に、魔力で『次はここを使います』って教えてるの」
「…………」
ストラトスが黙った。
ゼギオンから学んだ身体の使い方。
ハクロウから学んだ剣。
どちらも間違ってはいない。
ただ、より速く、より強く動こうとするほど、魔力は先に動く。
そして、その動きは相手にも見えている。
「……もう一度、お願いします」
「いいわよ」
ストラトスが構えた。
そして。
纏っていた魔力が消えた。
「ん?」
俺も気づいた。
ヒナタも、わずかに目を細める。
ストラトスは魔力による身体強化を切っている。
「行きます!」
踏み込む。
当然、さっきより遅い。
魔力を使っていないんだから当たり前だ。
なのに――。
「……へえ」
ヒナタが初めて、少し大きく動いた。
ストラトスの剣が迫る。
ヒナタが半歩退く。
初めてだ。
今までなら、ストラトスが攻撃を出す前に終わっていた。
「――っ!」
ストラトスがさらに踏み込む。
届く。
そう思ったのだろう。
次の瞬間。
「うわっ!」
ストラトスの身体が宙を舞った。
背中から地面へ落ちる。
そして――。
やっぱり喉元にはヒナタの剣。
「……参りました」
「今の方がよかったわね」
「はい!さっきより近づけました!」
ストラトスが跳ね起きる。
「でも、どうして今のも分かったんですか?」
「分かったんじゃないわ」
「え?」
「見てから動いたのよ」
「…………」
「今のあなたからは、何も見えなかった。身体の予備動作も、魔力の動きもね」
「はい」
「だから、何をするのかは分からなかったわ」
ヒナタは淡々と続ける。
「でも、遅いのよ」
「……遅い?」
「魔力を消したから、身体強化までなくなってる。それでもかなり速かったわよ。ただ、あなたが動き出してから見ても、私なら間に合う」
「…………」
「さっきまでは逆。身体の動きはよくできてた。朧流として、かなり予備動作を消せてる」
「……はい」
「でも、魔力が先に動いてた」
ストラトスが目を見開いた。
「だったら、せっかく身体で隠してるのに、魔力で先に答えを教えたら意味がないでしょう?」
「…………」
ストラトスは自分の手を見つめた。
「僕……朧流は、前より上手くなったと思っていました」
「実際、上手くなってるんじゃない?」
「でも――」
握った手を、ゆっくり開く。
「魔力の使い方は、まだまだだったんですね」
「そういうこと」
ヒナタが剣を下ろした。
「魔力を使わなければ、その分だけあなた自身は弱くなる。だから、消せばいいって話でもない」
「はい」
「身体の動きも、魔力の動きも、攻撃する前に相手へ答えを教えないこと」
「……はい!」
「どうやるかは、自分で考えなさい。それと、ヒットする際の魔力強化と動きを早くする魔力運用は別で考えること」
「はい!」
嬉しそうだな、おい。
俺は苦笑した。
「もういいだろ、ストラトス」
「はい」
ストラトスがヒナタへ頭を下げる。
「ありがとうございました!」
「どういたしまして」
「帰ってきたら、またお願いします」
「ええ」
ヒナタは少し笑った。
「その時は、今日よりもう少し困らせてちょうだい」
「はい!」
結局。
ストラトスはヒナタに一度も触れることすらできなかった。
攻撃を出せば、全てカウンター。
ヒナタが自分から技を見せることもなかった。
ただ――。
朧流の技術そのものは、確かに上達していた。
足りなかったのは、それに合わせる魔力操作。
身体の予備動作を消しても、魔力が先に動けば相手には見える。
魔力まで消せば、今度は身体強化を失って遅くなる。
強さ、速さを失わず、どう隠すのか。
新しい課題を一つ、ストラトスは旅へ持っていくことになった。




