外伝:銀の旅人、新たな一歩(前編)
東の帝国、そして西側諸国。
ミョルマイル商会の隊商と同行し、多くの人々と出会い、旅を学んできたストラトス。
人間の商い、人の善意、そして魔力にも殺気にも現れない悪意。
様々なものを学び、魔国連邦へ帰還した彼に、リムルは一つの提案をする。
――少し早いが、一人で旅をしてみるか?
誰かに連れられて世界を見る旅から、自分で世界を見に行く旅へ。
銀の悪魔の、新しい旅立ちが始まる。
ストラトスたちが魔国連邦へ帰還した翌日。
俺は執務室のソファで、ミョルマイルと向かい合っていた。
俺の後ろには、いつものようにディアブロ。
そして――なぜかテスタロッサまで立っている。
まあ、今日の話を考えれば、いる理由は分かるんだけどな。
ちなみにシオンはいない。
こういう商売や政治の話は苦手らしく、今日は用事があるとかでベニマルのところへ行っている。
……まあ、用事を作ったんだろうな。
「――以上が、ブルムンドで起きた一件の顛末でございやす」
「うん」
ファルメナス王妃ミュウランを狙った暗殺未遂事件。
そこにジョシュとヴェノム、そしてストラトスが巻き込まれた。
犯人側については、すでに片がついている。
残るのは、こちら側の話だ。
「ジョシュについては?」
「責任を取らせるつもりはございやせん。ただ、地下室へ入った経緯も含めて、商会としてきっちり検証いたしやす」
「うん。それでいいと思う」
結果的には助かった。
だから問題なし。
それでは困る。
ヴェノムがいたから生き残れた。
次も同じように助かる保証なんてない。
「それと……ヴェノム殿には、改めて礼を申し上げねばなりやせん」
「ああ」
「あの方がおられなければ、どうなっていたか……。考えるだけでも恐ろしゅうございやす」
ミョルマイルが姿勢を正した。
「それから、ストラトス殿にも」
「ストラトス?」
「危険な目に遭わせちまいやした」
「いや、それは――」
「旦那」
「はい」
止められた。
「ご本人が無事だったからいい、という話ではございやせん」
「……うん」
こういうところは、さすがミョルマイルだ。
「それと今回の件ですが、ブルムンド王へは報告しない。ファルメナス王にも報告しない。そして旦那も……」
「知らないことにする」
表沙汰にすれば、余計な火種になる。
すでに終わった話なら、関係者だけで処理した方がいい。
「では、そのように」
ミョルマイルが頭を下げる。
それから、少し迷うような顔をした。
「……旦那」
「ん?」
「一つ、お願いがございやす」
「なんだ?」
「ストラトス殿の親御さんに、あっしからお詫びをさせてくだせぇ」
「え?」
「今回、あっしの商会の隊商に同行していただいた。その途中で、命の危険に遭わせちまった」
「いや、いいよ」
「そういうわけにはいきやせん」
「でもなぁ」
「あっしのけじめでさぁ」
ミョルマイルは引きそうにない。
俺は少し考えた。
「……ミョルマイル」
「へい」
「これから話すことは、絶対に他言無用だ」
ミョルマイルの表情が変わった。
「もちろんでございやす」
「いや。たぶん、お前が思ってるより重いぞ」
「……」
「この秘密、抱えきれるか?」
「旦那」
ミョルマイルが真っ直ぐ俺を見る。
「あっしを信用してくだせぇ」
「……分かった」
俺はミョルマイルを見たまま、後ろを指差した。
「じゃあ――こいつらが両親だ」
ディアブロとテスタロッサが、揃って軽く頭を下げた。
「…………」
ミョルマイルが止まった。
ゆっくり。
本当にゆっくりと、俺の後ろを見る。
ディアブロ。
テスタロッサ。
そして、また俺を見る。
「…………旦那」
「うん」
「『こいつら』ってぇのは……」
「父親がディアブロ。母親がテスタロッサ」
「…………」
もう一度、後ろを見る。
「…………」
声も出ないらしい。
「そういうこと」
「……あっしは」
ようやく声が出た。
「ディアブロ様と、テスタロッサ様のご子息を隊商に乗せて……」
「うん」
「そのうえ……」
「危険な目に遭わせた」
「…………」
ミョルマイルが勢いよく立ち上がろうとした。
「お待ちなさい」
ディアブロが静かに止める。
「謝罪は不要です」
「ですが――」
「ストラトス自身が望んだ旅です。それに、ヴェノムが役目を果たしたのでしょう?」
「それは……」
「でしたら、それで結構です」
今度はテスタロッサが微笑んだ。
「私も同じですわ」
「テスタロッサ様……」
「あの子に多くのことを教えてくださった。それについては、感謝しております」
「感謝など……」
「ええ。感謝はあっても、謝っていただくようなことはございませんわ」
ミョルマイルが完全に恐縮している。
「ほら、もういいだろ」
俺は後ろを振り返った。
「お前らがいると話しづらいから、あっち行ってろ」
「……リムル様?」
「リムル様?」
二人の声が重なった。
「いいから」
なんだか納得していない顔をしながらも、二人は執務室を出ていった。
扉が閉まる。
「…………旦那ぁ」
「なんだよ」
「絶対に秘密は漏らしやせん。それは約束しやす」
「うん」
「ですが、今後、坊ちゃんに対して、あっしは……」
「ああ。それなんだけどな」
俺はソファに座り直した。
「ディアブロ、テスタロッサとは話したんだが、今後、ストラトスは一人旅になると思う」
「……お一人ですかい?」
「ああ」
「あっしらに気を遣って?」
「いやいや」
俺は手を振った。
「元々、一人旅をさせる予定だったんだ」
「元々?」
「あいつも世間知らずなところがあってな。いきなり一人で放り出すより、まず隊商に同行させて、商売を通じて物の価値の見定め方とか旅の仕方、暗黙のルールとか、そういうものを学ばせたかったんだよ」
「では……もう学ばれたと?」
「お前やジョシュが、しっかり教えてくれたそうじゃないか」
ミョルマイルが少し目を細めた。
「少し早いけどな。そろそろ自分で行き先を決めて、自分で見てこさせてもいいと思ってる」
「……さようですか」
しばらく黙ってから、ミョルマイルが笑った。
「それなら、あっしも坊ちゃんを応援しやす」
「うん」
「お役に立てることがあったら、いつでも言ってくだせぇ」
「頼むよ」
◇
その日の午後。
今度は正式な報告会だ。
俺の正面にはミョルマイルとジョシュ。
少し離れて、ストラトスとヴェノム。
ディアブロとテスタロッサもいる。
「――というわけでして、ファルメナスでの販売は上々。持ち込んだ商品はほぼ完売、追加の注文もかなりいただいておりやす」
ジョシュが報告書を読み上げる。
ここまでは文句なしだった。
問題は帰りだ。
「それで、大麦と干し芋を?」
「はい。旧貴族派から押収された物資でございます。防腐の魔術も生きており、品質にも問題はありませんでした。帰路は荷にも余裕がございましたので、格安で買い取れば十分利益になると判断いたしました」
「なるほどな」
俺は感心して頷く。
空荷で帰るよりは、何か積んで帰った方がいい。
「……まあ、及第点というところですな」
「えっ?」
ジョシュが固まった。
「商いそのものは、でございますがな」
ミョルマイルが報告書を指で叩く。
「ファルメナスで追加注文まで取ってきた。これは上出来ですぞ」
「ありがとうございます」
「ですが、帰りの仕入れはいただけませんな」
「ですが、ミョルマイル様。帰りの輸送費はほとんど掛かりません。仕入れ値も相場を大きく下回っております」
「ですから、損はせんでしょう」
「でしたら――」
「で、その干し芋をどうやって売るおつもりで?」
「…………」
ジョシュが止まった。
「そのまま売るのか。加工するのか。誰に売るのか。いくらなら買ってもらえるのか。一度売った後、同じ商売を続けられるのか」
ミョルマイルが続ける。
「そこまで考えて仕入れるのが、商売というものですぞ」
「……酒の原料などにも使えるかと」
「大麦はそれでもいいでしょうな。では、干し芋は?」
「それは……」
「保存できるから買った。安いから買った。帰りの荷に余裕があるから買った。それだけでは足りませんぞ」
(芋か。芋焼酎っていうのもありかなぁ。でも、せっかく開発しても、今回限りの仕入れだと……)
(――なるほど。ミョルマイルの言いたいことが分かったよ)
ジョシュが頭を下げた。
「……勉強になりました」
その様子を、ストラトスがじっと見ていた。
「ジョシュさんも、教えてもらうんですね」
「……ええ」
ジョシュが少し苦笑する。
「私など、まだまだでございますよ」
「そうなんですか?」
「商売をしていれば、知らないことなどいくらでも出てきます」
「なるほど……」
ストラトスが嬉しそうに頷いた。
自分に教えてくれた人間にも、さらに教えてくれる人がいる。
それも、こいつにとっては新しい発見なのだろう。
「さて」
ミョルマイルの声が少し低くなった。
「もう一つですな」
ブルムンドでの一件だ。
「ジョシュ」
「はい」
「地下室へ入ることになった経緯。警備の配置。老給仕の異変。全て検証しておきなさい」
「承知いたしました」
「ヴェノム殿だったから助かった。それで済ませてはいけませんぞ」
「はい」
「普通の護衛なら、事前に異変へ気づけた可能性もある。反対に、術が発動した後まで生き残れたかどうかは分からない」
俺も頷く。
「たまたま助かった、で終わらせない方がいいな」
「承知いたしました」
ジョシュが深く頭を下げた。
「よし」
俺はストラトスを見る。
「ストラトス」
「はい」
「少し早いけど、一人で行ってみるか?」
「……一人旅、ですか?」
「ああ」
いつかは、そうさせるつもりだった。
今までは誰かについて世界を見てきた。
これからは、自分で行き先を決める。
自分で宿を探す。
自分で買い物をする。
知らないものを見つけたら、自分で近づいていく。
「嫌なら、まだいいぞ」
ストラトスは少し考えた。
そして。
「行ってみたいです」
「そうか」
俺は頷いた。
「ヴェノム」
ディアブロが呼ぶ。
「はっ」
「これまでご苦労でした。ストラトスの同行任務はここまでとします。以後は従来の任務へ戻りなさい」
「はっ!」
「ヴェノムさん」
「ん?」
「今までありがとうございました」
ストラトスが頭を下げる。
ヴェノムは少し困ったような顔をして、頭を掻いた。
「……おう」
別に、もう二度と会えないわけじゃない。
同じテンペストにいる。
ただ。
次の旅では、隣を歩かない。
それだけだ。
「ただし」
テスタロッサが口を開いた。
「一つ、条件がございます」
「条件?」
「モス」
「御前に」
モスが姿を現す。
「あなたの分身体を一つ、ストラトスに同行させなさい」
「御意」
「待て待て」
俺は口を挟んだ。
「それじゃ一人旅にならないだろ?」
「モス自身を同行させるのではございませんわ」
「じゃあ?」
「分身体を非常時の通信手段として持たせます」
なるほど。
「ストラトス自身が意識を失うような事態になったとしても、モスであれば異常を把握し、本体へ知らせることができます」
『告。合理的と判断します』
(シエルさんも賛成か)
「帰ってきてから、『実は危なかったです』では遅いですもの」
それは確かに。
「ディアブロは?」
「それであれば、私も異存はありません」
「よし」
俺は頷いた。
「じゃあ、それを一人旅を許す条件にしよう」
「はい!」




