閑話:波動拳(改)とストラトスの育成計画
いつも応援ありがとうございます!
本編の合間の閑話エピソードとなります。
武闘大会を終えたストラトスですが、百階層で何やらやらかしてしまったようで……?
テンペスト首脳陣たちのドタバタと、これからの修行・育成方針についてのお話です。
どうぞお楽しみください!
武闘大会が幕を閉じ、テンペストに穏やかな日常が戻ったある日のこと。
地下迷宮百階層、暴風竜ヴェルドラの居住エリアに、リムル、ディアブロ、テスタロッサ、そしてストラトスの姿があった。
「かっかっか! 聞いたぞストラトス! お主の魔力隠蔽の基礎は、我が『波動拳』を見て影響をうけたものだそうだな!」
ヴェルドラは上機嫌でふんぞり返り、自慢げに腕を組んでいた。
ストラトスが幼少期から百階層に遊びに来ては、ヴェルドラが放つ漫画仕込みの大技を熱心に見つめていたのは周知の事実だ。その溜めの呼吸をイメージするうちに、体内での『魔力循環の感覚』を無意識に掴んでいたのである。
「うむ! 基礎の呼吸ができておるのなら、放つことも容易いはず! よしストラトス、ここで実際に撃ってみせるがよい!」
調子に乗った暴風竜の言葉に、少し離れた応接セットで紅茶を飲んでいた大人たちが顔を見合わせた。
「おいおい……撃ってみろって、あいつ本当に撃てるのか?」
リムルが尋ねると、テスタロッサが優雅にカップをソーサーに戻しながら首を傾げた。
「いえ……あの子が実際に撃った姿は見たことがありませんわね」
「クフフ……撃てないのではなく、『撃ってはいけない』と自重していただけではないでしょうか? 実際に撃てた場合の周囲への被害を考えるとねぇ……」
ディアブロが目を細めて推測する。
「確かに。テンペストの街中はおろか、地上にはあの子が全力でぶっ放していい場所などありませんでしたからね」
「そうですね。一度、誰もいない冥界の虚空で試すのがいいかもしれないわね」
「あー、なるほどな。壊しちゃダメだと思って試してないのか――」
大人たちがそんな呑気な会話を交わしていた、まさにその背後で。
(わあ、ヴェルドラさんから直々に『撃ってみろ!』って言われた……! ダメ元でやってみよう。いつもヴェルドラさんが撃っている場所だから問題ないよね)
憧れの師匠からの言葉に目を輝かせ、ストラトスは腰を深く落として小さな両手を腰の横で構えた。
幼い頃から何度も目に焼き付けてきた、あの憧れのポーズ。
スゥゥ……と深く息を吸い込んだ瞬間、百階層の空間全体がキュッと軋んだ。
体内で高速回転していた魔素の循環が、一気に臨界点を超えて両掌へと凝縮されていく……。
「えっ……おい、ちょっと待て、あの魔素量――」
リムルが異変に気づいて青ざめた、刹那。
「はどーけんっ!」
ちゅどおおおおおおおおおおんッッッ!!!!
閃光と爆風が百階層を白く染め上げた。
放たれた特大のエネルギー弾は、一瞬にして、壁も天井も床も……消えた。
(え、ここは冥界?)
ストラトスの知っている景色としては、冥界としか思えないような虚無が広がっていた。
「ぎゃあああああああっっっ!? あたしの迷宮がぁぁぁぁぁ!!」
どこからともなく現れたラミリスが頭を抱えて絶叫する。
「ちょっとおぉぉーーー!! 何やってんのよヴェルドラァァァ!!!」
「い、いや、我ではない、我ではないが……」
「もー! 毎回毎回、修理するあたしの身にもなってよね! ほら元通りになれっ!!」
光の粒子とともに部屋が一瞬で元通りになる。
「すみません、ラミリスさん! 僕です」
「どうせ、ヴェルドラが『撃ってみろ!』とか言ったんでしょ。悪いのはヴェルドラよ!」
「ぶ、ぶっ放しやがったぁぁぁぁぁ!? 威力どうなってんだよ!?」
「ぬ、ぬおおおっ!? す、素晴らしいが……教えた我が一番ビビったわ!」
リムルとヴェルドラが狼狽し(ヴェルドラは話を変えようともしている)、ディアブロが「クフフ……! 初撃でこの破壊力、さすが我が息子!」と恍惚とする中。
すたすたと優雅な足取りで煙塵を割り、テスタロッサがストラトスの前へと歩み寄った。その笑顔には、絶対零度の冷気が宿っていた。
「……ストラトス?」
「は、はい、母様……!」
「あのような品のない大味な技で周囲を消し去るなど、スマートではありません。
……いいですね? 次に使う時は、『千分の一』にしなさい」
「ひゃい! 千分の一ですね! わかりました!」
(母様の言う通りだ。あんな大味な破壊じゃ周りに迷惑がかかっちゃう……威力を千分の一だとどれくらい……)
怒られた反省と同時に、ストラトスの頭の中で天才的な閃きが走っていた。
(……待てよ? 威力を落とすだけじゃなくて、波動の太さを千分の一(ミリ単位)まで絞り込めば、周りを壊さずに済むんじゃないかな……?)
母の「千分の一」という言葉から、新たな技術の着想を得たストラトスだった。
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それから数日後。
武闘大会ジュニアの部で優勝した後、指導者はゼギオンからディアブロ、テスタロッサに移っていた。
両親の指導は、とにかく基本を深く深く理解させるためのものだった。
自分たちと属性が異なるストラトスに対し、攻撃魔法や防御魔法は自身が見つけ、身に着けるのが一番だという思いがあった。
実際、「波動拳」は教えられたものではない。
ストラトスは、両親のレッスンの合間に、波動の太さを細くする術を試していたが、なかなか上手くいかなかった。
「うーん……低威力なら細くできるのに、魔力を込めるとどうしても膨張して太くなっちゃうなぁ……」
母から言われた「千分の一」というキーワードから着想を得た、ミリ単位への収束。
言葉で言うのは簡単だが、高密度魔素を針の太さにまで圧縮し、かつ推進力を維持するなど、物理法則に逆らうような超難度の技術だった。
行き詰まったストラトスは、訓練後、戻った執務室にて両親に相談してみることにした。
「父様、母様。魔力を限界まで細く一本の線にして通すとき、どういうイメージで制御してるの?」
息子の真摯な問いに、ふたりは顔を見合わせ、それぞれのアプローチを口にした。
「クフフ……私の場合ですか? 私は外圧を完全に固定しますね。魔素の外周に寸分の狂いもない法則の檻を幾重にも敷き詰め、外へ逃げようとする圧力を完全に縛り上げて流路を固定するのです」
理詰めで完璧主義な、ディアブロらしい外圧固定理論。
「私は逆ですわね。核となる中心の一点に絶対的な引力を生み出し、外側の魔素をすべて内芯へと引きずり込みます。先端を鋭利に研ぎ澄ませば、外側を縛る必要などありませんもの」
直感と絶対支配による、テスタロッサらしい内芯吸引理論。
「外から縛るのと……内側へ引っ張るの……」
ストラトスは目を丸くし、己の手のひらを見つめた。
ふたりの理論は一見正反対だが、どちらも極致の美しさを求めている点では同じだった。
「……じゃあ、外側を固定しながら、同時に内側の核へ吸引させたら……魔力同士の摩擦が完全にゼロになるんじゃないかな?」
「……あら?/おや?」
両親が同時に瞬きをした。
外圧固定と内芯吸引のハイブリッド。言うは易しだが、相反するふたつの指向性を同時に制御するなど困難なチャレンジで、通常は得意な方で解決しがちだ。しかし、柔軟な思考を持ち、両親を尊敬するストラトスは、そのふたつを素直に重ね合わせた。
「……ふふ。ふたつのアプローチを組み合わせると、無駄な抵抗が完全に消えるのね。私たちも勉強になったわ、ストラトス」
「ええ、実に見事な着眼点です。さあ、試射に行きましょうか」
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数日後、再び百階層。
成果を見て欲しいというストラトスにディアブロがお願いして、リムルにも足を運んでもらった。テスタロッサとヴェルドラも見守る。
頑丈な結界を張ること四千枚。どこまで貫通したかわかるように修復機能はオフにしている。ストラトスの肩の高さに標的となる印が書かれていた。
その標的に向けて、ストラトスがピストルを撃つように静かに構える。
ディアブロの外圧固定で外周を縛り、テスタロッサの内芯吸引で中心へ凝縮。相反するふたつの制御が噛み合い、膨大な魔素が極限まで削ぎ落とされていく。
「――シュンッ……」
閃光も爆発音もなかった。
ただ空気が微かに擦れるような風切り音を残し、放たれた極細光線が標的を貫いた。
「あれ……? 不発か?」
その時、一瞬だけ「──ヒュンッ!」と音がした。
何の音かと思いながら、リムルは結界を見て、息を呑んだ。
結界に一切のヒビ割れや余波はない。
ただ、針の穴のような数ミリの貫通痕が、遥か彼方まで真っ直ぐに撃ち抜かれていたのだ。
なんと、四千枚全部貫通!
先程の音は、百階層の壁まで貫いたために、迷宮の自動修復機能で穴が塞がる一瞬に、この場を満たすヴェルドラの魔素が抜けた音だった。
「クフフ……やはり、四千枚では足りませんでしたね。壁の向こうに冥界の入口を置いておいて正解でしたよ」
ディアブロはラミリスの迷宮の核を傷つけないよう、対策していたのだ。
壁の手前にしなかったのは、壁を貫くことを確認したかったのだろう……。
「な、なんじゃこれはぁぁぁっ!?」
ヴェルドラが目を剥く。
「我の派手で豪快な波動拳が、なんというアサシン系凶悪ビームになっておるのだ……!?」
テスタロッサも美しい眉をひそめた。
「……ストラトス、本当に千分の一にしましたわね」
「挑戦のきっかけは母様の『千分の一』、実現出来たのは母様と父様のアドバイスのおかげです」
満面の笑みで答えるストラトスを見て、結界の穴を覗き込んでいたリムルが手を叩いた。
「なるほどなー! 言われた注意をただ守るんじゃなくて、上位技術のアイデアに昇華させちまうとは……。いやーすげえよストラトス。余波ゼロで急所だけを撃ち抜く暗殺ビームか。よし、この技にはとりあえず仮称をつけておこう。名付けて――『波動拳(改)』だ!」
《 告。……仮称? 個体名リムル=テンペストのネーミングにおいて『(改)』の付与は、概ねそのまま正式名称として定着します。なお、元ネタとは原理の全てが別物に変貌しています 》
(うっ、シエルさん手厳しい! 後でもっとカッコいい暗殺向けの技名を思いつくかもしれないだろ! だから仮称なんだよ!)
脳内で言い訳するリムルをよそに、ストラトスは満面の笑みを浮かべた。
「『はどうけん・かい』……! ヴェルドラさんの技の名前を継げて、すごく嬉しいです!」
「うむ! うむ!! 我が奥義を受け継ぐ一番弟子よ、誇るがよいぞ! かっかっか!」
腕を組んで天を仰ぐヴェルドラ。
(……いや、名前以外は完全な別物だけどね??)
リムル、ディアブロ、テスタロッサの心が、その瞬間だけ完全に一つになっていた。
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魔王リムルの執務室。
円卓を囲むのは、リムル、ディアブロ、テスタロッサの三人だった。
議題は、近々人間社会へと旅立つ予定のストラトスに関する『魔力隠蔽と育成方針』についてである。
書類を眺めながら、リムルが腕を組んで切り出した。
「さて、ストラトスの魔力隠蔽についてだが……現状はどうなんだ? 武闘大会の時は、ヴェルドラの呼吸からイメージした『体内魔力循環』に、念のため、ガドラとアダルマンに結界を張ってもらったんだよなぁ」
「はい、基本の循環自体はすでに高い完成度を誇っており、普段であれば完全に隠蔽できますわ」
テスタロッサが優美に頷き、言葉を続ける。
「ですが、あの子はまだ幼く精神生命体としての精神の揺らぎ……動揺や興奮がどうしても生じてしまいます。武闘大会の際も、ガドラとアダルマンに張らせた結界の向こう側に、戦いの中で漏れ出た魔素の残滓を溜めてしまい、結果としてギィに見抜かれてしまいました」
「ああ……あの時は肝を冷やしたな。確かにヴェルドラも激怒したときはコントロールできなくなってたもんなぁ」
「左様でございます」
ディアブロが静かに言葉を継いだ。
「そこで現在、あの子にはテスタロッサの指導のもと、『薄厚可変の結界方式』を習得させております」
「薄厚可変?」
リムルが首を傾げると、テスタロッサが手元の書類を指先でトントンと叩いた。
「はい。あの子の体内循環は極めて優秀ですから、平時において漏れ出る魔素はごく僅かです。ですので、通常時は紙一枚ほどの『極薄の結界』で十分に覆い隠せます。もちろん、ミリ単位の隙間すら作らせない極限の精度を課しておりますが」
「なるほど、普段は薄い結界で十分ってことか。じゃあ、戦闘時は?」
「そこが最大の肝ですわ。通常の魔導士であれば、魔法攻撃を発動する瞬間に結界をオフにし、撃った直後にオンへ戻す――あの子の『波動拳』や『波動拳(改)』のような遠距離攻撃ならその運用で足ります。……ですが、現状、あの子の主たる戦闘スタイルは、ゼギオンから学んだ『魔力を表面に纏わせる打撃』になるでしょう」
「あー……! 身体に超高密度の魔力を纏ったまま相手に突っ込むわけか。それだと、纏った瞬間から魔力がダダ漏れになって、殴る前に警戒されちまうな」
「その通りです。ですから、身体の表面に魔力を纏わせている間だけは、外側を覆う隠蔽結界を『極めて分厚く』展開させ、外への漏出を完全に遮断させる必要があります。普段は薄く、魔力を纏う瞬間にだけ厚く――これを自在にコントロールする技術を現在叩き込んでおります」
「なるほどなぁ……。薄いのと厚いのを瞬時に切り替えるのか。聞くだけでも変態的な精密制御だな」
リムルが感心して息を吐くと、ディアブロが恍惚とした笑みを浮かべた。
「クフフ……ですがリムル様、これはあくまで精神が未熟な間の『繋ぎ』に過ぎません。あの子が目指すべき将来の完成形は、私の『波長同化方式』と、あの『魔力循環方式』の完全なるハイブリッドです」
「お前の『栓をする』みたいな隠蔽と、ヴェルドラの循環の合体……?」
「ええ。経験を積み、精神の揺らぎを完全に抑え込めるようになれば――平時は私の『波長同化』にて栓をしてしまい、楽に気配を絶対のゼロに保ちます。戦闘時は栓を抜きつつも『循環』によって栓を抜く瞬間の魔素の急変も感じさせません。そしてゼギオン殿直伝の打撃を叩き込む。これが完成すれば、かのギィ・クリムゾンであっても絶対に感知することは叶いません」
「ギィをも欺く暗殺体術か……。末恐ろしい息子だな、おい」
そこでリムルはふと疑問に思い、目の前の二人を見つめた。
「……なぁ、素朴な疑問なんだけどさ。その『魔力循環方式』ってそんなに優秀なら、お前ら自身は身につけようと思わないのか?」
ヴェルドラのように体内で魔素を回す技術を取り入れれば、ディアブロやテスタロッサもさらに隙がなくなるのでは、と尋ねたリムルに対し、ディアブロは優雅に肩をすくめてみせた。
「クフフ……我々は数万年という途方もない年月を、すでに確立された自己の魔力制御で生きてまいりました。精神生命体としての根幹が出来上がっている分、今さら別系統の技術体系に手を出すのはリスクが大きすぎます。……それに、私自身でいうと、現状で何も困りませんので。クフフ」
「私も同じですわ。己の完成された術式に絶対の誇りを持っておりますし、必要性も感じませんもの」
テスタロッサも澄ました顔で紅茶を口に運ぶ。
(まあ、そりゃそうだよな……。すでに世界の頂点にいる連中が、今さら別のアプローチを学ぶリスクを冒す必要なんてないわけだ)
白紙の状態からヴェルドラの呼吸をイメージして循環を身につけ、スライム細胞でゼギオンの技を再現し、テスタロッサの可変結界を学び、ディアブロの波長同化を目指す――。
これら全てを貪欲に吸収し、自分だけのスタイルとして統合できるのは、柔軟で成長期にあるストラトスだけの特権なのだ。
「なるほどな。……よし、じゃあストラトスの修行の旅、基本はその『可変結界』を安全装置として持たせて送り出すか」
「はい。旅先で様々な経験を積み、精神を磨いてくれれば、自然と波長同化の技術も身についていくはずですわ」
「ええ、我が息子の成長が実に楽しみです。クフフフ……」
リムルと両親による綿密な育成計画がまとまり、若きストラトスは母の可変結界を携え、父の領域を目指す長い旅路へと歩みを進めることになるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
母の言葉から思わぬ閃きを得たストラトスと、名付け親(仮称)のリムル様でした。
魔力循環、可変結界、そして波長同化――。
様々な技術を貪欲に吸収していきストラトスは成長していきます!
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次回は9月に。
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