その手を取れば、私は
アレクシスはヴァイオレットの想像も及ばないほどの財を持ち、信じられないほど物質的に豊かな生活を送っている。アレクシスだけでなく、他の見合い相手も同じだ。
惑星エンナを競り落とすことと引き換えと言われれば、ヴァイオレットはどんなことだろうと絶対に拒否できない立場になるのだ。それが残虐的な行為でないなど、どうして言えるだろうか。
「アレクシス様は、結婚相手に何を求めていらっしゃいますか?」
ヴァイオレットは唐突に尋ねた。アレクシスはしばらく考えてから答えた。
「商会に利益をもたらしてくれることだ」
「惑星エンナとアクラシエル商会で取引をしたいと?」
「そうだ。惑星エンナの惑星間貿易はエスペラント企業連合が独占している。我々アクラシエル商会は入り込む隙を探していた」
ヴァイオレットの心拍数が上がる。
ひょっとして、アクラシエル商会と惑星エンナの取引が成立すれば、債務不履行にならずに済むのでは? アクラシエル商会のアレクシスならば企業連合の妨害を退けられるのでは?
しかし、そんな甘い考えはすぐに打ち消された。ヴァイオレットの中で他人に対する疑念が肥大化していて、コントロールできなかった。
「それから、結婚してしまえば商会関係者からの縁談の話を二度と聞かなくて済むからだ。ヴァイオレット、君は結婚相手に何を求める?」
「私、私は……」
ヴァイオレットは言い淀んだ。
お金さえもヴァイオレットが本当に求めるものではない。ホテルの部屋いっぱいの贈り物も積み上げているばかりでどれも使っていない。
そもそもヴァイオレットに結婚願望はなかった。父の後継者として企業体エンナのトップとなり、エンナの為に働くのが目標だった。だが、それは故郷を飛び出したヴァイオレットには叶わぬ夢になるだろう。
「わからなくなりました。でも、わからなくても結婚します。必要なことですから」
「金の為に?」
ずばり言われて、ヴァイオレットはため息を吐いた。
「やっぱりあの時の私の言葉を聞いていらしたんですね。酷い人、もっと早く教えてくださればよかったのに。そうしたらアレクシス様にお時間を割く必要もなかったし、怖い思いもせずに済んだではありませんか。ええ、そうです。私、お金のためだけに結婚するんですの。アレクシス様も気分を害されたのなら私を好きなだけ罵ってくださいな。私にかけたお金もお返しいたしますわ」
ヴァイオレットはもう自らを偽ることなくつんと取り澄ました態度を取った。もうこうなったら自棄であった。これまで見合い相手たちの好みに合わせて自分を出さないようにしてストレスが溜まっていたので、偽る余裕もなかった。
「なぜそうなる?」
「え、なぜ……? なぜですって?」
ヴァイオレットはまさか質問されるとは露ほども思わなかったので困惑した。アレクシスはヴァイオレットをからかう様子でもない。
「結婚相手に求めるのがお金だけというのは、あまりにも非情だから、ですわ。そうは思いませんこと?」
「俺は先ほど君に求めるのは商会の利益と他の見合いをすべて断るためと答えたが、それは有情か?」
「……そういえば、そうでしたね。非情ですわ。ああ、私、馬鹿なことを言いましたわ!」
ヴァイオレットは大声を上げた。思い詰めていたせいで墓穴を掘ってしまった。
「君の見合い相手も薄々理解しているだろう。見合いでなくても近づいてくる相手は金目当てばかりだ。君がそんなことを気に病む必要なんてない。それを弱みだと思っているのが不思議なくらいだ」
そう言ったアレクシスの目は笑っていた。それは、ヴァイオレットには悲しいものに見えた。
「理解してもらえたようだな。さて、話を戻そうか。君が求めているのは俺の財産、俺はこれを提供することに異論はない。俺が求めているのは惑星エンナとの貿易取引、惑星エンナ企業体のトップの娘である君はこれを提供できるか?」
アレクシスが右手を差し出していた。それは昨夜暴漢を殴ったであろう手だ。
再びヴァイオレットの心拍数が上昇する。今すぐその手をつかみたいのをこらえた。今度こそミスをしないために必死で自分を落ち着かせる。
アレクシスはヴァイオレットの弱みを握った。彼はそれを何でもないことのように言ったが、油断はできなかった。今は利用するつもりがなかったとしても、それは冷酷な目的の為に利用されるかもしれない。異星人たちがどれほど酷いふるまいができるのか、ヴァイオレットには想像もつかない。
「故郷へ戻る必要はございますが、父と交渉すれば提供可能ですわ」
慎重に答えた。ヴァイオレットはただ事実を述べただけで、何も約束はしていなかった。企業連合による妨害の可能性についてもあらかじめ伝えることはしなかった。
「俺たちは互いに必要なものを提供し合えるようだ。では、俺と結婚してくれるか?」
「……考える時間を、ください」
恐怖や罪悪感がヴァイオレットを迷わせていた。自らを損なうことなく、誰も騙すことなくエンナを救う道があるとまだ信じたかった。
「もしチャンスは一度きりだと言ったら?」
ヴァイオレットは息を飲んだ。アレクシスの手を穴が空くほど見つめる。
人を殴った手、もしかしたら将来ヴァイオレットを傷つけるかもしれない手。この機を逃せば二度と手に入らない救いの手。
アレクシスはさっと手をひっこめた。
「今のは忘れてくれ。みっともない発言だった。……色よい返事を期待している」




