異星の文化に触れる時
アレクシスと二回目に会ったのは、他の五人の見合い相手とすでに三回目の顔合わせの日程調整を始めようかというころだった。
夕食に誘われたヴァイオレットは、待ち合わせの時間よりも早くホテルを出た。どこかの惑星から来た賓客のためにパレードが行われるとニュースで知ったので、一目見ようと思ったためだ。
銀河中のどこでも現場にいるのと遜色ない臨場現象を体感できるというのに、銀河連盟本部のある地区では人がごった返していた。
大通りでは厳めしい金属製の楽器を鳴り響かせる音楽隊が行進していた。その大音量と一糸乱れぬ動きを見て圧倒されたヴァイオレットは、音楽隊が見えなくなるまでその場にじっと立っていた。
単身で故郷を飛び出してからというもの、家族や友人にも会えず連絡も頻繁にはできず、寂しくて泣いた日もあった。しかし、こうして故郷では見ることもできなかった景色を見る度に、外に出てよかったと純粋な気持ちが湧いた。
待ち合わせの時間が近づいてきたので、徒歩でレストランへと向かった。胸いっぱいの状態で先ほどの光景を繰り返し思い出しながら歩いていたため、ヴァイオレットはふと気づくと道に迷っていた。入り組んだ道だらけの地区におり、どうやって抜け出せるのか見当もつかなかった。
腕輪デバイスに頼って道を教えてもらい、ようやくヴァイオレットは正しい道を歩き出した。
その時、男の悲鳴が聞こえた。ヴァイオレットはしばらくその場に凍り付いていたが、勇気を奮い起こして声がした方へ向かった。腕輪が振動し、ルートを外れていると教えていた。
「そこのあなた、大丈夫ですか?」
細い路地の向こうに、男の姿があった。男の顔は逆光でよく見えなかったが、近づくにつれそこには男が複数名いるのがわかった。ヴァイオレットは足を止めた。
地面には血を流している見知らぬ男が二人も倒れていて、殴ったであろう男はさらにもう一人の胸倉を掴んでいた。顔が闇に沈んで全く見えずとも、逆光に透ける赤い髪が彼を誰か物語っていた。
「アレクシス、様……?」
アレクシスはゆっくりとヴァイオレットの方へ顔を向けた。ヴァイオレットは彼がどんな顔をしているのか確認するのが恐ろしくなり、踵を返して走り出した。
無我夢中で走っているうちに人が多い通りへ来ていた。人混みに紛れ込んでようやく緊張が解けた。
振動し続けている腕輪を、震える腕ごと握りしめた。混乱する自分を落ち着かせるためにゆっくりと歩いた。
待ち合わせの時間は過ぎていた。しかし、戻る気にはなれなかった。
アレクシスが人を殴った理由は全く予想がつかなかったし、彼が悪いかもわからなかった。だが、戦争や暴力とは無縁の惑星エンナで生まれ育ったヴァイオレットは、暴力そのものに耐性がなかった。
周囲に注意を向けていなかったヴァイオレットは、前から歩いてくる人に気づかずぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい。前を見ていなかったわ。……あなた、もしかして、バーベナ?」
ぶつかった人は、忘れもしないバーベナだった。故郷の惑星を出て愛する人と結婚した彼女だった。
先ほどまでの混乱や恐怖心は一気に吹き飛び、心は喜び一色になっていた。ヴァイオレットは感動の声を上げる。
「嘘、こんな偶然があるのね! また会えるなんて、ああ、嬉しいわ。私、ヴァイオレットよ。覚えてる?」
バーベナは目を見開いて硬直したまま、何も言わなかった。
そこでようやくヴァイオレットは彼女が思い出の中の姿と様変わりしていることに気づく。
瞳はピンク色ではなかった。不自然に美しい人工ピーコックアイが両目に収まっていた。
肌には不自然な凹凸の模様があった。それは肉がえぐられてから治癒した痕の模様と、埋め込まれた宝石だった。
鈴の音を思わせる声は発せられることがなかった。その喉は丸く削り取られ、ひときわ大きな宝石がはめ込まれていた。
バーベナは骨ばった手で顔を隠した。その手のひらにも宝石が埋め込まれていて、手首にはえぐれた痕があった。
見ないで、と口が動いた。涙がバーベナの肌を濡らし、ごっそりと肉がえぐれた頬のところで広がる。
ぐらりとヴァイオレットの視界が揺れる。喉からはひゅうひゅうと音がして、胸が潰れるように痛くなった。
横から現れた手がバーベナの肩を抱き寄せた。それはかつてバーベナが紹介してくれた食用花を扱う会社の社長で、彼女の結婚相手のはずだった。
「何をしてる、行くぞ」
およそ愛している人に向けているとは思えない低く冷たい声で言って、男はバーベナを連れて歩いて行ってしまう。ヴァイオレットは後ろを振り返れなかった。
バーベナの声が耳の奥で蘇る。それは別れの間際の言葉。
「ヴァイオレット、あなたもエンナの外に行ったらきっと引く手数多よ。イェンジェイさんのようにすごい人と結婚できるわ。だからライラックのことなんてそろそろ忘れなさいよ。あなたは美しくて、心がきれいで、誰より素敵な人よ。どうか忘れないで」
ヴァイオレットはその場に倒れこんでいた。現実を受け止められなかった。




