白くきらめき
ヴァイオレットはアレクシスと共に国立植物園へと向かった。祝賀会が行われるのは植物園にある巨大なガラス張りの温室だった。惑星中の花々を集めた温室は、公的な晩餐会などでも使用されることがあった。
エンナの権利譲渡とアクラシエル商会との契約締結を祝うパーティーには、企業体エンナの役員や議会議員、それから契約締結のためにエンナへ赴いた商会関係者が招待されていた。しかし、祝賀会は格調高いものではなく、ヴァイオレットたちが到着したころにはすでに飲み始めている人も多くいた。
ヴァイオレットはオークションの資金集めのためにアレクシスと共に様々なパーティーに参加したが、エンナのパーティーほど気取らないものもなかった。
会場には温室の花々に負けない色とりどりの食事や酒が用意されており、参加者たちもまた鮮やかな色合いの服装に身を包んでいた。
ヴァイオレットとアレクシスが会場に入ると、すぐにマーガレットとガーディニアがにこやかに近づいてきた。
ヴァイオレットの両親は企業体エンナの更生手続きに際しそれぞれ役職から退いたものの、今回のパーティーには関係者として招待されていた。他の元役員も含め責任を取った立場だったが、企業連合に抵抗を続けていたのを広く知られていたため、世間から厳しい非難の目を向けられることもなかった。これまで仕事ばかりしていた二人は、今はゆっくりとした時間を過ごしていた。
マーガレットとガーディニアを前にしたアレクシスは少し緊張している様子だったが、それを二人に気づかせずそつなく挨拶をした。
「アレクシス、オークションの結果報告に来てくれたとき以来だね。またエンナに来てくれて嬉しいよ。元気にしていたかい?」
ガーディニアはにこにこしながらアレクシスのグラスに酒を注いだ。アレクシスは、一瞬だけ硬直したが、すぐに元の対外的な笑顔に戻った。
「ご無沙汰しております。仕事ばかりで会いに伺えず……」
「そんなこと気にしないでいいさ。それよりあと数日はエンナにいるんだろう? ヴァイオレットと一緒に家へ遊びにおいで」
はい、とアレクシスが返事をすると、ガーディニアはさらに気を良くしてアレクシスのグラスにまた酒を注ぎ始めた。見かねたマーガレットがやんわりとそれをやめさせつつガーディニアの腕を引っ張った。
「それじゃあ私たちはこれで。二人とも楽しんでね」
ガーディニアがマーガレットに引っ張られて離れて行くと、アレクシスは並々酒を注がれたグラスを悲愴な表情で見下ろした。
アクラシエル商会会長としてその土地の慣習を尊重するのがアレクシスであるので、エンナでは勧められた酒や食べ物を断らない。そのせいで彼はエンナへオークションの結果を報告に来た際、三日続けて酔い潰れ、エンナ人に酒を勧められることがトラウマになっていた。
エンナ人は酒に非常に強く、酒好きで、しかも度数の高い蒸留酒しか飲まないため、誰も悪気はなくアレクシスに酒を勧めた。ヴァイオレットもそれが普通だと思っていたので、ヴレードルへ行くまでエンナ人の特異性に気づかなかった。
「父がご迷惑をおかけしてごめんなさい。飲まなくても大丈夫ですわ」
ヴァイオレットはアレクシスの手からグラスを取ろうとすると、ひょいと避けられた。
「気遣いは痛み入るが、手ぶらだとますます酒を勧められそうだ」
アレクシスがそう言った時にはすでに周辺にエンナ人たちが酒を片手に近づいてきていた。
そのままアレクシスは並々注がれたグラスを持ってヴァイオレットとあいさつ回りをした。さすがのエンナ人たちも注げないグラスに酒を注ぐことはせず、もっぱら二人に感謝やお祝いの言葉を述べてから食べ物を勧めた。他の商会職員たちもアレクシスの作戦に気づいたが、その頃には半数は酔い潰れていた。
「商会の皆様は大丈夫でしょうか?」
「あらかじめアルコール分解薬は渡してある、それから二日酔いに効く薬も」
「そこまで準備されているのに飲むなとは言いつけなかったんですのね」
「エンナ人を相手にそれは悪手だ。君たちは酒を断ったらショックを受けるじゃないか」
アレクシスはガーディニアに注がれた酒を舐めるように飲み、かすかに眉根を寄せた。
しかし、時間が経つにつれてアレクシスもかなり酔いが回り、ヴァイオレットは頃合いを見て温室の外れにある休憩エリアへとアレクシスを連れ出した。そのエリアには誰もおらず、咲き乱れるマートルの良い香りだけが漂っていた。
大きめの一人掛けのソファーにアレクシスを座らせ、水を取りに行こうとするとアレクシスに引き止められた。
「どこへ行くんだ?」
アレクシスは返事を聞く前にそのままヴァイオレットの手を引いて膝の上に座らせた。ヴァイオレットはつい抵抗するのを忘れてしまった。酒を飲んで弱体化することを好まないアレクシスが酔っている姿はエンナでしか見られないので、非常に貴重な姿だったからだ。
「お水を取りに行こうとしていました。アレクシス様、少し酔いを醒ました方がいいですわ」
「行かなくていい、ここに居てくれればいい」
でも、とヴァイオレットが立ち上がろうとすると、アレクシスはヴァイオレットを抱き寄せた。
ヴァイオレットはどきどきしながら祝賀会が行われている方へと視線を向けた。抱き合っている姿を誰かに見られたらどうしようと心配だったのだ。だが、幸い誰もこちらに近づいてくる様子はなかった。
「お願いだ、ヴァイオレット」
言って、アレクシスはヴァイオレットのこめかみに口づけた。
逡巡の末、ヴァイオレットはアレクシスの肩に頭を預けた。こちらを見下ろすアレクシスの背後の白いマートルの花が、嬉しそうな彼の表情をきらめかせているように見えた。




