赤く染まる
ヴァイオレットはサンルームへ連れてこられ、アレクシスとソファーに隣り合って座った。日が差し込むサンルームは明るく暖かかったが、ヴァイオレットは冷や汗をかきそうだった。
「奴がなぜエンナに? まさか君が連れてきたのか?」
単刀直入に問われ、ヴァイオレットも素直に全てを打ち明けるしかないと思った。
「はい、私が援助を申し出てエンナへお呼びいたしました。ヴレードルで釈放された後、無一文で身よりもなく、きっとお困りになるだろうと思って……」
「俺でさえエンナでほとんど過ごせていないというのに、奴はここで暮らしているのか」
アレクシスは忌々し気に言った。
エンナの経済的再建と並行して行われたいくつかの法改正には、異星人のエンナ入星規制緩和もあり、現在はエンナ都市部の指定地域で数名程度の異星人が居住している。エンナを競り落としたアレクシスを受け入れるべきという世論に押される形で法改正されたが、当のアレクシスは仕事のせいでほとんどエンナに滞在することができていなかった。
一方でローラントはエンナに呼び寄せられてからずっとここで暮らしていた。テロのニュースがエンナに到達した時には経済的混乱の最中にあったこともあり、記憶喪失前の悪行が広く知れ渡ることがなかったので、すんなりとエンナ人たちに受け入れられた。
エンナで最も有名な異星人であるアレクシスと同じ顔であることを必ず問われはするようが、本人も一緒に不思議がっているので誤魔化せていた。
彼の面倒を見ているヴァイオレットも度々関係性を聞かれるが、なぜかアレクシスと同じ顔だったので放っておけなかったとだけ説明していた。
「俺に黙っているつもりだったのか?」
「そんなつもりはありませんでしたわ。直接話すべきことですから、今夜お話するつもりでしたの。こんなタイミングで申し上げても嘘だと思われるかもしれませんけれど……」
上目遣いにアレクシスを見ると、彼は少し動揺を見せた。
「だが、事後報告ではなくて事前に俺に相談すべきだっただろう」
ごめんなさい、とヴァイオレットは謝ったが、あまり反省はしてなかった。事前に相談しようものならアレクシスが反対していたことは目に見えていた。それに、もし意地を張ってローラントを見捨てて野垂れ死にでもさせれば、アレクシスは一生後悔したことだろう。
「あれと関わろうだなんて君は一体何を考えているんだ? 外身が同じならどちらでも構わないのか?」
「確かにお二人は見た目こそそっくりですが、それ以外はちっとも似ていませんわ。特に、性格が……」
ヴァイオレットが言葉を濁すと、アレクシスは鼻で笑った。
「言えないのなら大して変わらないということじゃないか?」
挑発するように言われて、さすがのヴァイオレットもかちんときた。
「いいえ! ローラント様はびっくりするほど浮気者ですわ。毎日相手をとっかえひっかえされているんですの。来る者拒まず去る者追わずで、誰彼構わず甘い言葉をささやいて……。あの調子では、いつか痴情のもつれで誰かに刺されますわ!」
ヴァイオレットも記憶喪失後のローラントと初めて会ったときには口説かれてどきりとしたものだったが、すぐに彼が花から花へ飛び移る蝶よろしく相手を口説く人だと知ると、二度と胸をときめかせることはなかった。それどころか、ローラントに遊ばれた人々がヴァイオレットの元へ相談に来ることがあり、彼には辟易させられていた。
しかしながら、ヴァイオレットはそれをアレクシスに話てしまったことを激しく後悔した。ローラントをエンナに招いて自立するまで支援することは、自分で決めたことだったからだ。だが、ヴァイオレットはエンナの誰にもローラントとの本当の関係も愚痴も言うことができず、我慢の限界だった。
アレクシスはヴァイオレットに失望するかと思われたが、額を押さえて言った。
「そんなことだろうと思っていた。記憶が消えて攻撃性が矯正されたからと言って、全くの別人になるはずがない。だからあいつは嫌なんだ、俺が一体どれほどの迷惑を被ってきたか……」
アレクシスの顔には可愛そうなくらい疲労の色が浮かんでいた。ここ数日エンナで貿易契約締結に向けて仕事漬けだったことよりも、過去の思い出が彼をそうさせているようだった。
「それだけ迷惑をかけられているならもう捨てくべきだろう。君は奴に何をされたか忘れたのか?」
アレクシスの言わんとするところはわかっていた。ローラントには、オークションの直前に髪を掴まれ引きずられ、遺体を見せつけられ、首まで絞められた。
「覚えておりますわ、あれだけ恐ろしい目に遭ったんですもの。でも、私にひどいことをしたローラント様は、もうどこにもいませんわ」
ほんの一瞬、アレクシスが息を詰めたのがわかった。表情こそほとんど変わらなかったが、瞳に影が差したのは日が傾き始めたせいではなかった。
「ローラント様を放っておかない理由は単純ですわ。私とアレクシス様は家族で、アレクシス様の家族は私の家族でもありますわ。ですから困っているのを放っておくことはできません」
アレクシスの様子を窺うと、驚くことに顔が赤らんでいた。顔が赤くなることも珍しいというのに、その色は髪色と同じくらい鮮やかだった。
ヴァイオレットが凝視している間にも、彼はなかなか言葉が出てこないようだった。
「それが理由で君が奴と離れる気がないのなら、家族なんて……」
「私と家族でいるのがお嫌なら、離婚する以外――」
「離婚はしない」
アレクシスは強い声色で否定した。ヴァイオレットはくすりと笑った。
「ええ、私も離婚するつもりなどございませんわ。先ほどはああ申し上げましたけれど、ローラント様にもたくさん良いところがございますわ。お仕事は熱心にされていますし、職場の方々からも信頼されていて、器用で物作りがお上手で、お料理も得意ですわ」
「……昔からそうだった。誰とでも仲良くなって、何かを壊すより作る方が上手だった。ローラントは戦うことを好んだから俺を羨んでいたが、それは俺も同じことだった。俺たちはやりたいことと得意なことを取り違えて産まれてきたんだろう」
アレクシスは見たこともない寂しげな表情を浮かべていた。ヴァイオレットがアレクシスの手に触れると、彼は我に返って恥ずかしくなったのか、ヴァイオレットを抱きしめて顔を見せないようにした。
「奴の話はもう終わりだ。ただいま、ヴァイオレット。君に会いたかった」
「私もお会いしたかったですわ」
ヴァイオレットもぎゅっとアレクシスを抱きしめた。エンナにいたせいか彼も甘い花々の香りを纏っていて、抱きしめられただけで幸福感で胸がいっぱいになるほどだった。
ずっとこうしていたかったが、腕輪がアラームを鳴らした。家を出る時間を知らせるアラームだった。
ヴァイオレットが離れようとすると、アレクシスが引き止めるように力を強めた。
「アレクシス様、そろそろ出ないと祝賀会に遅れてしまいますわ」
「ああ、ずっとこうしていられたらいいのに……」
アレクシスはため息交じりに言って、ヴァイオレットの首筋に口づけを落とした。




