見果てぬ夢
ローラントは小型潜水艇の中に響くアラーム音で目を覚ました。ダーナ島上陸予定時刻まで残り五分を知らせるアラームだった。
懐かしい夢の余韻で、体の中に古く痛々しい感情が残っていた。それは狭苦しい潜水艇の雰囲気がエリュシオンを脱出した時の緊急脱出用ポッドと似ていたせいで、ますます強烈になっていった。
気を紛らわせるために秘匿通信で依頼主にコンタクトを取ったが、応答はなかった。エンナのオークションがどうなったかを確認するのを忘れていたが、依頼主が何も言ってこないあたり行われなかったのだろうと結論付けた。ローラントはオークションの結果に全く興味がなかった。
銀河連盟に対して突き付けた要求も、本心ではどうでもいいと思っていた。単純に銀河連盟やヴレードルを混乱に陥れるために並べた言葉だった。エリュシオンに回復すべき名誉などなかったし、エンナも欲しくなったら侵略して手に入れればいいだけだ。
潜水ポッドがダーナ島に到着し、ローラントは別の潜水艇に乗っていた部下たちとともに上陸した。
ダーナ島はまだ夜で、さらに島の中央に全長二キロメートル超のダグザの船が鎮座しているため、島全体が異様な暗さに包まれていた。
手下と共にダグザの船の管理本部へと向かうと、職員の男が裏手で待っていた。男はこの管理本部の責任者であり、人数分の入船パスを用意していた。
その男はインターネットを介して革命的思想の信者に洗脳したうちの一人だった。今時、堅牢な防御層に守られたシステムに不正侵入するよりも、人間の脆弱な脳を思想で染め上げて操る方がずっと簡単だった。
「他に職員はいないのか?」
ローラントが尋ねると、男はぎこちなく笑った。憧れていた相手に会えて舞い上がっているらしかった。
「僕のほかに二人いますが、邪魔になるといけないので縛って休憩室に置いておきました。じょ、乗船口まではトラムで移動します」
トラムへ向かう途中で、手下の一人が問うてきた。
「こいつは船が動いたら殺しますか?」
物騒な言葉は、職員の男には聞こえていなかった。ローラントや手下は脳内のチップで思考の一部を共有状態にしており、実際に発声をせずとも瞬時に意志の疎通が可能だった。
「そうしろ」
手下たちは全く表情を変えずに了解と返事をした。
古めかしい一両編成のトラムで移動する間にも周囲の警戒を怠らなかった。トラムの外は闇に包まれていたが、拡張現実上のサーモグラフィーで人間や機械の発する熱が存在していないかを検知しているので支障はなかった。
トラムの線路付近に怪しい人影や機械は探知されなかった。銃火器の持ち込みや製造が禁止されているヴレードルにおいては、遠距離攻撃を警戒する必要はほとんどないため、敵の接近に重点を置いて警戒する必要がある。今回の作戦にあたってヴレードルへ連れてきた手下たちは接近戦に適した者ばかりで、体の半分を機械置換した者もいた。
トラムを降りてダグザの船を目の前にすると、視界の全てが埋め尽くされるほどの巨大さにローラントも手下たちも言葉を失った。
「この中に無限の食糧が……」
手下の一人が、脳内思考の中で興奮気味に言った。その興奮はすぐに伝播し、普段は引きずられることのないローラントの気分さえもわずかに高揚させた。
惑星外での戦争においては、地上での戦争とは比べ物にならないほど物資調達の難易度が高く、特に食糧は敵船から強奪する以外の現地調達も不可能だ。アクラシエル商会の護衛船団に幾度も辛酸を嘗めさせられたのも、宇宙物流においては奴らの右に出る者がいないためだ。
だが、ダグザの船があれば、食糧の生産から供給までが最前線でも可能となる。食糧難の星の救済を目的として製造されたが、これまで一度も使用されたことはなく、その有用性の高さはこのまま誰にも使われず朽ちさせるには惜しい。
「三十分もあれば離陸作業も完了すると思います。さあ、こちらです」
職員は浮ついた調子で言って、巨大な乗船口の方を手で示した。
歩き出そうとした瞬間、ローラントはうなじがちりちりと焼けるような感覚を覚えた。自分がいる場所がエリュシオンであると錯覚するほど懐かしい感覚だった。
咄嗟に後ろを振り返った。暗闇の向こうに、灰の目が見えた気がした。
撃たれる、と思った時には肩に衝撃が走っていた。血と肉片が闇の中に舞い散った。
俄かに脳内に手下たちの驚愕の声が響く。このヴレードルにおいて在り得ざる武器が使用された、それは戦場慣れした海賊たちであってもすぐには受け止め切れない非現実的な現実だった。
驚愕している一瞬の隙を狙われた手下たちや職員も次々に銃弾に貫かれた。狙撃手は暗闇の中から姿を現すことなく全員を撃った。辺りは一瞬にして血の海と化した。
たった一発の銃弾であっても、それは一人の人間を容易く無力化するだけの力を有している。体の一部を機械置換した者であろうと、屈強な肉体を誇る者であろうと、肉体の急所を正確に撃ち抜かれては誰もなす術がなかった。
真っ暗だった乗船口が途端に昼中のように明るくなり、猛然と走ってくる足音が響き渡り、投降を要求する怒号が飛んだ。
ローラントは痛みで飛びかけた意識をどうにか取り戻し、倒れたままで周囲の様子を瞬時に確認した。
拳銃を所持した警察が二人もおり、それ以外にも軍用アーマーを着用している軍人や捕獲用ロボットなどが周囲を固めていた。さらには先ほど撃ってきた狙撃手もどこかに潜んでいるはずだ。対するこちらは手下が二名即死しており、力の差は歴然だった。
手下の一人が叫び声を上げながら軍人へ立ち向かっていったが、警察がすぐに反応して銃撃した。首を撃たれた手下は、倒れて動かなくなった。
ライトのせいでローラントの視界は真っ白に飛んでいたが、向けられた黒い銃口の輪郭ははっきり見えていた。安全装置は当然外されており、あとは引き金を引くだけで確実に頭を撃ち抜くことができる。
「覚悟を決めるのが遅いんだよ」
そう誰にともなく言って、とうとう目を閉じた。戦いばかりを追い求めてきた人生だったというのに、最後の気力を振り絞って銃を奪い取る気にはなれなかった。
ヴレードル全土を巻き込んだ事態の顛末としてはあまりにあっけないものだったが、不思議と怒りや悔しさを感じなかった。エリュシオンから命からがら逃げ、約十年かけて宇宙海賊での地位を築き、あの時得られなかったものを得るために走り続けてきた。それが全て無に帰ったというのに、むしろ穏やかな心地だった。
けれどもそれをかき乱す自分のものではない感情に襲われた。それは父を殺されたときに感じたものに似ていた。
「……アレクシス」
悲しむくらいなら、なぜ俺の味方をしてくれなかったんだ?
そう詰ってやりたい衝動に駆られたが、血を失いすぎて体も口も動かせなかった。
役立たずの手下ではなく、アレクシスが一緒だったならば、もっとうまくやれたはずだった。ダグザの船を難なく奪い、この銀河全てを巻き込む戦争を引き起こせたに違いないのに。エリュシオンにしてもそうだった、壊すのではなく共に征服するべきだった。そうすれば銀河に繰り出して数多の星々を手にすることも夢ではなかった。惑星エンナもヴァイオレットも、オークションなどせずとも侵略して奪い取ればよかったのだ。
それを伝える場面を想像してみたが、アレクシスはあの頃と同じ嫌そうな顔をするばかりで、絶対に首を縦に振ってくれなかった。




