再び地に結ばれて
「……ローラントの考えることは、不思議といつも理解できるんだ」
そう言って目を閉じたアレクシスは、穏やかな表情をしていた。このまま息を引き取ってしまいそうなほどの穏やかさだった。
ヴァイオレットとアレクシスのほかには会議室には誰もおらず、防音状態になっているせいで異様なまでに部屋が静まり返っていて、それがますますヴァイオレットの不安を増幅させた。過労死の文字が頭の中に浮かんだ。
そっとアレクシスの手に触れると、アレクシスは弾かれたように目を開けた。びっくりしたヴァイオレットは手を離した。
「奴の狙いはダグザの船だ!」
「……だ、ダグザの船、ですか?」
ヴァイオレットは混乱していたが、ダグザの船のことは知っていた。食料自給率が低いエンナでは、食糧危機に見舞われた際には銀河連盟からダグザの船を送ってもらう可能性があると義務教育で習ったことがあった。
ダグザの船とは、宇宙人類が二隻だけ製造した食糧生産を目的とした巨大プラント宇宙船だ。一隻は地球に、もう一隻はここヴレードル地表にある。
銀河に最も多く存在する元素である水素を準備できさえすれば、極限まで品種改良された栄養豊富な穀物の栽培や、人間に不可欠なたんぱく質の生成などを行うことができる。ダグザの船の生産可能な食糧総量は、一億人の人間の約一年間分にも上る。
「水素があれば枯渇することのない食料が宇宙のどこでも手に入って、なおかつ船そのものが恒星のそばを通っても隕石と衝突してもびくともしない堅牢な造り……。もしも手に入るなら、二度と食事に困ることなどありませんわね。手引きをしたイニョン様たちも、それをご存じだったのかしら……?」
「奴らは利用されただけで知らなかったはずだ。そもそも奴らは単なる海賊だと思われていたし、テロを起こして声明を発表したのは今回が初めてのことだ。ローラントがいつ海賊の首魁になったのかは知らないが、奴の行動は衝動的で突発的だ、今回のこともかなり急に決めただろう。街中を歩いている一般人が思い付きで通行人を襲うのを予測できないように、奴の行動は読めない。戦争準備のための食糧調達が目的であることは、ヴレードルにいる諜報機関も情報を掴んでいない可能性が高い」
二人は会議室を出て、一階の東側エリアへ向かった。そこでは職員たちが臨時の職場としており、急に現れたアレクシスの姿にどよめきが広がった。アレクシスはそんなことはお構いなしに声を張った。
「ヴレードル警察の保安部長とコンタクトを取れるか?」
エリアの中央付近で二、三名が手を上げた。アレクシスはそちらへ向かいながらさらに言った。
「誰か衛星が生きていればダグザの船がある座標付近に不審人物がいないか確認しろ。それから金属、樹脂の3Dプリンター、何でも構わないからプリンターに読み込ませる図面を引けるものを用意しろ」
職員の一人がその命令に対して質問した。
「図面作成はパソコンでされますか?」
「いいや、製図用紙とペンを用意してくれ。製図ソフトでは作れない」
アレクシスの命令を受け、エリアは慌ただしくなり始めた。
ヴレードル警察との通信を待つ間、ヴァイオレットはアレクシスに尋ねた。
「アレクシス様、部外者の私が商会の職場に居るのは問題ではありませんか?」
「君にも手伝ってもらうことがあるからここに居てくれ」
何を手伝うのか問おうとした時、ヴレードル警察保安部長リザと通信がつながった。アレクシスは淡白な自己紹介の後、ローラントと顔や声が似ていることの弁明もせず、すぐ本題に入った。
「テロリストの目的はおそらくダグザの船だ。衛星で確認する限りまだ無事だが、奴らがヴレードルを脱出するときに強奪するだろう。ダグザの船は遠隔コントロールを受け付けない仕様になっているから、テロリストが姿を現すはずだ」
「失礼ながら、根拠を示していただけませんと納得できません」
リザはやや困惑気味に言った。
「こちらも暴動を扇動していた数名のテロリストを捕まえていますが、銀河連盟への非難のためだと話しており、虚偽でないことも明らかになっています」
「それは末端の構成員だからだろう。商会からこれまで拿捕した海賊船から得た情報を全て提供する。そちらが持っている情報と合わせて解析すればおそらく奴らが宇宙戦争を仕掛けるつもりで準備を進めている可能性が明らかになるだろう」
アクラシエル商会の護衛船団の解散要求の件でヴレードル警察との関係が悪化していたが、ここで急にアレクシスが歩み寄りを見せたことで、リザもアレクシスの後ろで通信を聞いている職員たちも驚きを露わにしていた。ヴレードル警察は銀河警察組織の上部組織に当たり、アレクシスは明言こそしないが、解散要求の取り下げを見返りに望んでいる。
「わかりました、データを送っていただければこちらで対処します。では――」
「それからもう一つ、テロリストとの戦闘用に銃を買う気はないか?」
「……はい? アレクシスさん、ヴレードルでは銃火器の使用はおろか製造も禁じられており、図面データの保有も、ソフト上で図面の作成を試みた時点で自動通報されるんですよ。まさか商会は違法データをお持ちだと?」
アレクシスの後ろで、青ざめた顔の職員たちが一斉に首を振った。
「当然保有していない。だが必要とあらば製造し、販売可能だ。もちろん警察の監視下で製造の過程から全データの抹消まで行う」
荒唐無稽な話だったが、アレクシスの言葉には異様な力強さがあった。職員の誰もが不安と期待の入り混じった眼差しをアレクシスに向けており、リザも同じ目をしていた。
警察側が秘密裏に銃火器を使用できるなら、テロリストに対し有利になれる。しかし、一方でヴレードル入植以後堅く守られてきた銃火器の絶対禁止は破られることとなり、市民感情の反発の大きさは予想できない。
「本当にそんなことができると?」
ええ、とアレクシスは微笑んだ。
「たとえ銀河の果てであろうとも、そこに人がいる限り必ず商品を届ける。それが我々アクラシエル商会だ」
リザは画面の向こうでしばらく話し合いをしていたが、やがて再びアレクシスに言った。
「情報提供とご提案ありがとうございました。こちらで政府と銃火器使用解禁について交渉します、またご連絡します」
「承知した。それでは監督員を待っている」
通信が終了すると、アレクシスは席を立ち、不安の色を顔に浮かべている職員たちに向き直った。
「話を聞いていたな? 許可が下り次第、銃を製造する」
戸惑う職員たちの間を縫い、先ほど会議に出席していた重役の商会のヴレードル支部長が現れた。
「会長、本気ですか? 警察はうちが約束を守らなければ護衛船団解散の主張をさらに強めるつもりですよ」
「わかっている、だが銃を用意できればむしろ奴らは解散要求を取り下げざるを得ない」
「それは仰る通りですが、プリンターに読み込ませる図面も用意できないのにどうやって製造すると? ソフトも使えませんよ」
「俺が図面を覚えているから、彼女に描いてもらう」
アレクシスはヴァイオレットを手で示した。急に話を振られたヴァイオレットは面食らった。
「私、図面なんて描いたことありませんわ。ご自分で図面を覚えていらっしゃるのにどうして私を?」
「俺は細かいことは不得手だ、ペンも折る。だが、君は俺が知る中で最も器用だ、指示された通りに線を引いてくれれば問題ない」
ヴァイオレットは、心血を注いで半永久保存処置を施したバラを彼に贈ったことを若干後悔した。
その様子を見ていた支部長はちょっと呆れたように笑った。
「わかりました、勝算があるならヴレードル支部は全力で取り組みます」
エリア全体が監視員の出迎え準備や資材調達に追われ忙しなくなる中、ヴァイオレットはエリアの隅で机に向かい、アレクシスに雇用契約書を提示されていた。
「先ほどはああ言ったが、君が武器の製造に関わるのが嫌だと言うなら他の者に任せる」
ヴァイオレットは契約書の内容を上から下まで全て読んだ。ヴァイオレットの不利になるような内容は一切書かれていなかった。
ペンを持つだけで心臓が嫌な跳ね方をした。これにサインをすれば人を殺す可能性のある物の製造に関わることに同意することになるのだから、仕方のないことだった。ヴァイオレットは契約書にサインをした。
アレクシスは、ヴァイオレットが躊躇いなくサインすると思っていなかったのか、目を見開いた。
「仰りたいことはわかっていますわ。どんな結果になっても、アレクシス様や他の職員の皆様と一緒に責任を負いたいのです」
本心からの言葉だったはずだが、ヴァイオレットは手が震えていることに気が付いた。これからの自分の行動の先に誰かの死が待ち受けているかもしれないと想像するだけで、どうしようもなく怖かった。
「アレクシス様。少しの間、手を握っていてくださいませんか?」
「少しと言わず、ずっとこうしていればいい」
アレクシスはすぐにヴァイオレットの手を握って、照れくさそうに微笑んだ。あまりにも珍しい表情に、ヴァイオレットは怖さも忘れてただ見つめてしまった。
「本当は、君までそんな責任を背負う必要はないと言うべきなんだろうが、言いたくない。君が俺の為にそこまでしてくれるのが嬉しくて、とても無理だ」
アレクシスの手のひらは熱く、脈が上がっていることは明白だった。ヴァイオレットもつられて恥ずかしくなってきた。
「こんな時にずいぶん呑気なことを仰るのね」
「今はまだ気を張る必要はないからな。君も今この時に集中すればいい、未来は否が応でも訪れるのだから」
そう言ったアレクシスの瞳の奥に悲しみの影が差した気がした。
やっぱり、とヴァイオレットは思う。どれだけ憎んでいても、兄弟の情は消えないのだ。
「……そうですわね。今はまだ、悲しむべき時ではありませんわね」
ヴァイオレットはアレクシスの手を握り返した。そうすると、お互いを今この時この場所にしっかりと繋ぎ止められた気がした。




