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君に捧ぐ花の星  作者: 水底 眠
第3部
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宙に堕ちる

 アレクシスは息を切らして大通りに軒を連ねる家々の屋根の上を全力で走っていた。地上の大通りは大混乱に陥り、過密による圧死者が大量発生しており、とても下に降りられる状況ではなかった。


 街に存在するスピーカーというスピーカーから隕石落下アラートが鳴り響いていた。アラートが人々に逃げるよう教えても、この惑星のどこにも逃げ場などなかった。


 しかし、アレクシスは逃げるために走ってはいなかった。通信が死に絶え、交通網もパンクしている今、自分の目で確かめるより他になかったから走っていた。


 アレクシスは屋根から銀河連盟の指定特別非戦闘区域の壁へと飛び移った。幸い、侵入者を感知するセンサーは地上から押し寄せているエリュシオン人たちのせいで鳴りっぱなしで、こちらを注目する人も狙撃するロボットもいなかった。


 壁を超えて向こう側へと飛び降りた。特区は外と比べれば落ち着いていたが、それでも悲鳴や怒号が飛び交っていた。


 アクラシエル商会のテントを見つけると、一直線に走った。


 テント内では商会の職員たちは皆深刻な表情で話し合いをしていたが、急に現れたアレクシスを見てしんと静まり返った。アレクシスは商会職員たちの間を進み、商会長と向かい合った。


「話し合いをしている場合か! 外のアラートは誤報ではないんだ、隕石が降ってくる、他国も報復で大量の兵器を投入している。この星の生き物は一つも生き残れない。エリュシオンの船は一隻も外に出られないが、あんたの船は別だ。他の救護船と一緒にはやく離脱しろ」


 アレクシスの怒号がテントに響いた。職員たちの視線が商会長へと向けられた。視線を受けた商会長は、ふっと口元をほころばせた。あまりにも場違いな笑顔に、アレクシスは胸の痛みも忘れて呆気に取られた。そうしている間に、気付くと商会長に手首を掴まれた。


「よく来たな。ちょうどお前を探しに行く方法を話し合ってたところだったんだよ」

「訳がわからない、なぜ俺を?」


 アレクシスが商会長の手を振りほどこうとすると、脇腹に銃口が押し当てられた。商会長は穏やかな顔のままで、銃を手にしていた。アレクシスはぴたりと動きを止めた。


「お前の持っているものすべてが欲しいと言っただろう。一緒に来るなら得られるかもしれないと答えたのを忘れたとは言わせない。だから来たんじゃないのか?」

「違う。今さらあんたの持つ全てを手にしたところで何になるって言うんだ? 俺はあんたらの船が飛び立つのを確認するために来たんだ」


 アレクシスは顎でテントの脇に積まれている銃火器の箱を顎で指した。


「売ってない銃を寄越せ。特区の外は地獄絵図だ、特区の壁も長くは持たない。帝国民たちは正気を失っていて、誰も特区の保護義務を守らない。あんたらの船に群がってくるエリュシオン人どもを殺してやる、だから早くしろ」

「その必要はない、お前も一緒に来るんだ」


 アレクシスは瞬時に周囲の様子を確認したが、商会職員たちの誰もそれに反対する様子はなかった。


 訳がわからなかった。たった一度の短い問答を交わしただけの間柄であるのに、なぜ危険を冒してまでエリュシオン人の子供、しかも帝国軍人を連れて行こうとするのか。


「俺は行かない、行けるはずがないだろう」


 言って、アレクシスも銃を抜こうとしたが、ホルスターは空だった。指令室に捨ててきた銃を思い出し、思わず舌打ちをした。


「エリュシオン人を連れ出したと知られたら、アクラシエル商会の船だろうと銀河連盟に撃ち落とされる」

「いいや、あり得ない」


 断言する商会長の瞳には少しの濁りもなく、清い泉のように澄み切っていた。


「私には、お前の中に運命の糸が見える。お前はこの惑星では死なない。糸は外へと繋がっている」

「あんたはさっきから何を言っているんだ? 俺は行かないと言っているだろう」

「なぜ拒む? 大嫌いな故郷と運命を共にすることを選ぶのか?」


 アレクシスは頭にかっと血が上るのを感じた。一瞬で商会長から銃を奪って商会長の眉間に銃口を突き付ける。商会職員たちが一斉にアレクシスに銃口を向けたが、商会長が手を振って下ろさせた。


「おいおい、私の身を案じている場合か? とっとと準備をしろ、この惑星を発つ」


 命令を受けた職員たちは銃を下ろすと、すぐさま撤退準備を始めた。商会長が銃を向けられている状況だというのに、粛々と命令に従い、商会長を再び気にかける様子もない。


「一緒に来い、アレクシス」


 商会長は銃を向けられているとは思えない落ち着きで言った。アレクシスは、心底腹が立った。その涼しい面を蜂の巣にしてやりたくてたまらなくなる。


「俺だけに生き延びろというのか? そんな資格が俺にあるとでも? どうして隕石が降ってくるのか教えてやる、俺が手抜かりをしたせいだ。暗殺がうまくいけば連合国と休戦に持ち込めるはずだったんだ」


 皇帝の暗殺計画を知った後、将校たちを抱き込んで元帥を殺したのは、決して正義感によるものではなかった。ただ気に食わなかったからだ。父も、軍人どもも、帝国も、意味もない戦争も、終わってほしかったからだ。


 アレクシスは唇を噛み締めた。塩辛い鉄の味が口に広がる、吐き気がさらに増す。


「だというのに、あいつを殺さなかったせいで国どころか星が滅ぶ事態になった……! エリュシオン人だけで七億人だ、それが全て死ぬことになる。こんなはずじゃなかった、こんなつもりじゃなかったんだ……」


 銃を持つ手が震え、うまく息が吸えなくなっていた。胸が潰れるような痛みは、隕石落下アラートを聞いた瞬間から絶え間なく続いている。


「アクラシエル商会は、遍く銀河にあらゆる物を届けてくれるんだろう? だったら今すぐエリュシオンに救済を売れ、隕石を破壊できる兵器くらいあるだろう!」


 商会長は、ここに来て初めて眉根を寄せ、困ったような顔をした。


「残念ながらそこまでの破壊力を有する兵器は持ち込んでいない。私はお前の求めるものを持ってはいるが、この惑星は救えないんだ。助け出せるのもお前ひとりがせいぜいで、他の七億人は見捨てて逃げるしかない」

「この役立たずが……!」


 吐き捨てるように言ったが、その言葉は自分に突き刺さった。恐竜さえ絶滅させ地球の環境を丸ごと変えたレベルの隕石の前では、人間如き誰も彼もが無力だった。


「アレクシス、お前は自分のせいで星が滅ぶからエリュシオンに残ることを選ぶのか? そんなことをせずとも人間はいつか必ず死ぬ、お前も私も。この滅びを生き延びたところで五十年、よくて百年、たったそれだけの人生だ。それを捨てて死を選ぶことなど、贖罪にはならないさ。たかが死など、七億の人間を死に追いやったことに対する罰としては軽すぎる。生きることから逃げるな、お前は生きるべきだ」

「……たった百年生きたところで償いにはならない」

「なるかもしれないだろう、未来は不確定だ。生きていれば何が起こるかわからない。お前の言った通り私は無力だし、エリュシオンは終わる。だが、次同じことが起こったら、その時お前は何かを救えるかもしれない。生きていれば次がある、生きている者だけに次の機会が巡ってくる」

「次の機会なんて欲しくない、そんなものあるはずがない……!」


 叫ぼうとしたはずなのに、声はか弱く掠れていた。銃も腕も、やけに重たく感じられた。あれだけ強烈だった怒りも消え失せて、見ないふりをしたかった感情が自分の中で嵐のように荒れ狂っていた。


 数秒間、アレクシスは静かに考え、銃を下ろした。


 商会長の手がアレクシスの肩に置かれた。温かい手だった。


「せめてあと一人だけ一緒に――」


 アレクシスが言いかけた時、職員が叫んだ。


「商会長! 連合国側から報復攻撃の正式声明が出ました、ここも範囲内です。すぐに離脱しないと巻き込まれます!」

「わかった。全員船に乗れ、すぐさまこの惑星を離脱する」


 荷物の運び込みをしていた職員やロボットたちも、持っていた荷物をその場で捨て、テントを出て行った。


 テントの外も騒がしさを増し、壁が破壊されたと叫ぶ声が聞こえた。アレクシスは近くにあった箱の蓋を蹴り飛ばして壊し、最新型のエアライフルを取り出した。


 空気がある状況ではほぼ無限に射撃ができるライフルであり、金属製の銃弾と同等以上の殺傷能力を持つ圧縮空気弾の発射が可能だった。


 ライフルに搭載されている敵味方自動識別機能を切り、非戦闘区域での使用を感知したアラートを破壊した。


 商会長は、体の具合が悪いらしく、職員に付き添われながら歩き出した。アレクシスはライフルを構えながらその後ろに続き、テントを出た。特区内になだれ込んできたエリュシオン人たちが、脱出手段を求めて血眼になっている様が遠くからでも確認できた。


「アクラシエル商会の会長になるための絶対条件はただ一つ。生き延びることだ。天寿を全うすること以外は許されない。銃弾が降り注いでも、隕石が降り注いでも、家族や恋人を見殺しにしても、他の人類が死に絶えても、自分だけは生き延びなくてはならない。今すぐ銃でこめかみを撃ち抜きたい衝動に駆られていたって、お前にはそれができるはずだ」


 アレクシスは商会の船を目がけて走ってきたエリュシオン人を撃った。一人、二人、三人と、この惑星から脱出できる希望を見つけて群がってくる人間を殺した。


 体はまるで機械のように自動的に動いた。本当に撃ち抜くべきは自らの脳か心臓であると頭で理解していても、体はそれを拒絶した。


「ああ、あんたの目は確かだった」


 アレクシスは商会長とともにアクラシエル商会の船へ乗り込んだ。すぐに扉が閉まり、船にしがみつく夥しい数のエリュシオン人たちを物ともせず離陸した。


 特区にあった船も、その全てが地上を離れ、宇宙港へと一直線に向かっていた。


 地上では、見捨てられたエリュシオン人たちが黒々とした塊になって、持ちうる全ての憎悪を込めた眼差しを向けていた。アレクシスには、その憎悪がすべて自らに向けられたものに見えたし、そうであればいいと思った。


 その中にローラントの姿を探したが、見つからなかった。今はローラントが何を考えているのかも感じ取れなかった。


 地上を眺めているうちに、視界がかすかにぼやけた。罪で穢れた星はどこを切り取っても醜悪で、滅びるべき形をしていた。だが、その星は紛れもなく故郷だった。


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