滅びの星に手を伸ばして
親衛隊としての日々は、学校でのどんな訓練よりも過酷だった。元帥の血縁という理由で厚遇を受けるローラントとアレクシスを妬んだ軍人たちによってリンチに遭いかけたこともあったし、冤罪をかけられて軍事裁判にかけられそうになったこともあった。
帝国軍は、十四のローラントから見てもわかるほど腐敗していた。元帥の権威は失われつつあり、軍内部はいくつもの派閥に分かれて対立し、統制を欠くようになっていた。上層部は、元帥も含め自らの保身の為にばかり動き、血縁者を戦線から遠ざけ、後ろ盾のない者は積極的に前線へ送って高価な機械兵やドローンの代わりとした。情報も錯綜しており、一つの戦場に関するいくつもの誤った情報が飛び交った。
軍がそのような状態でも、国は戦争に熱狂したままだった。子どもは厳しい訓練を経て敵国民を殺すことを夢見ていたし、大人たちも愚かな敵国から利益や資源を吸い上げて豊かな暮らしすることを望んだ。
しかし、軍は腐敗し、帝国全体で熱意だけが先走っている状態で、近年の帝国はめぼしい戦果を上げられなくなっていた。王国はわずか数か月で帝国側が圧勝して併合されたものの、連合国とは十年以上にわたり戦争状態にあった。
業を煮やした皇帝は、帝国樹立記念日に連合各国国土に対し隕石誘導装置の使用を命じた。一歩間違えればエリュシオンを二つに割るほどの災禍をもたらす小惑星兵器は、その危険性から軌道変更最終承認権は元帥にのみ与えられていた。
隕石誘導装置は、惑星への衝突が予測された災禍級の小惑星の軌道を変え、衝突を回避するために開発された爆発的な推力を生み出すエンジンを搭載した無人ロケットだった。エリュシオンでは向こう一万年は小惑星衝突が見込まれていなかったため、帝国以外の国で誘導装置を製造している国はなく、宇宙からの脅威への対策をしている国もなかった。
帝国樹立記念日には、エリュシオン付近をいくつかの小惑星が通ることが予測されていた。帝国はひそかに宇宙へ送り込んでいた誘導装置を使用し、それらの災害級の直径一キロメートルの小惑星二つを、逸らすのではなくあえて衝突軌道へ乗せ、連合国へ落下させて国ごと滅亡させることを計画した。
皇帝から命令を受け、最終承認を下そうとした元帥を、アレクシスが撃った。静かな司令部に一発の銃声が響いた。
司令部にいた高級将校たちはアレクシスの凶行を止めず、元帥が倒れても悲鳴も上げなかった。誰もがアレクシスに抱き込まれており、アレクシスを傀儡元帥として自らが実権を握ることを夢見させられていた。知らなかったのはローラントだけで、胸から血を流す父に泣いて縋った。
ローラントは、七歳の時に訓練の一環で連行されてきた他国の民間人を撃ち殺したことがあった。その時は泣き叫んで許しを請われても、撃った後の遺体を見ても何の感慨も浮かばなかったというのに、撃たれて急激に弱っていく父の姿には激しい動揺を覚えた。
「どけ、ローラント」
アレクシスはもう一発に撃ち込もうと構えていた。だが、ローラントは父に覆いかぶさって射線から退かず、涙ながらに叫んだ。
「自分の父親を撃つなんてどういうつもりだ!」
「そんな奴を父親と呼ぶな!」
アレクシスもまた吠えた。彼が冷静さを失ったのを見たのは、これで二度目のことだった。飼育施設でローラントが事故で大怪我を負って生死の境を彷徨ったとき、彼は激しい動揺を見せた。
「いい加減目を覚ませ。そいつはお前を認めてなどいない、支配していただけだ。お前が殺した将校たちは元帥が排除したがっていた者ばかりだった。お前は利用されていた。裁判にかけられそうになったとき、そいつはお前を見捨てるつもりだった!」
「違う、違う、そんなはずない! 父さんはそんなことしない!」
「そんなのは父親じゃない、家族はお前と俺の二人だけだ!」
アレクシスの叫びの残響の中、ローラントは体の下で父が息を引き取ったのを感じた。
「父さん、父さん……!」
ローラントは手が血まみれになるのも構わず尚も傷跡を圧迫した。アレクシスの舌打ちが聞こえた。ローラントは、心臓が鷲掴みにされたような心地になった。
「やっと死んだか。ほどなく皇帝も暗殺される。命令も最終承認も無意味だ、これで戦争も終わりだ」
アレクシスがゆっくりと銃を下ろした。司令部に集まっていた将校たちの間にも安堵の空気が流れた。
ローラントは操作コンソールに手を置きながら立ち上がった。誰にも気づかれないように画面に表示されている誘導対象隕石を変更し、誘導装置が目標隕石に向かって移動していくのを確認した。
「隕石の軌道変更を承認」
生体認証、声紋認証がクリアされ、誘導装置によって隕石の軌道が変わり始めた。
すぐさま司令部に隕石落下アラートが鳴り響き、システムが音声でその被害予測を伝えた。落下予測日時は明日正午ごろ、隕石のサイズは十キロメートル超、落下予測地点は連合国と帝国の国境、生存予測人類は零。エリュシオンに衝突する十キロメートルの隕石は、かつて地球で起こった白亜紀のK-T絶滅と呼ばれる大絶滅の原因となった隕石と同じサイズだった。
愕然とするアレクシスを、ローラントは笑った。まだ涙が出たが、腹の底から笑えた。アレクシスの鼻を明かしたのは生まれて初めてのことだった。エリュシオン人どころか惑星を破壊する罪をこの手で犯した罪悪感よりも、それはずっと強烈で鮮烈な感動だった。
「残念だったなアレクシス。父さんは俺にも最終承認権を与えていたんだ! 俺は認められていた、お前に負けていなかった……!」
わめくローラントを軍人たちが取り押さえた。しかし、その力もどこか弱く、今このときに命令に従うことに対し疑問を抱いているようだった。
司令本部内外でも軍人たちの絶望の絶叫が響き、誰もが突然の事態に混乱していた。惑星全土に逃げ場がなく、惑星外へ逃げようものなら撃墜される。突如訪れた終末を目前に、誰もなす術がなかった。
アレクシスが持っていた銃を落とした。それから、ローラントを取り押さえていた軍人たちに離すよう命じた。軍人たちは、しばらくその場に佇んでいたが、やがて蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「お前の勝ちだよ、ローラント」
ぽつりと言って、アレクシスが踵を返した。背中を向けられたローラントは、今度は体の内側で爆発する怒りを感じた。気づいた時には殴りかかっていたが、アレクシスに避けられた。勢い余って倒れこんだローラントを、アレクシスが悲しい目で見下ろしていた。そのせいで、ローラントの怒りはさらに燃え上っていく。
「その目が嫌いだった、お前のその目が……! 何もかも自分の方が優れていると思っているのか? 俺を哀れむな!」
「違う」
静かに、だが強い声でアレクシスは否定した。
ローラントは落ちていた銃をアレクシスに投げつけ、起き上がりざまにアレクシスに飛びかかった。アレクシスの頬を一発殴ったが、すぐにアレクシスに形勢を逆転された。馬乗りになられて、銃のグリップでこめかみと喉を殴られ、それから銃口を向けられた。だが、いつまで経ってもアレクシスは引き金を引かなかった。
「撃て、撃てよ!」
ローラントは銃を掴み、喉から血が出るほどの大声で吠えた。アレクシスが安全装置を解除していないと気づいて、怒りは限界を超えた。体が溶けそうなほどの煮えたぎる怒りが全身を支配した。
これまでアレクシスには何度も銃口を向けられてきた。施設や学校での訓練中にペイント弾を死ぬほど撃ち込まれた。一方のローラントは、一度もアレクシスにペイント弾を撃ち込めたことはなかった。どちらを兄とするかを殴り合いで決めた時も勝ったのはアレクシスだった。
アレクシスは再び銃のグリップでローラントのこめかみを殴ると、立ち上がって分解した銃を捨てた。
「この惑星は終わりだ、エリュシオン人類も死に絶える。何の意味もない、全て、何もかも……! 喧嘩もこれで終わりだ、ローラント。お前とは戦いたくない。いつも戦いたくなかった」
そう言い捨てて、アレクシスは出て行った。司令部にはローラントだけが取り残された。
他の軍人たちもすでに逃げ出していた。おそらくは宇宙船に乗ろうとしているのだろう。銀河連盟によって惑星外への渡航は禁止されているため、宇宙へ出られたとしても船ごと撃ち落とされるに違いないのに、それでも逃げるのだろう。
「ああ、あは、あはは! どうせ誰も逃げられやしないのに……。でも、なんでだろうなあ。理由が分かる気がするんだ。そう簡単に諦めるようには、人間できてないよな。……俺も、勝ち逃げされたままは、嫌だ」
ローラントは手放しかけた意識を無理やり引き戻し、立ち上がった。足掻くための時間はまだ残っていた。




