人の理想の成れの果て
敗戦国の王城が爆弾によって見事に破壊されていく様を、ローラントは小高い丘に建てられた民家の屋根から眺めていた。心が揺さぶられたのは一瞬のことで、すぐに爆煙しか見えなくなり、音が届いた頃には興味を失っていた。
屋根に寝そべるアレクシスは、さらに興味を失うのが早く、起爆した直後には手元の本へ視線を戻していた。それは民家から勝手に取った薄い詩集で、表紙に花の絵が描かれた。
「それ面白いのか?」
「さあ、よくわからない」
帝国は占領国に特有の文化を破壊すべき物と定めており、それを構成するものは城であれ一冊の本であれ存在を許されなかった。そんな文化構成物を破壊するでもなく読んでいる姿を見られれば罰を受ける可能性があったが、幸い屋根の上には二人のほかに誰もいなかった。
「行こう」
詩集を読み終えたアレクシスが民家の窓から中に入ったので、ローラントも後から続いた。家の床は泥だらけになっており、金目の物はすでに没収された後だった。
一階まで下りると、リビングルームで軍人が民家に住まう家族をリンチしている最中だった。父親と思しき男がテーブルの上で裸に剥かれて死姦されており、殴られた顔はぱんぱんに腫れ上がっていた。ソファーにはその妻と息子と思しき二人が、軍人たちに銃を向けられ大人しく座っていた。二人は父親が暴行され始めた時は屋根の上にいるローラントたちにも聞こえるほど大きな声で泣き叫んでいたが、今は魂が抜けたように呆然と犯されている男を見ていた。
軍人たちはローラントとアレクシスを見て、下卑た笑顔を消した。アレクシスが銃を抜き、母親と息子の頭を撃ち抜いて殺した。飛び散った血や脳漿が壁にかかっていた海の風景画を赤く染めた。
後で二人を交わらせようと企んでいた軍人たちがかっとなってアレクシスに迫ろうとしたが、結局彼の顔立ちそのものに恐れをなして振り上げた拳を下ろした。
ローラントはアレクシスと共に家を出た。外の空気は薄汚れており、血や硝煙、汚物や人や物が焼ける臭いがした。
「なんで殺した?」
「あと三十分もすれば死んでいたから殺した」
すげなく言って、アレクシスは道端の火に詩集を投げ入れた。その下で燃えていた破壊対象の文化構成物と同じように燃えた。
「そんな奴らそこら中にいくらでもいるだろ」
ローラントは顎で道端に立たされている王国民たちを示した。がくがく震えながら泣く彼らには軍人たちが銃を向けており、暇つぶしに殺されようとしていた。
他にも似たような連中はいくらでもいた。口に銃を突っ込まれて女の軍人に犯されている男、親を殺せば生かしてやると言われて小さな手で必死に母親の首を絞めている子供、トラックに乗せられて労働力や母体用に帝国へ送られようとしている人々。
「ああ、キリがないな、本当に」
アレクシスは乾いた声で言った。彼はもう銃を抜かなかった、手は地面に向けてだらりと垂れていた。
「帰りてえな、見学飽きた」
言って、ローラントは先ほどの民家でくすねたチョコレートという菓子をかじった。ただ甘く、退屈な味がした。帝国の司令庁舎で冷たい視線を浴びるよりもずっと退屈だった。
つい先日十四になったローラントはアレクシスと共に帝国軍に入隊させられ、元帥の親衛隊に配属された。主な仕事は元帥の護衛任務であり、前線に送られる見込みはなく、飽きるほど受けさせられた軍事訓練が活かされる見込みもなかった。今日も占領したばかりの小国の見学に派遣させられただけで、戦闘に参加させられることもない。
活躍できる場がなく手柄を上げられそうもないことで、ローラントは焦りを感じていた。士官学校にいた頃は自分の力を誇示するために戦場に行きたかったが、今は元帥の期待に応えたいという思いが勝っていた。
元帥とは、配属後に初めて直接会うことができた。それはローラントの期待を大きく裏切るものだった。国営放送で日夜帝国民を鼓舞する姿とはまるで違っていたからだ。
ローラントとアレクシスに瓜二つの顔には深い影が差し、灰色の瞳は猜疑心でぎらついていた。反乱を企てた部下に撃たれたという腕には包帯を巻いていた。
「よい働きを期待している、我が息子たち」
けれども、その一言でローラントは心を動かされてしまった。生まれて初めて感じる父との繋がりに、得も言われぬ感動を覚えたのだ。いつも隣にいるアレクシスへの対抗心とは違う感情が沸き起こった。この人に認められたいと、訓練で飢え苦しんだ時に水を求めた時以上に、その願望がローラントを支配した。
一瞬で心を奪われたローラントとは対照的に、アレクシスは変わらず冷たい目で息子と呼んできた男を睨んでいた。
アレクシスは機嫌が良い時がほとんど存在せず、常に気が立っていて人を寄せ付けない。しかし、その時の彼は不機嫌を通り越して憎しみをもって元帥を見つめていて、ホルスターから銃を抜くのではとローラントがひやひやするほどだった。
今こうして占領地の道をぶらついていても、アレクシスはその時と同じくらいの苛立ちを覚えていた。ローラントには、双子だからか、不思議とアレクシスの感情を自分の感情のように感じることができた。
「俺はあんな臆病者のところには帰りたくない」
アレクシスが吐き捨てるように言った。元帥は部下に撃たれて以後、執務室からほとんど出てこなくなり、司令部庁舎でも陰口を叩かれていた。
ローラントはアレクシスの肩を掴んで頬を殴りつけた、よりにもよってアレクシスの口から父親の悪口を聞いて何もせずにはいられなかった。アレクシスはよろめいたが、次の瞬間にはローラントの頬を殴りつけてきた。
さらにアレクシスを殴り返そうとしたが、遠くから二人の名前を呼ぶ声がして、ローラントは動きを止めた。ローラントとアレクシスを占領地まで連れてきた将校が探しに来たらしかった。
「他に帰る場所なんて俺たちにはねえんだよ」
ローラントは、自分でも驚くくらいに静かな調子で言った。しかし、占領地で好き勝手する軍人たちの汚い声や破壊の音に紛れて消えなかった。
アレクシスは何も言わず唇の血を拭った。同じ灰色の瞳には、自分ごと焼いてしまいそうな怒りの炎が燃えていた。




