血は故郷の香り
北エリアの会議室に入ると、話し合いをしていたヴレードル支部の重役たちが一斉に立ち上がった。そのうち二人はホログラムだったが、他十人は生身だった。
彼らは一般職員と違い戸惑いや疑念を顔に出すことはなかったが、重い空気がアレクシスに対する感情を表していた。
「ご足労いただき感謝する」
アレクシスが椅子に座ると、重役たちも座った。ヴァイオレットは、空いている席がアレクシスの隣しかなかったのでそこに腰掛けた。
全員の意識を繋ぎ会議を数十秒で終わらせることもできたが、ヴァイオレットがいたのでこのまま話をすることにした。
「俺がテロリストと兄弟だと思われていることで支障が出ているな?」
断定的にアレクシスは問うた。ヴレードル惑星支部長がうなずくと、他の重役たちもそれを認めた。
「ヴレードルにある商会の工場や倉庫、宇宙船はいずれも大きな被害を被っていません。ですが、会長のお顔とテロリストの顔はヴレードル中に知れ渡っており、ヴレードルの株式市場が再開されればアクラシエル商会の株価が暴落することは間違いありません」
「では声明文を発表しろ。俺と奴は血縁関係ではない。俺やアクラシエル商会は今回のテロに一切関与していない。奴の主張も一切支持しない。そして、暫定惑星エンナ所有者としても、エンナ明け渡しどころか割譲も絶対に認めないと」
「分け与えられないんですの?」
全員の視線がヴァイオレットに向けられた。緊張していた空気が一気に微妙なものに変わる。アレクシスは、迷った末、ヴァイオレットの額を軽く指ではじいた。
「冗談はそこまでだ、君は黙っていろ」
「痛いですわ……! では、帰る故郷を失ったローラント様は一体どこへ行けばいいのですか?」
「刑務所か墓、以上だ」
アレクシスはさっそく送られてきた声明文のドラフトを確認し、承認した。それから横から声明文に文句を言い出しそうなヴァイオレットの口を手で覆った。
「企業連合の動きは?」
重役の一人が挙手し、手を動かすと空中に資料画像が展開された。
「エスペラントは連合傘下企業連名でテロへの関与を否定しました。機械脳爆発については現在調査中とのこと。連合製の機械脳で爆発が認められたのは現時点で完全機械脳のみですが、一部のみ置換している者も不安に駆られ、使用者は錯乱状態にあり、拘束されている者や暴徒化した者もいます」
他の重役も手を上げて発言を求めた。
「商会製の機械脳のセキュリティが破られた案件は確認されておらず、こちらはすでに製品に不具合はないこと、それから不安があればスタンドアロン状態へ移行するようリリースを出しています」
アレクシスは頷いた。
「連合のイニョンの動きは掴めているか?」
「筆頭理事イニョンは姿をくらまし、インターネット上でも存在を確認されていませんが、ヴレードル内にいることは確実です。機械脳生産元の企業はすでにテロリストへの情報流出の件で当局の捜査を受けていますが、筆頭理事までは捜査の手は向かっていません」
「当局に先んじて捜索しろ、イニョンは今回のテロに関わっているはずだ。露見すれば企業連合もイニョンを完全に見限るだろう」
重役の一人がうなずいて会議室から退室した。
中指の内側を噛まれたのを感じ取り、アレクシスは横へ視線を向けた。ヴァイオレットがじいっとこちらを見ていた。手を下ろすと、ふん、と言ってそっぽを向かれた。
「声明の発表が完了しました」
空中に新たなウィンドウが追加された。声明文に対する市民感情や反応が数値として表示されたそれは、数値が上向くにつれてわずかに緑色に変わった。
「ご苦労だった。それでは会議は終わりだ。必要があれば招集する。それまで各自仕事を続けろ。何かあれば家の中にいるロボットに言いつけるといい」
解散、の一言で、重役たちは会議室を出て行き、ホログラム姿の役員も姿を消した。アレクシスが席を立とうとすると、ヴァイオレットがシャツの袖を掴んできた。
「あの、アレクシス様。外へ行かれたりしませんよね?」
アレクシスは、口を開く前にテーブルに触れ、部屋に鍵をかけて完全防音仕様に変えた。
「ああ、行かない。俺はローラントというテロリストとは何の関係もない、アクラシエル商会の会長のアレクシス・フェーニクス・アルトナーだ。そう在るべきだったことを思い出した」
ヴァイオレットは安心した様子だったが、微笑は控えめだった。
「先ほどの発言は本気ですの?」
「ローラントが行くべき先は刑務所か墓か、それは確かだ。テロは絶対に成功しない。イニョンや、その取り巻きの手引きによってヴレードルへ侵入が可能だったんだろうが、ここで打ち止めだ。頃合いを見て船で逃げるつもりだろう。ヴレードルの対惑星兵器がテロリストの手に渡ることはあり得ない、はったりだ」
「ですが……」
「惑星ソドムの名誉回復のため、なんて奴の言葉を本気にするなよ。本気で言っていたとしても、言葉に酔っているだけだ。自分で破壊した惑星の、その責任を誰かに擦り付けたいだけの愚か者だ」
ヴァイオレット、と名前を呼んで不安げな顔をしている彼女の気持ちを宥めようとした。
対するアレクシスの気持ちは落ち着いていて、こびりついた血のように消えなかった自責の念も晴れていた。
「俺たちの帝国は選択を誤ったんだ。先ほどは傲慢にも自分のせいだと宣ったが、俺がローラントを殺して隕石誘導の最終承認を阻止しようとも、いつかは別の方法で帝国は惑星を滅ぼす道を歩んだだろう。戦争で勝つために自分たちを最適化して、惑星中そんな人間どもで満たそうとした。だが、戦って勝つことを突き詰めすぎて、取り返しのつかない戦争を引き起こして自滅した。俺たちの不自然な形質は、不自然で当然だったんだ。誰もが競争に過剰適応しては社会は立ち行かない、だから人間は多種多様な形質を持っていた、それを捨てれば待つのは終わりだけ。試すまでもないことだった、自明の理だったのに」
話しているうちにアレクシスは誰を説得しようとしているのかわからなくなった。ヴァイオレットは相も変わらず納得していなさそうな顔をしていた。
「ローラントは宇宙侵略を夢見た帝国の亡霊だ、世界に新しい戦争の種を蒔こうとしている。銀河連盟最大の失策はソドムだったかもしれないが、他にも多くの惑星の国々で起こっている争いを収めきれていない。その不満を増幅させて、銀河中で大戦争を引き起こすのが本当の目的だ。海賊を率いて船を襲っているのも戦争に向けた資源や労働力の確保が目的だったんだろう」
「どうしてそんなことまでわかるんですの?」
「……ローラントの考えることは、不思議といつも理解できるんだ」
目を瞑れば、金臭い血の香りが鼻先を掠める。それは故郷で幾度も鼻先を嗅いだことのあるものだった。ローラントの運命を予感させるものだった。




