心は灰の下に
ヴァイオレットはホテルの部屋に戻るなり、ブレスレット型デバイスからコーディネーターに連絡を入れた。
五人とはお見合いをできたが、体調が悪くなって最後の一人とは会えずじまいだったこと、それから最後の一人は向こうが断るなら粘らないでほしいことを伝えた。
コーディネーターはすぐに返事を寄越した。承知しました。たった一言、それだけだった。
そっけなさすぎる返事にもやもやした自分を、ただの客であることを忘れてはいけないと戒めた。
惑星エンナを出た後、ヴァイオレット一人では大富豪たちと知り合うことすら困難だったので、異星間での婚姻を希望する人々を支援するサービスを展開する会社がある惑星ヴレードルに来た。
お見合い希望を出し、相手は途方もない金持ちが良いと言ったヴァイオレットに対し、コーディネーターは微妙な反応を示したものの、見事に相手を揃えてくれたのだ。感謝こそすれ、文句を言える立場ではない。ましてやコーディネーターは人格持ちのAIであり、自分専用のサーバー搭載ボディを買うために仕方なく働いているだけなのだ。
ヴァイオレットはシャワーを浴びてベッドに寝転んだ。すべすべしているシーツを足で撫でながら、お見合い相手たちの手ごたえや気になった点をメモした。
部屋を真っ暗にして目を瞑ると、お見合い相手たちの顔が浮かぶ。じっとりとした眼差しや声色とを思い出し、自分で自分を抱きしめた。
想像も及ばないほどのお金持ちたちが惑星を競り落とすほど惚れ込んでくれるのか、もしくはそれだけの金を自由に使わせてくれるのか。もし結婚できたとしても吝嗇だったとしたら、その時自分は――
ヴァイオレットはさらに腕の力を強めた。もう考えるのをやめたいのに、やめられない。
その人が居住している惑星の法は様々だが、配偶者の遺産はその妻や夫に相続される。つまり、もしかしたら、自由に使える財産を得るために、結婚相手を手に掛けるかもしれない。
ただでさえ本音を隠して結婚することを考えるだけでも憂鬱なのに、その先にはさらに暗澹たる未来が待っているかもしれないと考えると、自己嫌悪で吐きそうになる。
ヴァイオレットは必死で嫌な考えを頭から追い出し、眠りに落ちた。
目を覚ますと、惑星ヴレードルの太陽の光が部屋に差し込んでいた。その光は故郷エンナでいつも見ていた光よりも強烈に感じられた。
支度をしながらニュースやメッセージをチェックしていると、コーディネーターから連絡が来ていた。
見合い相手たちとの次の予定の件かしら、と思いつつ確認すると、アレクシスが今日の午前中に会いたいそうです、と書かれていた。丸一日空いているから、どんなに早くても遅くても構わない、とのことだ。
ヴァイオレットは首を傾げた。
ひょっとして、本当にあの愚痴を聞いていなかったのかしら?
完全に納得はできなかったが、ホテルのラウンジで待っていますと返事をした。みっともない真似かもしれないが、相手が会ってくれるならヴァイオレットに断る選択肢はなかった。
ラウンジでヴレードル特産のフルーツジュースを飲んでいると、アレクシスが姿を現した。ヴレードル時間の午前九時のことだった。
「急なお願いだったのに会ってくれてありがとう」
「こちらこそ会いたいと言ってくださって嬉しいです。昨日はありがとうございました。おかげで元気になりましたわ」
ヴァイオレットは明るい笑顔で言った。これは特にコーディネーターからの指示ではなかった。
コーディネーターからはアレクシスの好みは不明であると言われ、気に入られるための策を伝授してもらえなかった。
ヴァイオレットも自分でアレクシスのことは調べたが、その知名度からは信じられないほど個人的な情報の少ない人物で、好物一つ明らかにならなかった。そのため、ヴァイオレットは当てずっぽうで気力に満ち溢れた人を演出していた。
アレクシスが注文したコーヒーが届き、会話を始める段になっても、ヴァイオレットは話題を切り出すことができなかった。どうしても昨日の愚痴を聞かれたように思えたし、もしそうだったら何故会ってくれたのかわからず気味が悪かった。
「改めて自己紹介をさせてもらおう」
悩んでいるうちにアレクシスが口を開いた。ヴァイオレットはすっかり忘れていたが、二人はまだ自己紹介もしてなかった。
「俺はアレクシス・フェーニクス・アルトナー。アクラシエル商会の会長を務めている。出身は地球だが、今は仕事で移動ばかりしていて船が家のようなものだ」
「私はヴァイオレット・ヴァーノンと申します。惑星エンナの出身で、家業の花卉栽培を手伝いながら学校に通っていましたわ。今はこうしてお見合いのためにヴレードルに来ていますが、他の惑星に来たのは生まれて初めてです」
ヴァイオレットは引き続き明るい笑顔を浮かべていたが、アレクシスはヴァイオレットをじっと観察するばかりでにこりともしなかった。
「私の顔に何かついていますか?」
「失礼、君とよく似た人を見たことがある気がしたんだ。食用花を扱う会社の社長が連れていた気が……」
「もしかして、バーベナのことかしら。彼女、何年か前にエンナを視察で訪れた方と結婚して別の星へ移住したんです。ああ、でもいつからか便りも絶えてしまって、心配していたんですの。この宇宙のどこかで生きているなら嬉しいですわ」
ヴァイオレットはバーベナの事を思い出して胸が温かくなった。
バーベナが秘密裏に惑星エンナを出て行ったあの日、ヴァイオレットもさようならを言えた一人だった。彼女は異星人と恋に落ちたが、両親に結婚を認めてもらえず、それでも彼と一緒に居たいと言ってエンナを出たのだ。
エンナ人が惑星の外へ出ることはほとんど禁じられている。それはエンナ人たちの古い言い伝えによるものだったが、現在に至るまで厳格に守られており、貿易のためであっても惑星の外へ行くことは禁じられていた。
また、エンナ人以外が惑星エンナに足を踏み入れることも同じくらい忌避されており、バーベナの結婚相手もかなり無理を押して視察に来たのだった。
「エンナ人は絶対に惑星の外に出ることはなく、彼らと貿易を行っている企業ですら会うことは稀と聞いていたが、君はどうしてヴレードルに来た?」
ヴァイオレットは微笑みを誤魔化し用のそれにシフトさせた。お金の為ですとは口が裂けても言えなかった。
惑星の外へ出て異星人たちと交流をしてきたが、お金のためだけに結婚することを良しとする民族はいなかった。そしてそれはヴァイオレット自身も、エンナ人も同じだった。
ヴァイオレットの父もこの計画を知って猛反対した。しかし、母は愚直に企業たちと戦うより勝算があると見てこっそりとヴァイオレットに協力し、貿易船の乗組員を買収してヴァイオレットをエンナの外へ送り出した。
「エンナ人以外の人と結婚したいと思うエンナ人が居ても不思議ではないでしょう? アレクシス様も同じ思いだからこそヴレードルにいらしたのではなくて?」
ヴレードルは永久中立惑星に指定されており、銀河連盟本部や宇宙裁判所がある惑星だ。銀河中の惑星国家からの拠出金によって運営されており、あらゆる惑星から派遣された役人たちが運営する統一国家が一つあるのみで、異星人交流のための場となっている。
「……そうだな。俺も君と似た理由でここへ来た」
そこで一度言葉を切ると、アレクシスは空になったコーヒーカップを置いた。そして、再びヴァイオレットを見つめる。それは他の見合い相手たちが向ける視線とは異質なもので、でれでれして鼻の下を伸ばすようなものではなかった。ヴァイオレットは息を止めてその眼差しを受け止めた。
灰の瞳は、とても美しかったが、さながら降り積もった灰のように彼の心を覆い隠していた。
無言の時間は長くは続かなかった。アレクシスが視線を逸らし、空中をじっと注視したからだ。目に何らかの通信デバイスを入れている人特有の視線の動きだ。ヴァイオレット含めエンナ人は体に機械を埋め込むことを好まないが、異星人の中には平気でそういうことをする人もいるのだ。
「すまないが、仕事が入った。今日はこれで失礼する」
「わかりましたわ。お気にならさないで」
「君はいつまでヴレードルに滞在する?」
「結婚相手が決まるまで、ですわ」
「その時まで俺が君の予定を全て埋めてもいいか?」
フルーツジュースの中の氷がからんと音を立てた。ヴァイオレットが戸惑っていると、アレクシスは席を立った。
「俺は君と婚約したいと考えている。君も前向きに検討してほしい、という意味だ。だからもうほかの見合い相手とも会わないでほしい」
「え……? そ、そんなこと、できませんわ」
まだ、とほとんど音になっていない声で付け加えた。
アレクシスの資産には抗いがたい魅力があったが、彼がヴァイオレットのためにその資産を使ってくれるかは不透明だ。今は決断できる段階ではなかった。
「そうか、それは残念だ。次に会った時には色の良い返事を貰えるよう努力する」
顔色一つ変えずにそう言って、アレクシスはラウンジを後にした。
「地球人って人を口説く時にあんな台詞を吐くのににこりともしないものなのね」
ヴァイオレットは独り言ちて、残ったフルーツジュースをすすった。
一人になったヴァイオレットは、じっくり悩んだ末、コーディネーターにアレクシスとまた会いたいとメッセージを送った。
どこがどう気に入られたのかまったく理解できなかったが、相手が気に入ってくれて、ヴァイオレットも相手に不快感を覚えなかったので、ここで終わりにする理由はなかった。
コーディネーターからすぐに返事が来た。アレクシスもまた会いたいと言っています、他の五人もまた会いたいそうなので場を設けます、とのことだ。
「悪くない滑り出しだわ」
弾む声で言って、ヴァイオレットはラウンジを後にした。ジュースの会計をしようとしたが、アレクシスが出て行くときに払ってくれていた。




