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君に捧ぐ花の星  作者: 水底 眠
第3部
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地上の混沌を逃れ

 ローラントの犯行声明を見終え、言葉を失ったヴァイオレットの耳元に、支援者たちが情報を吹き込んできた。


 脳圧上昇による死亡者数はすでに百を超えていること、パニックに陥った首都圏では事故が多発していること、さらにはテロに同調した人々が暴動を始めかねないことなど、耳を塞ぎたくなるような事実ばかりだった。


 ヴァイオレットは、オークション中とは別の意味で震え始めた手をぎゅっと握りしめた。イニョンに競り勝った感動は、完全に消え去っていた。


「情報を提供してくださりありがとうございます。皆さんもヴレードルにいらっしゃるなら一刻も早く安全を確保なさって。機械脳をお持ちなら尚の事、通信を完全に断ってどうか安全な場所へ」


 支援者たちは口々に無事を祈り合い、支援者室から退室していった。ヴァイオレットがイヤリングを外すと、視界に重なっていた拡張現実も一緒に消えた。


 現実空間では、ちょうどオークショニアや職員たちが走って会場から出て行くところだった。部屋に残っているのはアレクシスとヴァイオレットの二人だけだった。


「手続きは完了した。以後、惑星エンナの所有者は俺だ。エンナと商会が契約を結んだ後には全権は惑星エンナへと戻る」


 アレクシスはヴァイオレットを抱き上げ、その体を覆い隠すように密着させた。


「もうここに用はない」


 ヴァイオレットが下ろしてほしいと言う間もなく、アレクシスは周囲を警戒しながら歩き出し、そのまま会場の外に出た。待合ホールには依然遺体が転がっていたが、息を止めて目を背けた。


 建物の外に出た瞬間、アレクシスの車が乗りつけた。アレクシスがヴァイオレットを抱えたまま乗り込むと、すぐに車は空中へ浮上し、夥しい数の車がひしめき合う空を縫うようにすさまじい速度で飛んだ。


「それで、何が起こっているんだ?」

「テロのようです。ローラント様の犯行声明も出ております。目的はエリュシオンに対する銀河連盟の謝罪、それから惑星エンナを明け渡すことですわ。すでに死亡者数は百を超えているそうです」

「……そうか」


 アレクシスは胸の内に抱えた重い物を全て吐き出さんとするように深くため息を吐いて、空中をじっと注視し始めた。おそらく視界に浮かぶテロにまつわるニュースを読み始めたようだったが、時間が経つにつれてその顔は血の気を失い真っ白になり、彼が普段纏っている堅牢な鎧のような張り詰めた空気も消えていった。


「アレクシス様……」


 ヴァイオレットは内臓が浮き上がる感覚を覚えて口を閉ざした。早くも車がアレクシスの別荘に到着し、高度を下げていた。


 車を降りて屋内に入ると、別荘は最高レベルの防御態勢に入ったことを告げた。


 アレクシスはヴァイオレットの手を引いて家の中をどんどん進んでいった。急に廊下の途中で止まり、何もない壁に触れた。その途端、壁は一瞬でエレベーターの扉に変化した。呆気に取られているヴァイオレットを引っ張り込むようにアレクシスはエレベーターに乗った。


 エレベーターは、上昇するかと思われたが、下降した。エレベーターが止まって扉が開くと、薄暗い地下空間が広がっていた。


 エレベーターを降りると、扉が閉まり、そのまま現れた時と同じように壁と同化して見えなくなった。

 地下空間は、地上の別荘と同じようにだだっ広く、天井がうっすらと発光して空間を照らしていた。地下空間は殺風景で、空間を区切る壁もなければ家具の一つもなかった。


 アレクシスは戸惑っているヴァイオレットを引き寄せて強く抱きしめた。ヴァイオレットは本当に息ができなくなり、アレクシスの背中を叩いた。


「すまない」


 アレクシスは腕の拘束を緩め、ヴァイオレットの首筋に顔をうずめた。それは感動を分かち合うため抱擁ではなく、溺れた者が空気を求めてもがいているような必死さだけがあった。


「アレクシス様、改めてエンナを救っていただきありがとうございました。言葉には言い尽くせないほど感謝しております。エンナ人を代表してお礼を申し上げますわ」


 徐々にかかってくる体重が重くなり、ヴァイオレットは背後の壁に寄りかからざるを得なくなった。無機質な白い壁はひんやりと冷たく固い。


「ところであの、どうして地下へ?」

「この別荘は地下が一番安全だ。たとえ地上が焼け野原になろうとも、隕石が降り注ごうとも、ここだけは無事だ。どうか君はずっとここに居てくれ……」


 アレクシスの言葉が途切れた頃には、ヴァイオレットは抱きしめられたまま座り込んでいた。ヴァイオレットはアレクシスの体の重みで呼吸が苦しいほどだったが、それ以上に彼から伝わってくる感情の痛ましさで胸が詰まりそうだった。


「わかりましたわ、私はここにおりますから安心なさって」


 言って、アレクシスの背中を撫でるが、彼の心は少しも軽くならず、むしろ不安が膨れ上がっていくようだった。


「ありがとう。俺はもう一度外へ出るよ」


 その乾いてざらついた声に、ヴァイオレットは反射的にアレクシスの服を掴んでいた。


「……政府から外出禁止令が出ていますわ。それなのに、どこへ行くおつもりですの?」

「ローラントを探しに行く」

「会って、どうなさるの?」

「殺す」


 顔を上げたアレクシスの瞳は、焼けつくような感情を映していた。ヴァイオレットは我知らずごくりと唾を飲み込んだ。口がからからに渇いていた。


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