二匹の死に損ない
アレクシスは一歩、二歩と後退し、ローラントと距離を取った。その動きは精彩を欠いており、ヴァイオレットの目にはよろめいているようにも見えた。
「本当にお前なのか、ローラント」
「ああ、そうだよ。正真正銘お前の弟だよ、アレクシス。たとえ何千、何億光年離れた場所に居ようとも、何となくお互い生きてるって感じてただろう?」
「体の半分を機械に置き換えたお前のことなどわからないさ。何をしに現れた? あの死体はお前の仕業か?」
「おいおい、俺たち感動の再会の最中だろう、そんなことより聞くべきことが沢山あるんじゃないか? たとえば、どうやって俺がソドムから脱出したのか、どうして今日になってお前の前に姿を現したのか、とかな」
黙れ、とアレクシスが聞いたこともないような低い声で唸るように言った。
「お前の事情など知ったことかよ。興味があるとすれば、どうやったらお前の口を閉じられるか、それだけだ……!」
吠えたアレクシスは、賢者の灰でできたスーツをフルフェイスヘルメットとボディーアーマーに変えた。一瞬のうちにローラントと距離を詰め、腕を掴んでローラントの下に体を潜り込ませると、ローラントの体を背中に乗せてそのまま一気に地面に落とし、衝撃で義手を逆方向に折った。疑似皮膚が裂け、皮下の金属組織や神経コードが凄まじい音を立てて破壊された。
ローラントは一瞬だけ顔をゆがめたが、すぐに両足でアレクシスの首を挟んで地面にたたきつけ、そのまま首を締め上げた。アーマーが軋みを上げたが、アレクシスはローラントの脚の間に腕を突っ込んでこじ開けて脱し、再び距離を取った。
ローラントはだらんと垂れ下がった自分の腕を見て、怒りを露わにするどころか、にやっと笑った。
「お前、体のどこも機械に変えてないだろう? だというのにこの義手を破壊されるとはね。あの頃から何も変わっていないな、つくづく恐ろしい男だよ」
「そういうお前はますます愚かになった。この俺の前にわざわざ商品をぶら下げて、壊してくれと言っているようなものだ」
その時、突如として轟音が鳴り響き、高速で接近してきた飛行バイクがローラントの側に着陸した。アレクシスが鋭い蹴りを放ったが、ローラントはバイクに乗り、すぐさま空中に浮上して避けた。
「これ以上お前とやり合う気はないよ、アレクシス。近くに寄ったからお前と義姉さんに挨拶しに来ただけさ。じゃあな、せいぜいまた生き延びろよ」
ローラントは無事な手でハンドルを握り、ヴァイオレットの方を目がけてバイクを発進させた。アレクシスがヴァイオレットに飛びかかって覆いかぶさり、間一髪で避けた。ローラントの乗ったバイクは見る見るうちに遠ざかっていった。
アレクシスはローラントが戻ってこないと見ると、すぐにヴァイオレットを助け起こした。
「怖い思いをさせてすまなかった、怪我はないか?」
ヴァイオレットは頷くのがやっとだった。出血こそしていないもののローラントに乱暴な扱いを受けてあちこち痛みを覚えており、無理やり見せつけられたものや聞かされた恐ろしい話の衝撃から立ち直れていなかった。
「何が起こっているかは定かではないが、ほどなくオークションの開始時刻だ。会場へ戻ろう」
アレクシスはアーマーをスーツに戻すと、ヴァイオレットを抱えて立ち上がり、踵を返してオークション会場へと戻った。
建物内も騒がしくなっており、かすかに血の匂いが漂っていた。
待合ホールでは、カフカは親族の一人が機械脳所有者らしく、その親族は近づかないでと泣きながらと逃げ回っていた。ルーベンスは連れも含めて姿はなく、すでに避難したようだった。イニョンは会場内にいたが、爪を噛んで激しい怒りを抑えている様子だった。機械脳が破裂した護衛が足元に転がっていたが、イニョンはまるでそちらを気にもしない。
「オークションはどうなる?」
アレクシスは会場の扉の前で震えている職員に尋ねた。職員は破裂した機械脳の血を浴びたショックで口が利けなくなっていたが、アレクシスが質問を繰り返すと首を振った。
「わ、わかりません、一体何がどうなっているのかも……」
アレクシスは埒が明かないと見ると、閉ざされていた会場の扉を開けて中に入った。会場内にはオークショニアや職員がおり、真っ青な顔で話し合いをしていた。
「外で尋常ならざる事態が進行中のようだが、テロや戦争が発生していた場合でもオークションは行われるか?」
平然とした顔で尋ねるアレクシスに、職員たちはぎょっとしていた。抱えられたままのヴァイオレットも呆然とした。
「会場内にテロリストや暴徒が押し掛けない限りは進行可能だろう。この建物はそれなりのセキュリティレベルだと推察するが、いかがか?」
「そ、それは、そうですが……。事態が確認できない以上、判断は難しいと言えます。我々も避難しなければいけないかもしれません」
「判断していただかなくては困りますな。このオークションには惑星一つ、その住人達三億人の命運が懸かっている。不当なテロや侵略行為に左右されるべきではない」
オークショニアたちは最初戸惑っていたが、アレクシスの言葉に感化されたようにその表情には徐々に覚悟が浮かび始めた。職員が会場の外に参加者を呼びに行っている間、ヴァイオレットはアレクシスに耳打ちした。
「外で起こっていることは放っておくおつもりですの?」
「戦争やテロの対処は警察や軍、ヴレードル政府や銀河連盟の仕事だ、俺の出る幕ではない。これは十中八九あの女の陣営が引き起こした事態だろうが、なぜかイニョンもこの事態を把握していなかったと見える。この土壇場で誰かが裏切ったのかもしれない。あの女を叩くなら今だ。外の事態に巻き込まれるのを恐れて逃げ出して、この千載一遇のチャンスまで手放すわけにはいかない」
アレクシスは鬼気迫る表情で、自分に言い聞かせるように言った。ヴァイオレットを抱える手にも痛いくらいの力が込められていた。
ヴァイオレットは安全な場所へ逃げたいという気持ちをぐっと抑え込んで、頷いた。
会場へ戻ってきた職員が、カフカとルーベンスは参加を取りやめたと伝えた。
オークショニアたちが慌ただしく準備を進め始めた時、イニョンが取り巻きたちと一緒に会場内に入ってきた。
「この状況でオークションを始めるなんてあんたたち気が触れているの? このサイレンが聞こえないわけ? 私はオークションの参加者の一人として延期を要求するわ」
「オークションの規約にはテロにより開催を中止するとは書かれていない、よってその要求は認められない。テロが恐ろしいなら棄権してさっさと逃げればいいだけだ」
アレクシスが冷たく言い放ち、イニョンの取り巻きたち一人一人の顔をじっくりと見た。
「見たところ、爆発した機械脳はどれもエスペラント企業連合傘下の企業のものだったな。脳圧の異常な高まりによる破裂のようだが、テロリストに情報が流れたのか? 賠償は確実だろう、ともすればエンナを競り落とすより高くつくかもしれない。テロより恐ろしい事態に見舞われるだろうが、オークションに参加して大丈夫か?」
かっとなったイニョンがそばにあった椅子を蹴り飛ばした。
「黙りなさいよこの異常者! こんな状況でオークションを敢行させようなんて頭がおかしいわ。そうまでして惑星を競り落として、あんたに一体何の見返りがあるっていうの?」
「見返りがなかったとしても、俺がやることは変わらない」
アレクシスは席に着いて、ヴァイオレットもその隣に座らせた。
イニョンは舌打ちをして、しばらく立ちすくんでいたが、やがて席に着いて足を組んだ。彼女が必要以上に動揺しているのは誰の目にも明らかだったが、取り巻きたちも不安げにしているだけで理由を知っている者はいないらしかった。ただ一人、蜂蜜色の瞳のイニョンの妻だけは異様に落ち着いていて、微笑んでいるようにさえ見えた。
ヴァイオレットはイヤリングを付けて入札支援者たちと通信を繋いだ。視界に拡張現実が重なり、会場内に支援者たちのアバターが見えるようになった。
発生したテロについて心配する声がいくつも耳に飛び込んできたが、ヴァイオレットは安全な場所にいること、それからオークションは予定通り始まることを伝えた。
隣のアレクシスを見た。彼の瞳孔はローラントと会ったときから開いたままになっており、過度な緊張状態にあることが明らかだった。
視線に気づいたアレクシスは、ぎこちなく微笑んだ。笑い方を忘れてしまったような、そんな表情だった。
「ヴァイオレット、ローラントのことは後で必ず説明する。だから今は、今だけは、俺を信じていてほしい」
ヴァイオレットはアレクシスの手を包むように握った。そうしなければ彼の手がさらさらと灰のように崩れて消えてしまうような気がした。
「ええ、信じていますわ。ですからどうか負けないで」
オークショニアが木槌を鳴らした。テロが進行する最中で、惑星エンナの命運をかけたオークションが開始された。




