破裂する柘榴
ヴァイオレットが一歩後ずさると、男は一歩踏み込んできた。
「君の顔はニュースで何度も見たな。ヴァイオレット・ヴァーノン。悲劇の惑星エンナの麗しき元後嗣、アクラシエル商会のアレクシス・フェーニクス・アルトナーと婚約し、二人でエンナを救おうとオークションに参加している、だったかな」
男はヴァイオレットを壁際まで追い込むと、ヴァイオレットの髪に飾りを付け、それから微笑んだ。その微笑み方はアレクシスとぞっとするほど似ていた。
「俺はローラント・アルトナー。その顔を見る限り、君は俺の存在を知らなかったらしいな」
名乗ったローラントは作り笑いを消し、ヴァイオレットの肩を抱いた。その瞬間、足元の護衛ロボットが、未確認接触者を拘束する網を放った。同時にロボットから警報音が鳴り響いたが、すぐさま金属が砕ける音に変わった。対象を感電させ動きを封じて拘束するための網は、ローラントの腕を確かに捕らえていたが、ローラントはそれをものともせず拳一つで護衛ロボットを粉砕していた。
当然、護衛ロボットは人間が素手で破壊できない強度がある。しかし、今まさにヴァイオレットの目の前でそれは行われ、すなわちローラントは体の一部を機械に入れ替えているという証左だ。ヴァイオレットは相手が生身の人間だろうと誰にも力で勝てないが、相手がサイボーグとなればひとたまりもない。
男は再びヴァイオレットに顔を向けた。その瞳には猛々しい本性が現れていた。
「婚約者の兄弟を攻撃するなんて、壊れてたみたいだな? なあ、ヴァイオレット、一緒に外を散歩しよう。君と話がしたいんだ」
ローラントは腕に絡んだ網を振り落とし、ヴァイオレットの肩を掴んだ。骨がきしむほど強い力だった。
「離して……!」
ヴァイオレットは身をよじり、腕輪を操作して灰の盾を展開させた。それはアレクシスの家を構成しているのと同じ賢者の灰でできており、サイボーグでも破壊までは時間がかかる堅牢なものだった。
ヴァイオレットはローラントの視界が塞がれた隙に走り出したが、髪を掴まれて引き戻された。悲鳴はローラントの手で抑え込まれた。展開されたはずの灰の盾は、機械護衛と同じように破壊され、空中に破片が留まるのみだった。
「逃げるなんて酷いじゃないか、義姉さん。可愛い義弟のお願いを聞いてくれよ」
しおらしく言ったが、ローラントの腕の力はすさまじく、ヴァイオレットの髪を引きちぎらんばかりだった。
ヴァイオレットは、故郷を出てから幾度も死を間近に感じるほどの痛みを覚えてきた。それは今回も同じで、前回や、その前と同じように涙を流した。恐怖は何度感じようとも常に新鮮だった。
「おいで、オークションなんて目じゃないほどのイベントを見せてやろう」
ローラントはヴァイオレットを引きずって歩き、廊下のガラス戸を足で蹴り飛ばして外へ出た。
外ではあちこちで悲鳴が上がっていた。オークション会場の外のベンチに座っていた人の頭部が柘榴のように破裂して、ぼろぼろの機械脳を晒していた。その周辺には、おびただしい量の血や疑似髄液が辺りに撒き散らされていた。
定点的に設置されている公共放送用のスピーカーからサイレンがけたたましく鳴り響き、付近で事故もしくは事件が発生したことを知らせるアナウンスが流れていた。
「この程度で泣くなんて、外の連中は本当に弱いな。ほら、ヴァイオレット、泣いてないで顔を上げるんだ。それじゃよく見えないだろう?」
ローラントはヴァイオレットの顔を無理やり遺体に寄せて、破壊された頭の中がよく見えるようにした。濃厚な血と疑似髄液の匂いが鼻を刺し、視界には柘榴の実のように赤く艶めくぼろぼろの機械脳が一杯に映った。
「脳圧の自動調整機能をいじくって過剰圧力をかけて破壊したんだ、こんなにも派手な破壊だっていうのにウイルスに感染させてコマンド入力しただけなんだから笑えるよ」
「どうして、こんなことを……?」
ヴァイオレットはこみ上げる吐き気をこらえながら言った。すると、ローラントはヴァイオレットの顔を自分の顔に付き合わせてきた。涙を流して恐怖に震えるヴァイオレットの瞳の奥にある未だ壊せていない物を探そうとするかのように。
「君とあいつの邪魔をするために金で雇われたんだ、金持ちってのはみんな頭がおかしいんだろうさ。オークションの邪魔をして、全て何もかもを滅茶苦茶にしてくれと言われたよ。俺にとってはエンナがどうなろうと知ったことではないが、銀河に喧嘩を売るのにまたとない機会だと思ってね。本当はヴレードル相手に戦争を始められればよかったんだが、生憎と準備が足らなかった。だが、せめてテロが起これば何もかもを台無しにできるだろう?」
ローラントは、アレクシスとは対照的に非常におしゃべりだった。それでいてアレクシスと同じ声と似たような口調だったので、ヴァイオレットはますます気分が悪くなった。
「まだ泣いているのか? ひ弱にもほどがあるだろう、君。そこまで弱いといたぶってやろうって気持ちも萎えてくるな……」
そう言いながらも、ローラントの手はヴァイオレットの首へと伝い、ゆっくりと締め上げ始めた。ヴァイオレットの意識が薄れかけた時、鋭い声が飛んできた。
「ヴァイオレット!」
ローラントはヴァイオレットを投げ飛ばし、アレクシスの痛烈な拳を腕で受け止めた。衝撃でローラントの肘の皮膚が裂け、皮下の合金製骨格と筋肉が晒される。
アレクシスはローラントの顔を認めると、色を失った。ローラントはその顔を見て、まるで悪戯が成功した子供のように笑った。




