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君に捧ぐ花の星  作者: 水底 眠
第2部
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悪魔の胤裔

 

「俺が地球出身というのは嘘だ。もっとも、戸籍や記録は全て改ざん済みだから、調べられても俺が地球出身だと証明されるだろう。嘘偽りない真実はアレクシス・アルトナーの名前だけだ。


 実際は、滅んだ後にソドムと呼ばれるようになった惑星で生まれた。人類が開発した武器という武器を全て用いた戦争で惑星全土が焦土と化し、遂には人為的に降らせた隕石で滅んだ惑星だ。


 ソドムは銀河開拓黎明期に人類が入植した惑星だった。惑星造形師という星の良心の設計者が誕生する以前のことだ。ソドムではいくつもの国家が樹立されたが、ある帝国が惑星統一を目指して戦争を始めたことで、惑星全土を巻き込む戦火が吹き荒れるようになった。


 ソドム人は銀河開拓のために地球から送り出された人間の末裔だ。彼らは何も持たずに生まれた人間だった。何も持たないが故に死に物狂いで銀河開拓をした。しかし、故郷や家族、誇り、名声、そういったものを求める心だけは備えていた。ソドムでそれらを手に入れようともがき、戦争の道を進むことになった。


 銀河を開拓した人間はそのほとんどが地球で生産された。人を生産などと表現するのはおかしいと思うかもしれないが、実際にあったことだ。エンナ人が正しく使っている子房は、地球では使い捨ての人間を生み出すために違法に使用された数の方が多かった。


 地球で大量生産された違法人間は、殺処分することもできなかった。生かされた彼らは貧困にあえいだ。家族もおらず、地縁もなく、戸籍もなく、国の支援も望めない。仕事を求めるしかない彼らは、銀河を開拓するという危険極まりない仕事に就かざるを得なくなった。もっとも、彼らを送り出した地球人たちは、遠い暗黒の海から利益をかすめ取って豊かな暮らしをしていた。


 ソドムに話を戻そう。ソドムのとある帝国は、自ら仕掛けた戦争に勝つために遺伝子編集を行った。高い身体能力を持ち、劣悪な環境に耐え、同族殺しさえ厭わず、自らの死を恐れない、そんな都合のいい駒になる人間を作ったんだ。


 しかし、残虐な駒は駒のままではいられなかった。遺伝子編集を受けた帝国軍人はクーデターで国を乗っ取り、人類が戦争で犯すことのできるおよそすべての罪を喜んで行う邪悪な国になった。殺人拷問、民族虐殺、人為的飢饉、人体実験、文化破壊、禁止兵器使用、上げればキリがない。存在そのものが人道に対する罪であり、帝国軍はもはや人ではなく悪魔の軍勢と化した。


 侵略した土地の男たちを断種しながら、女たちを犯して自らの子を孕ませるという邪悪な同化も行った。俺もそうして生まれた子の一人だった。帝国民だった父親は知っているが、母親は顔も名前も知らない。


 俺も戦争の駒の一つとして育てられた。帝国にまともな教育機関は存在しなかったから、士官学校でひたすらに軍事訓練を受けた。俺は、人を殺すのは得意だった、武器を扱うのにも優れていた。生まれてきたことに意味があるなら、俺は戦うために生まれたんだろう。


 俺が先代のアクラシエル商会長と出会ったのは、銀河連盟がソドム問題に匙を投げた後のことだった。銀河連盟はソドムに何度も軍事介入したが、結局戦争を止められず、惑星を見捨てた。他の惑星の侵略を目論んでいた帝国を恐れ、ソドムから惑星外への渡航まで禁じる始末だった。


  アクラシエル商会は医療薬品から弾薬に至るまで、戦地で必要とされた物資をソドムへ輸出していた。先代は危険を冒してわざわざ終末期の惑星に降り立ち、商会が運んだ商品が惑星に何をもたらしたかその目で見に来ていた。


 先代は生き残った人々に何が欲しいか聞いて回っていた。麻薬、武器、食事、寝床、死んだ親兄弟、人々はそんなものを求め、商会は必ずそれらを売ると約束した。


 俺も偶然その場に居合わせ、何が欲しいかと尋ねられた。俺はお前の持っているものすべてと答えた。先代は、それは売り物ではないと答えたが、共に来るなら得られるかもしれないと言った。俺は先代と共に宇宙船に乗り、ソドムを出た。


 商会の船が宇宙を航海中にソドムは滅んだ、最後には帝国が使用した隕石誘導装置によって降り注いだ隕石で人類の全てが滅んだ。宇宙へ逃げようとしたソドムの船は銀河連盟の攻撃によって全て撃ち落とされ、誰も逃げることはできなかった。


 地球に連れてこられた俺は、アクラシエル商会の継承を賭けた新しい戦いに参加させられた。ソドムの汚染された環境のせいで先代が不治の病にかかったせいだった。


 先代は俺のほかに六人の後継者候補を集めていた。誰も先代の血縁ではなく、身寄りのない人間だった。それが商会長となる者の条件だった。上は四十歳、一番下が俺でその時十四だった。先代は候補者たちに殺し合いを命じた。誰か一人でも生き残っていると、後継者争いが終わらないからだ。もし生きていれば、のちに必ず禍根を残す。何よりアクラシエル商会の秘宝、ラジエルの書を受け継ぐことができるのはたった一人だった。


 俺は地球でソドムと同じことをした。他の後継者を殺して回ったが、最後の一人を殺すまで五年もかかってしまった。


 後継者となった俺は、フェーニクスの名と、ラジエルの書を受け継いだ。ラジエルの書とは歴代会長が受け継いできた大脳皮質の一部だった。


 アクラシエル商会は表向きには単なる企業だが、その実ラジエルの書を完成させるために設立された団体だ。


 初代会長となった人間は、宇宙開拓時代に入植先の惑星原生生物に寄生された。初代会長の脳に寄生した生物は一体しか確認されておらず、現在もその正体は謎のままで、同時に入植した人類の誰も寄生を受けることはなかった。


 検査の結果、初代会長の脳は亜空間へ記憶域を拡張させていると判明した。変質した時点で寄生生物が保有していたと推測される膨大な情報が格納されており、格納された情報の内容にはアクセスできなかったが、その情報量からして宇宙の始まりから現在に至るまで半自動的に情報を保存し続けていると推測された。そして、亜空間の空白域の大きさからして宇宙の終わりまで記録可能だとも。


 変質した脳はラジエルの書と呼ばれるようになった。ラジエルの書とは、聖書と呼ばれる地球の本に登場する天地の全ての知識を書き記した本のことだ。初代会長は変質した自らの脳こそがラジエルの書と為るものだと直感した。天啓にも似た直感に従い、宇宙の始まりから終わりまで天地の全てを記録し書を完成させるため、自身の保全と次世代への脳の継承を目的としたアクラシエル商会を創設した。


 アクラシエル商会の歴代会長はその脳の一部を引き継いで新たな記憶を刻み続け、今は俺の脳の一部となっている。移植された大脳皮質は脳全体に影響を与え、運命と呼ばれる大いなる流れを感じ取らせる。それは膨大な記録が導き出すもののだろう、商会長はその感覚によってあらゆる局面で最適な選択を選び取り、結果として商会はこの銀河に遍く手を広げるに至った。


 俺にとって運命は香りとして知覚される。君と出会ったのも、匂いを辿った結果だ。君からはいつも甘い香りがする、破滅を予感させるたまらない香りだ」


 アレクシスがヴァイオレットの手首の内側をごく弱い力で噛んだ。いつもと変わらない甘噛みだったが、肌にかかる吐息はその喉の奥にある尋常ならざる感情を帯びていた。


 ヴァイオレットは黒い海のようなシーツの波から目を上げ、アレクシスを見た。語り終えた彼の表情は穏やかだった。


「アレクシス様、どうして今になってご自分の話をしてくださったの?」


 問いかけたヴァイオレットの声は震えていた。今しがた聞き終えた話は、まだ少しも飲み込めていなかった。


 薄い色の唇がゆっくりと弧を描いた。それは微笑みと呼ぶにはあまりに昏い喜悦を表していた。


「惑星エンナのオークションに参加しようとしていた企業も人も、その多くがすでに撤退を決めた。君はもう俺以外の誰も頼ることができない。俺と君の婚約は天の川銀河中に知れ渡っていて、婚約破棄しようものなら恐ろしい誹謗中傷を受ける。君は俺以外と誰とも結婚できない」


 指が絡み合い、闇の中でダイヤモンドの指輪が鈍く輝いた。ヴァイオレットの指先は氷のように冷たくなっていて、アレクシスは熱を分け与えるように強く握った。


「俺は人が生み出した悪魔の生き残りで、良心の呵責に苛まれることもない人殺しで、戦争中の星々に武器と薬を届ける死の商人だ。それでも君は俺を選ぶしかない、故郷と自分自身の為に。それが君に与える自由だ」


 ヴァイオレットの唇を、声にならなかった息がすり抜けた。


「俺は不老不死手術を受けられない、ラジエルの書を持つ弊害だ。身体の成長を止める作用が大脳皮質の亜空間への拡張を阻害してしまうためだ。俺は百年内に必ず死ぬ。もしもこの先君が不老不死手術を受けたとしても、俺が死んだら君も同じ棺桶に入るんだ。悪魔に魂を売った人間に相応しい結末を君にあげよう、俺からの罰が欲しかったんだろう?」


 アレクシスはヴァイオレットの返事を聞かなかった。喰らうようにヴァイオレットの戦慄く唇を奪った。


「愛しているよ、ヴァイオレット」


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