人を信じるということ
ヴァイオレットは仕事中の両親へ連絡を取り、家に帰ってきてもらうよう頼んだ。企業体エンナの本社へアレクシスが赴くことも可能だったが、アレクシスがヴァイオレットの同席を望んだので家族以外がいない家で会うことになった。
家に帰ってきた両親は、急に現れたアレクシスがヴァイオレットの婚約者だと名乗ると仰天していた。アレクシスもまたその反応に目を瞬いた。
「ヴァイオレット、何も話していないのか?」
「ずっと声が出なかったもので、説明する気力もなくて……」
ヴァイオレットの声を聞いた両親は、今度は涙ながらにヴァイオレットを抱きしめて喜んだ。ヴァイオレットも自分の声で話ができることに改めて感動を覚え、三人でその喜びを分かち合った。
三人の感動が落ち着いてから、アレクシスは言った。
「初めまして、アレクシス・フェーニクス・アルトナーと申します。ヴァイオレットさんとの結婚の許しを頂きに参りました」
ヴァイオレットの両親は、アクラシエル商会の会長の名と同じだと気づくと、涙も引っ込め唖然としていた。先に我に返った母のマーガレットがヴァイオレットの方へ視線を寄越した。この人がそうなのか、と。
「もしかして君が異星からの来訪者か? 確か入星理由は訴訟手続き関連のためと聞いていたけれど、結婚のためだったのか?」
遅れて父ガーディニアが言った。アレクシスが首肯する。
「エンナへ安全に入星するために裏技を使ったのです。何しろこの惑星はエスペラント企業連合系列の企業としか取引していない特殊な惑星ですから、私のような商会の者が入り込むには準備が必要でした」
アレクシスが含みを持たせて言うと、マーガレットとガーディニアの表情が変わった。それ以上の説明は不要だった。ヴァイオレットが結婚によって惑星エンナに企業連合以外との繋がりをもたらそうとしていることを、二人はすぐに読み取った。
「証書をお持ちしました、どうぞお納めください」
マーガレットは受け取った証書を開き、ガーディニアとヴァイオレットが横からのぞき込んだ。曰く、アレクシスが惑星エンナを保有するに至った時、アクラシエル商会との契約を締結することを条件に、全権を再建される企業体惑星エンナへ譲渡すると書かれていた。
アレクシスが証書を納める筒を差し出し、マーガレットが神妙な顔で証書をその中に納めた。
「何も結婚する前からこんな書面で約束してもらう必要はないだろう、まるで君を信用していないみたいで申し訳ない」
ガーディニアが悄然とした様子で言ったので、マーガレットがその脇腹を小突いた。
「エンナ人がそういうことばかり言っているから他所の惑星人たちにいいように転がされているんです。いい加減あなたも目を覚まして」
マーガレットはアレクシスに向き直り、片手を差し出した。
「私たちの惑星では、結婚に両親の許しは必要ありません。ですが、この度の訪問とこの証書に敬意を表し、あなたの惑星の慣習に倣い、二人の結婚を認めます」
アレクシスは微笑を浮かべ、マーガレットの手を握った。
ガーディニアと一緒になってその様を見つめる自分に気づいたヴァイオレットは、自分が父親似だと言われる理由をようやく自覚した。
「しかし、いくらアクラシエル商会の会長とはいえ、個人が惑星を競り落とすなんて可能なのかい? 星の値段なんて一体いくらになるか予想もつかないだろう」
ガーディニアが問うと、アレクシスは力強く頷いた。
「ええ、ですが競り落とします」
それは短い言葉で、何の根拠も示されていなかったが、聞いている人を納得させるだけの力があった。
「もっとも、資金集めは私だけでは難しいので、ヴァイオレットさんにもご協力いただきます。そのために彼女を再びエンナから連れ出さねばなりません」
ガーディニアとマーガレットが不安げな視線を向けてきた。それも当然だった。特にマーガレットは自分が援助して外に送り出した子供が心因性の失声症を患うほどのストレスを受けて帰ってきたのを見て、激しく後悔していたのだ。
ヴァイオレットは安心させる為に二人の手を握った。
「大丈夫ですわ、私一人ではありませんもの。ここで戦っている人がたくさんいるのですから、私もいつまでも立ち止まってはいられませんわ。もう一度外に出て自分にできることをいたします」
マーガレットが涙を流しながらヴァイオレットを抱きしめ、ガーディニアがアレクシスも引っ張り込んでまとめて抱きしめた。アレクシスは明らかに困惑していたが、文句も言わずに輪の中にいた。
心の中が温かいもので満たされていくのを感じたヴァイオレットは、人に信じてもらえる心地よさを思い出した。互いに信じ合うこと、その輪の中にいること、それは豊かな土壌の上に立つことと同義だ。そうして初めて根を下ろし、空に向かって伸びて行くことができるのだ。
企業連合との訴訟のために奔走している人、日々懸命に花を育て続けている人、勉強や研究に励んでいる人。この惑星のどこかで行われている営みに思いを馳せて、それらを確かに肌で感じた。失われていたものが心のどこかで再び芽生え、根を張ったのを同時に感じた。それがヴァイオレットにとって信じるということだった。
「次に帰ってくる時には良い知らせと一緒に帰ってきますから、どうか信じて待っていてください」
話が終わると、アレクシスは宇宙港にある自分の船へ戻ると言った。
「こちらは訴訟や今後の対応に追われていてもてなしもできずに帰すのは本当に申し訳ないよ。アレクシス、また改めて家へ招待するよ。もしすべてがうまくいかなかったとしても、我が家でもてなしをさせてほしい」
柔和な笑みを浮かべながら言うガーディニアに、アレクシスは面食らったようだった。
「失敗した時に受けるべきは叱責や罵倒かと思いますが」
「そんなことはないよ、その心意気だけでも私はすでに救われているんだ」
ガーディニアの隣でマーガレットも同じように微笑んだ。
「この惑星の方々は、本当に、本当に信じがたいほどお優しいですね」
アレクシスは困惑というより、途方に暮れているように言った。




