金のために、故郷のために
ヴァイオレットはレストランの中を流れる小川のせせらぎに耳を傾け、窓の外の電光が作り出す夜景を眺めた。
向かいに座るのは太陽系統治機関副元首の第一子ユエだったが、彼は席に着いて自己紹介を済ませた後、かれこれ十五分ほど沈黙していた。ヴァイオレットも二回ほど話を振ってみたが、そのたびに彼が自信を喪失していくのでやめてしまった。
雑談を不得手とするらしく、真っ赤な顔で話題探しをして、ようやく口を開こうとしては自信なさげに閉じるのを繰り返していた。
ユエは肉体年齢三十五歳の非遺伝子操作人間だ。人類の故郷である地球出身で、人類が宇宙へ進出する前からの由緒正しい家系の出身でもあり、つまり唸るほど財がある。ユエ個人の現在の資産は五千億地球ドル、さらに将来的に副元首ないし元首の座に座るので莫大な収入が見込まれる。この天の川銀河でも指折りの資産家と言えるだろう。
そこまで考えて、ヴァイオレットはごくりと唾を飲み込んだ。いけないと思いつつも、お見合いをしている相手の資産の事しか考えられなかった。それだけがヴァイオレットの目的であり、それ以外を結婚相手に求める気もなかった。
「ヴァイオレットさんは、僕のどこがいいと思ってくださったんですか?」
ようやくユエが口を開いて言った。
「そう、ですね……」
不必要なほどゆっくりとしゃべった。このお見合いをセッティングしたコーディネーターからユエの好み通りに振舞うよう指示されたためだった。ユエの好みは大人しくて自分に合わせてくれるおっとりとした異性だ。
「勉強熱心なところ、でしょうか」
言い終えて、上目遣いにユエを見て、奥ゆかしい笑みを作った。これもコーディネーターからの助言に基づくものだった。
ユエのプロフィールには幼稚園から大学院までの学歴が細かく書かれ、それから執筆した論文や本の名前がずらりと並んでおり、コーディネーターからはここを褒めてくださいと念押しされていた。
じっと見つめていると、ユエは恥ずかしくなったのかすぐに顔を背けた。そのおかげでヴァイオレットは作り笑いをやめることができた。
「あ、興味を持っていただいて、嬉しいです……。僕は電子工学で博士を取りまして、地球以外の環境でも問題なく動作するコンピューターの開発に取り組んでいるんです。たとえばヴァイオレットさんの故郷の惑星エンナで使われているのはフェリス社の――」
それ以上の話は専門用語ばかりになっていき、ヴァイオレットには理解できなかった。ひたすらに微笑んで、ときどき相槌を打ち、興味がある風を装った。
「さらに最近では星間転移ゲートの影響を最小限にするための……。あ、すみません、僕ばかり喋っていますね」
ヴァイオレットはくすりと笑った。息を吸い込んで、「ええ、かれこれ三十分もご自分だけ気持ちよさそうにお話して! 会話って相手と自分とで言葉を交わすためのものでしょう? だいたい、こんなに話せるならなぜさっきは十五分もだんまりだったんですの?」と言いたいのをこらえた。
なぜならこれはお見合いの場だから、相手に気に入られるためだけの場だから、お金を得るためだけの場だから。自分の本当の意見は不要だ。
「ふふ、そんなことを気にされていたんですね。ユエさんが楽しそうだったから、私全然気にしていませんでしたのよ」
ユエは感動に潤んだ瞳でヴァイオレットを見つめ、ヴァイオレットの手を握った。汗ばんだ手のひらに思わず眉根を寄せそうになったが、ぎりぎり悩ましげな顔で留まることができた。
「あ、ありがとう。そんなことを言ってくれたのはあなたが初めてだよ。あなたは僕がこれまで出会った誰より綺麗で、誰よりも優しくて、本当に天女みたいだ……」
ぽーっとした顔で見つめられるのは、これで五回目だった。これまでのお見合い相手は全員似たような表情でヴァイオレットを見つめてきた。
ヴァイオレットも故郷の惑星エンナを出るまで知らなかったが、天の川銀河人類にとってエンナ人の目鼻立ちは美しいと感じるものらしかった。
スミレ色の艶めく髪と、ミモザ色の輝く瞳、ユリ色の透き通る肌、それらもまたヴァイオレットを一層美しく見せていた。天の川銀河随一の大富豪たちとのお見合いにこぎつけたのも、惑星外不出と言われる美しいエンナ人であるおかげだった。
「他の人ともお見合いをされているんですか? ライバルがたくさんいそうだな、困るな……。僕、全然恋愛経験なくて、でもヴァイオレットさんはこれまでも結構恋愛されてきたんじゃないですか?」
ヴァイオレットの笑顔が固まった。脳裡には、故郷の学校での思い出が再生される。いいなと思っていたライラックがカラーと人目を忍んで抱き合っているのを見てしまい、数年に渡る初恋があえなく散ったあの時。二年ほど前のことだったが、ヴァイオレットは立ち直れていなかった。
「エンナ人ってみんなヴァイオレットさんのように美しいんですよね。だったら普通に人と付き合ったことくらいありますよね。きっと相手には困らないだろうな、僕なんて……」
慰められ待ちの気配を察知したが、ヴァイオレットは席を立った。そして作り笑いをする。
「ごめんなさい、お話に夢中になっていたから言い出せなかったのですが、お手洗いに行ってきますわ」
ヴァイオレットはお手洗いに行った。手を洗いながら鏡の中の自分と向かい合い、ユエのために再び表情を作った。今日だけで表情筋を酷使しすぎて顔が痛かった。
お手洗いを出て廊下を数歩歩いた時、髪留めが床に落ちて転がった。ヴァイオレットは慌てて髪留めを拾った。
惑星エンナで栽培されたダリアの花でできた大ぶりの髪留めは、否応なしにヴァイオレットの心を故郷へ向けさせた。




