第6話 Six Feet Under③
「フィー、そこ持ってくれるか?」
「はーい」
「二人とも怪我しないでよー」
「あーい」
「はーい!」
そんな会話とともに、木の板に釘を打ち付ける音がスラム街にこだまする。空には晴天が広がっており、ライアンとフィーの額には薄っすらと汗が浮かんでいた。
「イニ、どうだ。そっちから見てズレてるか?」
「ほんの少しね。でも本当に誤差の範囲内だし、そこまで気にする程じゃないと思うわ」
「ならよかった」
ライアンはそう呟くと服の裾で汗を拭う。今日はここ最近では特に暑い。
今ライアンが修理している家の屋根からは、この街がよく見える。眼下にはライアン達が身を寄せているスラム街が広がっているが、少し視線を遠くに向ければバッカス達の住んでいる中心地が日の光を浴びてキラキラと光って見えた。あの日以来会いに行けていないが、バッカス達は大丈夫だろうか。迷惑が掛かってないといいんだが。
「ライ、腕の調子もよさそうね」
「ん? あぁ。まだ違和感が完全になくなった訳じゃねえけど、少なくとももう痛みはねぇな」
「レクター先生もびっくりしてたもんねー」
フィーの言葉に、先日レクターに診てもらった日のことを思い出す。想定よりも早いスピードで回復したライアンに、レクターは驚いていると言うよりも引き気味だった。
「にしても、俺達がここに来て一月以上経ったんだな」
「その内ライは一週間寝たきりだったけどね」
「イニぃ……お前なあ」
ライアンが頬を引き攣らせながら言うも、イニはそれを無視してプイッと横を向いてしまう。その視線の先には苦笑いを浮かべているフィーがいる。
「ほら、今がチャンスよ。フィーも何か言ったげなさい」
「えっあたしぃ!?」
「フィーはアナタ以外いないわよ。まあいいわ。さっ、二人とも手が止まってるわよー」
屋根の軒先に座って足をぷらぷらとさせているイニが、手をぱんぱんと楽しげに叩いて急かす。呑気なもんだと思いつつ、ライアンも伸びを一つする。
「んーじゃまっ、さっさと終わらせるかね。この家終わりゃ残った依頼は細かい修理ぐらいだし、頑張ろうぜ」
「ふぁーい……」
「欠伸してんじゃねぇよ」
「んなっ! ライアンだってさっき欠伸してたでしょ!?」
そんな軽口を叩きつつ、ライアン達は家の屋根を修理を再開する。
身体が鈍ることを理由にこうしてボロボロの家々を修理している間に、あれよあれよと日はすぎて行った。本当に、あっという間の一月だった。
この旅を始めてからこんなにのんびりしたことは無かったなと、最後の木材を取り替えながら思わずしみじみしてしまう。
「んじゃ、後はここの釘打ち込めば終わりだな」
「だねー。あー疲れた」
「フィーはただ木材持ってただけじゃねえか」
「うるさいなあ……持ってるだけでも疲れるんだよーだ。ねーイニ?」
「機械人形に疲れたって感覚があると思う?」
「うぐっ……でもさあ」
「でもも何もないわよ。ほら、ちゃっちゃと終わらせて帰るわよ」
「はーい」
フィーが少し不満そうに木材を支えたのを合図に、ライアンも釘打ちを再開するためにハンマーを持ち上げる。その瞬間、軒下から声がした。
「おーい! ライ坊!」
「んあ?」
聞こえて来た声の方向へ視線を向けると、真っ黒に日焼けした男性が満面の笑みで手を振っていた。今修理している家の住人、ヘルマンだ。
「おーヘルマンさんじゃねぇか。どうかした?」
「いやいや、特に何もないさ。調子はどうかと思ってな」
「順調。後ここの釘打てば終わりだよ」
「やっぱ早えーなぁライ坊は! 任せてよかったぜ」
ヘルマンはそう言ってガハハと豪快に笑うと、手に持っていた袋を放り投げてくれる。
「あっちょ投げんなって……パン?」
「まだ飯食ってないってエイミーから聞いてな。持って来たんだ」
「悪いね。助かる」
ライアンがそう言って手を振ると、ヘルマンは満足そうに頷き、職人の邪魔したら悪いからなと立ち去ってしまう。
「ここにいると気を使って貰ってばっかだな」
「ここの人達ってみんな優しいよね」
「違いねぇな」
ライアンがそう言いながら袋に入っていた黒パンを一つ齧る。少し固くはあったが、それでも口いっぱいに広がる小麦の甘さに食べる手が止まらない。
「ライアンもすっかり馴染んじゃったよね」
「あん?」
「だってそうでしょ? ライアンって人がいいくせにぶっきらぼうだし、最初大丈夫かなーって心配だったんだから。イニもそう思うでしょ?」
「そうね。ライって自分から馴染もうとしないもの」
余計なお世話だ。
「俺だって別に一ヶ月もありゃ馴染むことぐらいできんだよ」
「へぇー……だって、イニ」
「ライも成長したってことでしょ? ほら、さっさと終わらせちゃいなさい。これ言うの二度目よ?」
「っせぇなぁ……分かってるって。フィー、それ食い終わったら続きやるからな」
「ふぁーい」
どこか嬉しそうに微笑むイニの視線から逃げるように、ライアンは残りの釘打ちを再開するのだった。




