第6話 Six Feet Under①
爆発音が内臓を低く揺らす。悲鳴が鼓膜を心地よく揺らす。
あぁ。実に、実に気持ちがいい。
ドルトンは口髭を一撫でし、手に持ったワイングラスを傾け喉を潤す。
「……堪らんな」
「どうかされました?」
側に控えている初老の部下が、不思議そうな顔をして訊ねる。その間抜けな顔に笑ってしまいそうになるのを何とか堪えながら、ドルトンは誤魔化すように小さく咳払いをした。
「何でもないさ」
「はあ」
間抜けな声を出しよってからに。貴様程度の輩ではこの愉悦感を味わうことは叶わないのだろう。そんなことを考えながら、ドルトンは窓の外へ視線を向けた。
眼下では、逃げ惑う人々が絶望と共に死んでいく。なすすべなく、助けを求める者が泣き喚きながら命の灯火を消していく瞬間を見るのが、堪らなく好きだ。
これこそ、まさに勝者に与えられた特権。
「状況は?」
「先程入った情報では、すでに街の六割が制圧完了しているとのことです」
「まだ六割か……まあよい。どうせ制圧できるのだ、焦る必要もない」
「おっしゃる通りかと」
何がおっしゃる通りだ。何も分かってもいないくせに知ったような口を利くんじゃない。全く、ここまで来るのにどれだけの時間がかかったことか。
陛下から奇跡をいただいてからも下働きに次ぐ下働きの日々。ようやく手に入れた部隊も素人同然の集まり。あるのは陛下への忠誠心に似た信仰心のみ。
そんなヤツらを鍛え上げ、武装派組織にまで育て上げるのには聞くも涙、語るも涙の苦労があった。
「……我ながらよくここまで来たものだな」
「あー……隊長?」
「黙れ。俺が今気持ちよくなってるんだ。邪魔をするな」
「はあ」
いちいち気の触る返事をする野郎だ。初老のジジイがこんな武装派組織にいて生きる価値があるのだろうか。そうだ、いっそのこと今殺してしまおうか。いや、しかしこいつの血で部屋が汚れるのは癪だ。殺すのは後にしようか。
そんなことをぼんやり考えていると、にわかに遠くから悲鳴が聞こえた気がした。いや、悲鳴自体は先程から聞こえている。ではこの違和感はなんだ?
「ん? おい、今悲鳴が聞こえなかったか?」
「はい? 最近耳が遠くて……外から聞こえる悲鳴じゃありませんかねぇ?」
「ったく……使えねぇヤツだなお前は……まあいいさ。おい、外を見て来い」
「はあ」
のっそりとした動きで出て行った部下の背中に、ドルトンは苛立たしげに舌打ちを一つする。今日が終わればあんなやつ配置転換してやろう。そうでなければ、きっと苛立ちのあまり殺してしまうだろうから。
ドルトンがワイングラスを傾けようとした次の瞬間、一際大きな爆発音が身体を震わせた。
あまりにも近い――何事だと顔を扉へ向けた時、まだ若い部下が、全身を血だらけにして部屋の中へ転がり込んで来た。部屋の中の緊張が一気に高まったかのような感覚に、ドルトンは無意識に腰から下げている拳銃に手を当てた。
「何事だッ!」
「た、隊長! 申し訳ございません、侵」
言葉を遮るかのように、バチンと大きな音とともに強い輝きが辺りに轟いた。次の瞬間には、既に彼は全身を黒焦げにさせ、その身体を床に倒れ伏していた。
「なっ、なっ――ッ!」
ドルトンが恐れ慄いてると、部屋の入り口から一人の髭面の男がゆらりと現れた。黒いニット帽を被り、色の濃いサングラスを掛けていた。見るからに怪しいその男は、まるで遊びに来たような気軽さで部屋へ足を踏み入れる。
「何者だお前はッ!?」
「貴様がドルトンだな?」
「だとしたら……?」
彼の持つ得体の知れない不気味さに、思わず一歩後退る。額に浮かんだ汗が、頬を伝って滴り落ちるのが分かった。ちらりと視線を男の背後に向ける。
応援はまだ来んのか! 貴様らの隊長の命が危ないかもしれんのだぞ! 本当に使えないヤツらばかりだ。……まあ、落ち着けドルトン。冷静に戦況を見極めろ。こんなヤツ、陛下から貰った奇跡があれば余裕で勝てる。だが、それでも勝つ為の道筋は多い方がいい。
「そうか。その確認が取れれば、もう貴様に用はない」
「抜かせ! 貴様誰に楯突いているか分かっているのか?」
「誰に楯突いているか、だと?」
そう言って小首を掲げる男に、ドルトンは内心かかったとほくそ笑む。この時間を使って稼げるだけ時間を稼ぐんだ。
「そんなもの、限りなくどうでもいい話だな」
「は? お、お前何を言ってるんだ? 俺の背後には偉大な陛下が――」
「知らんな。少なくともこれから死にゆく者が気にすることでもあるまい。あぁ、それから一つ言っておいてやろう。貴様の求めるモノは来ないぞ。全員俺が殺したからな」
「ッ!?」
ドルトンが拳銃を取り出すよりも早く、男が勢いよく踏み込んでくる。それを間一髪回避し、距離を取る。男が苛立たし気にズレたサングラスを指で押し上げた様子に、ドルトンはニヤリと不敵に笑う。
「残念だったな侵入者。今ので仕留められなかったお前の負けだ」
「……?」
ドルトンがグッと体勢を低くすると、その姿がゆっくりと景色に溶けていく。それはドルトンだけではなく、ドルトンが身に付けているもの全てが景色に溶けてしまっていた。サングラス越しに、男の目が見開かれたのが分かる。
「……消えた?」
男の呟きが、部屋の中に溶けていく。キョロキョロと辺りを見渡す男の姿があまりにも間抜けで、ドルトンの口角は否が応でも上がってしまう。
音が出ないよう、ゆっくりと腰に隠していたナイフを一本取り出す。その柄を軽く握り、男の顔目掛けて勢いよく投擲する。瞬間、ナイフの刃先が男の頬を掠めて反対側の壁に突き刺さる。しまった、少し狙いがズレてしまった。
「…………」
男が自らの頬に触れると、彼の指先には赤い血がベッタリと着いていた。しかし、特に驚いた表情もなく先程自らを傷付けたナイフを見遣るだけだった。
違和感。ハッキリとした違和感がドルトンの胸を支配する。
何故だ? 何故不意打ちを喰らっておきながらこんなに落ち着いていられる?
いや、おそらく突然のことに驚き固まってしまっただけだ。それを悟られまいとしているに決まっている。そうに違いない。今まで殺してきたヤツらも、そうだったのだから。
どれだけ余裕ぶっていたとしても、死ぬ間際は絶望に打ちひしがれた顔をしていた。
ドルトンはそう結論付けると、もう一本のナイフをそっと抜き出す。次は仕留める。以前有利なのは、こちらなのだから。
ナイフを投擲しようと身体を少し動かした瞬間、確かに、男とハッキリと目が合った気がした。
「……分かりやすいな、貴様は」
そんな声が聞こえたかと思うと、ピッと何かが顔の横を通過して行った。ツッと何かが垂れていく感覚に、それが先程ドルトンが投げたナイフが頬を切ったのだと悟る。
いつ、ナイフを拾った? いや、そんなことよりさっきの言葉の意味はなんだ。ハッタリか? だとしたらその落ち着きも理解できる。
「貴様は本当に愚かな男だな。そんなことだから、ここで無様に死ぬのだ」
「ッ!?」
男はハッキリとドルトンの顔を見ながらそう告げると、そのまま勢いよく距離を詰めてくる。しまったと思う頃にはもう、ドルトンの喉元に男の無骨な手が伸びていた。
「――終わりだ異端者」
その声は、まるで静かな祈りのようだと思った。
次の瞬間、ドルトンの目には、男の手に眩いばかりの光が灯ったように見えた。
ドルトンが死ぬ間際に見えたのは、ただそれだけだった。
なぜなら、次の瞬間にはもう、ドルトンは息絶えてしまっていたのだから。




