第5話 Life is Beautiful⑧
「あー……そうだな。レクター先生、治療の前に一つ訊いても?」
「えぇ。なんでもどうぞ」
「人生は美しいって、どう言う意味なんだ? ここの人達によく話してるって聞いてさ。ちょっと気になったもんでね」
ライアンが訊ねると、レクターは「あぁ」と言って美しく微笑んで見せた。
「そんな面白い話じゃないわ。私の尊敬している方がね、そう言ってたの。どれだけ希望が無い状況でも、人生は美しいって信じて笑っていれば、きっと幸せになれる。だから、どれだけ今が悲しくてもつらくても、そう信じて前向きに生きていればきっと大丈夫」
レクターはそこまで一息に言うと、少しだけ視線を下げた。
「その話を聞いた私は、自分もそうありたいって心から思ったわ。だから、こうやって満足に病院にも行けない人のところに行って、治療をしてるってわけ」
すぐ近くではアルフレードとフィーがうんうんと満足そうに頷いている。その様子を横目に、ライアンは「分かった」と呟くように答えた。
「答えてくれてありがとね」
「いえいえ。むしろ訊いてくれて感謝するわ」
そう言って微笑む彼女からライアンは視線を外し、部屋の中をぐるりと見渡す。何かの文字が書き連ねられた書類が無数に貼られたコルク製のボードや、骨格標本。何かのサンプルであろうものが詰められた小瓶。見れば見るほど、過去を思い出してしまう。
「俺の死んだ爺ちゃんもよく言ってたんだ。人生は美しいって感じじゃなかったけど、『どんな時でも希望を忘れてはいけない。希望を忘れなければ前を向けるから。誰かを助ける為に生きなさい。そうすればそれが誰かの希望になるから』ってさ」
「……へぇ」
スッとレクターの茶色い瞳が細められる。それを見て、ライアンは無意識に頬を掻いた。
「ライアンのお祖父さんって……マトモな人だったのね」
「おいフィーそれどう言う意味だ」
ライアンが顔をそちらへ向けると、口をあんぐりと開けて青い瞳を真ん丸に見開いたフィーが、「ねぇ」とでも言いたげに腕の中のイニを見る。
「残念だけど、マトモもマトモ。何ならブリテライズでは結構有名なお医者様だったんだから」
「えっそうなの!? ライアンはこれなのに!?」
「おい待て。どう言う意味だそれ」
「いやいや驚くでしょ。キミの破天荒ぶりを見て、お祖父さんはお医者かなぁ〜にはならないと思うけど?」
「うぐっ……」
悔しいが正論である。ライアンは誤魔化すように咳払いを一つして、レクターへと向き直る。
「俺が言いたいのはレクターさんの話してくれたことはよく分かるよってこと。悪いね、時間を取った」
「いえいえ、気にすることはないわ。むしろステキなお話を聞けてよかったぐらいよ」
「ならよかった」
ホッと一息吐き出し、立ちあがろうとしたライアンの折れていない方の肩を、アルフレードがガシッと抑えた。
「あー……アルフレード? 立てねぇんだけど」
「うん? 立たせないためだからね」
ニッコリと微笑む彼の表情こそ優しかったが、目の奥は少しも笑っていない。
「ライアン。ダメだよー? ちゃんと診てもらわなきゃ」
そう言って、フィーが出口の前でにこやかな笑みを浮かべていた。そんな彼女に、ライアンも精一杯の笑顔を顔に貼り付ける。
「おいおいフィー。そんなところにいたら俺が出れねぇだろ?」
「うん! だって出ちゃダメだもん!」
「いや出ちゃダメってお前……」
ライアンが言葉を続けようとすると、部屋の隅で金属同士が擦れ合うガチャガチャとした音が聞こえる。その音が昔病室で聞こえてきた患者達の悲鳴を呼び起こさせ、ライアンの呼吸がどんどん浅くなり、滝のような汗が額を滑り落ちてくる。
いや、別に祖父は治療という名目で変なことをしていた訳ではないのだけれど、それでも幼い頃に大の男が涙を流している姿を目の前で何度も見ていただけに、ライアンにとって病院は恐怖の対象となっていた。
「…………これは診察。ただの診察だ。そうだ、何もビビることはねえ」
そんなことをブツブツと呟きながらカクカクとした動きでそちらへ視線を向けると、レクターがニコニコとした笑みを浮べて机の上にキラキラと銀色に輝く機材を並べている。
「大丈夫。怖くないからねー」
白衣を揺らしながら、いつの間にか準備を終えていたレクターが近づいて来る。彼女の顔に浮かんだ笑みを、ライアンはよく知っている。それは、祖父が治療を行う前に必ずと言ってもいい程浮かべていたものと同質のものだったからだ。
「な、なあ……俺は本当に大丈夫だって! なぁイニ! イニも何か言ってくれ! おい! 頼む本当に大丈夫だから! 俺はもう平気だから寝てたら治るからッ! なぁって!!」
ブンブンと勢いよく首を左右に振りながらそう訴えるも、誰も何か答えてくれることはない。
「はい暴れないよー」
むしろそんな言葉とともに、アルフレードがライアンの頭を真っ直ぐに固定するのだからたまったものではない。
レクターが持っている金属の棒が、ゆっくりとライアンの口元に近付いてくる。必死に口を閉じようと試みるも、アルフレードの手が絶妙に頬を固定しているせいで完全に閉じることができない。
「はい、あーん」
「お、おい……まじでやめっ……おいって! やめっ、やめろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」




