第5話 Life is Beautiful④
遠く、鳥が鳴く声がして、ゆっくりと目を開いていく。
日の光が採光窓から差し込み、白く室内を照らしていた。
ぼんやりとした視界の中で、あの人のつらそうな顔だけがやけにはっきりと見えた気がして、ライアンは深く息を吐き出した。
逃げるように視線を辺りに向けると、目に飛び込んできたのは隙間風が吹き込んでくるようなボロボロな室内だった。寝床として整えられているところから鑑みるに、誰かの家だろうか?
「何回見ても慣れねえな……にしてもここ、どこだ? やけにボロ――痛っつー……」
身体を起こした瞬間、肩に走った激痛に思わず顔が歪む。
「あっ、ライ起きた?」
扉代わりの布からひょっこりと顔を出したイニが、暢気な声で話しかけてくる。そのいつも通りの様子に安堵するのも束の間、今度はドタドタとこちらに向かって走ってくる音がやかましく聞こえてくる。
布がばっと開かれると、フィーが目を真っ赤にさせて、今にも泣き出しそうな顔をして立っている。しかし、ライアンはそのことよりも、彼女がその細い腕に抱いている赤ん坊に目を奪われた。
フィーはライアンの気持ちなど素知らぬ様子でその場でうずくまると、「よかった……」とほろほろと涙を溢し始めてしまう。
「お、おい……そんな泣くようなことじゃねえだろ? っつーかその赤ちゃんは……」
状況がいっさい掴めていないライアンがオロオロとして訊ねるも、フィーはぐずぐすと泣いているだけで何も答えてくれることはない。
「まっ、こればっかりはライが悪いわね」
「はあ? 俺が何で悪――痛ッ……」
肩の痛みに再び顔が歪んでしまう。しかし、フィーはそんなライアンをジッと怒ったように睨んでいて、ライアンはどうしていいか分からずにイニを見る。
「なあイニ。なんでフィーは怒ってんだ?」
「それは――」
「そんなのキミが一週間も起きないからに決まってるでしょ!?」
イニの言葉を遮るように、フィーが目に大粒の涙を浮かべながら叫ぶ。ライアンは絶句してしまい、再びイニを見る。するとイニは肩を竦めながら「事実よ」とだけ教えてくれる。
「本当にずっと不安だったんだよ!? ……でも、本当によかった……キミが生きてて、本当によかった……」
そう言ってグスグスと鼻を鳴らすフィーに、ライアンは少し気まずそうな表情で「別に死にゃしねぇよ」と呟くことが精一杯だった。しかし、どうやらそれがフィーの逆鱗に触れた様で、キッと目尻を上げてライアンを睨む。
「……そんなの分かんないでしょ!? 本当に全然目を覚まさないし、ライアンがこのまま死んじゃったらどうしようってすっごく不安だったんだからッ!!」
ボロボロと涙を流しながら怒るフィーに、ライアンは「悪かったよ……」と気まずそうに頬を掻く。
「こればっかりはフィーに同意見ね」
その言葉にライアンが何か言おうと口を開いた瞬間、フィーの腕の中の赤ちゃんが泣き始めてしまう。
「おおおおおおお……」
おろおろとしてしまうライアンとは対照的に、フィーは「あわわっ! ごめんねぇ」と余裕がありつつも、それでもどこか慌ただしく部屋を後にしてしまう。
「何だったんだあれ……」
フィーが去った後、ライアンはぽそりとそんなことを呟いて、そのまま布団に倒れ込む。瞬間、肩に痛みが走り、小さく呻いてしまう。その痛みに引きずられるかのように、サタンに歯が立たなかったことが脳裏に次々と浮かんで来て、悔しさに奥歯を噛み締めた。
「……俺、負けたんだな」
「どうかしら。結果的に邪魔が入ったし、負けたとは言い切れないんじゃない?」
「いや、負けたよ。あのまま戦い続けてたら俺は間違いなく死んでた。あの状況から勝てる未来があったなんて自惚れ、口が避けても言えねえよ」
胸の中ではあの日の悔しさだけが渦巻いて、ライアンはぎゅっと唇を噛む。
そんなライアンにイニが言葉をかけよう口を開いた瞬間、一人の優しそうな風貌をした眼鏡をかけた褐色肌の青年が暖簾を掻き分けて顔を覗かせた。
上半身を起こしたライアンに、青年は「起きたんだね」と優しく微笑んだ。
「この人はアルフレード。ライが起きるまで面倒めてくれたのよ」
イニの言葉に、その名前がバッカスの話してくれた弟分であることを思い出す。
「あんたがバッカスの……本当に助かった。ありがとう」
そう言って頭を下げるライアンに、アルフレードが「当たり前のことをしただけだよ」と笑う。
「ところで体調はどう?」
「おかげさまで。怪我以外はもうバッチリだよ。右肩以外に違和感はねえかな」
「そうか……あれだけの怪我をしてたのに凄い回復力だね」
「それもこれもアルフレードのおかげだよ。感謝してもしきれねえ」
「はははっそう言って貰えると嬉しいよ」
頭を下げるライアンに、アルフレードはそう朗らかに笑い返すが、その笑みをすぐに堅くする。
「それはそうと、どうやったらあんな怪我するんだ? 後少しここに来るのが遅ければ、ライアンくんは間違いなく死んでいた」
「…………喧嘩だよ。勝てると思ったら勝てなかった。ただそれだけだ」
苦々しく答えたライアンに、アルフレードはやれやれとでも言いたげな溜め息を吐き出す。
「全く……怪我人じゃなかったら今すぐにでも殴ってるところだよ。あんなに可愛い子を不安にさせて」
「……あぁ、アルフレードの言う通りだ。俺は俺を過信し過ぎてた」
「その自覚があるならよし。何はともあれ、ライアンくんの目が覚めてよかった。それじゃあご飯を用意してるから、準備ができたら外に来てくれるかい?」
「悪いな、何から何まで」
「いいって。困った人がいたらお互い様。それがここのルールだ」
アルフレードはハハッと柔らかく笑うと、そのまま振り返ることなく部屋を後にする。その背中を見届けてから、ライアンは再びイニへと視線を向けた。
「……ごめんな、イニ」
「私に謝ってもしょうがないでしょ? ライと旅をしてたら、いつかこんな日が来るって思ってたし。だから、謝るなら私じゃないんじゃない?」
「それは……いや、イニの言う通りだな」
ライアンは「ありがとな」と呟くように言って、イニの頭を撫でる。
「別に? 当たり前のこと言っただけよ」
口ではそう言うが、イニはどこか嬉しそうに、にへらと表情を崩したのだった。




