第5話 Life is Beautiful③
「……絶対に、行かせないわ」
玄関扉の前で、義母さんが金色の瞳からは大粒の涙を溢しながら、ライアンのことを睨む。ライアンはその様子に大きな溜め息を吐き出す。
「義母さん。そうは言うけどこればっかりはしょうがないだろ? これは俺の意思だけじゃなくて国からの命令なんだから」
「そうだとしても……!」
「俺の年齢のヤツらはみんな行ってるんだぜ? 俺だけ健康体なのにここに残るってのも変な話じゃねえか」
「だとしてもライアンがわざわざ人を殺したりするような場所に行く必要はないじゃない!!」
「俺だって別に人を殺したい訳じゃねえよ。でもさ、そうしないとこの国は守れねえなら、行くしかねえだろ」
義母さんはギリッと奥歯を悔しそうに噛み締める。それからハッとしたように顔に無理矢理な笑顔を貼り付ける。
「そ、そうだわ! 私が国王に掛け合ったら……」
彼女の言葉を遮るようにライアンが首を左右に振る。そして、そのまま義母の肩を優しく叩いた。
「義母さん。俺、もう行くから。これはずっと前から決めてたことなんだ。それに、俺が遅くなったら待たせてるみんなに悪いだろ?」
彼女の肩をグッと押して横に退かせると、そのまま家を出る。
「ライアン! ダメ! 行っちゃダメ!」
「うるせぇな!」
縋るようにライアンの服に手を伸ばした義母さんの手を、乱暴に振り解く。視線だけで背後を見ると、彼女はその金色の瞳を大きく見開いて、呆然とした顔でこちらを見ていた。
「俺は……」
今から口にしようとしていることを言ってしまったら、きっと本当に終わりだ。分かってる。そんなこと、ちゃんと分かってる。
でも、きっとそうでもしなければ、義母さんはずっと苦しむはずだから。
もし、自分が死んだとしても、彼女には幸せに暮らしていて欲しい。そのために義母さんを傷付けるとしても、絶対に間違っていることだとしても、これがその時のライアンにできる精一杯だった。
「俺はアンタのこと、一度も母親だなんて思ったことねぇから」
「――――えっ?」
ただでさえ白い義母さんの顔から、サッと血の気が引いていく。真っ赤な唇は青く染まり、ワナワナと震えていた。ライアンはそんな彼女から無理矢理目を逸らし、言葉を紡ぐ。
「俺は一度だって助けてくれなんて、守ってくれなんて言った覚えはねえ。それなのに勝手に正義感振りかざしやがって。過保護過ぎてうんざりしてたんだよ俺は!!」
思ってもない言葉ばかりが口から溢れ落ちていく。血が繋がっていないにも関わらず、無償の愛を注ぎ続けてくれた彼女に、感謝しこそすれ鬱陶しく思う謂れはない。
それに、嘘が嫌いだと言う義母さんに向かって、こんな嘘を吐く自分がどうしても許せなかった。
だとしても、ライアンは行かなければならないから。数年前に始まった大きな戦争によって、この国はもうボロボロだった。いつ、戦争の魔の手が義母さんに及ぶか分からない。
ライアンは許せなかった。義母さんとの思い出が詰まったこの美しい国が壊れていくのが。何もせずに戦争と言う名の魔物に自分の愛した日常が食い潰されてしまうことが。
だから、ライアンは戦争へ行くことを決めた。それがどれだけ義母さんを傷付けることになるとしても。
底抜けに優しくてお人好しな義母さんが、これからも幸せに暮らして行けるように。この国の未来を守るために。
ライアンは、戦争へ行くことを選んだ。
「……アンタと離れられて清々するよ。じゃあな」
帽子を深く被り直し、後ろを振り返ることなく歩き出す。ジワジワと揺れ、滲んでいく視界に、ライアンは強く、強く、強く唇を噛む。
背後で義母さんが何度もライアンの名前を呼ぶが、ライアンの足は止まることはない。次に帰って来たら、ちゃんと謝ろう。いや、謝らなければならない。だから、ちゃんと生きて帰ってくるんだ。
口の中に血の味が滲む。それでも唇を強く噛み続けていなければ、きっとすぐにでも義母さんの元へと駆けてしまうだろうから。
愛していた。義母さんがライアンのことを心から本当の息子みたく想ってくれているように。ライアンにとっても、彼女は大切な家族だ。心から愛している、大切な家族だ。
ライアンは小走りで、逃げるように義母さんとの思い出が詰まった温かい家を後にした。




