第5話 Life is Beautiful①
ステンドグラスから差し込む光が柔らかく、広大な室内を照らしている。
ソレが視線だけで最奥部に備え付けられたその玉座を見遣るも、ベール越しのその場所に人影は見当たらない。
静寂だけが白い室内を満たしていた。この静けさが、ドゥは好きだった。
「……ドゥ様」
そんな静寂を破るかのように、ドゥと呼ばれたソレの足元から、そんなくぐもった低い声が聞こえて来る。ドゥは視線一つ動かさず、ただ正面を見ながら「何ですか?」と短く答えた。
ドゥが素っ気なく答えたのは、その声の主が乞食然として見るに耐えないほど薄汚く、そして強烈な悪臭を放っているからではない。ただそうすることが、ドゥにとって当たり前のことであるからに他ならない。
「……陛下は、お許しになるのでしょうか?」
「どうでしょうね。むしろ貴方はどう考えますか? ベルゼブブ」
ベルゼブブはまさか自分に問い掛が返ってくると思っていなかったのだろう。ドゥが顔をそちらへ向けると、銀色の豚の仮面の下でベルゼブブと呼ばれた背を酷く丸めた男がその黒い瞳を大きく見開いていた。
「私めがドゥ様に意見など……滅相もございません」
「構いませんよ。陛下に向けての意見ではありませんから」
しばらく迷うような素振りを見せたが、やがて諦めたように粘つく口でボソボソと言葉を紡ぐ。はっきりとは話さないが、それでも自らの考えを嘘偽りなく話すこの男を、ドゥは少なからず信頼を置いていた。もちろん、他の幹部連中に比べれば程度の話ではあるのだが。
「陛下の……ご機嫌次第かと」
「分かっているではないですか。まあ、ここで悩んでいても仕方はありません。すぐに分かることです」
ドゥがそう呟くのが早いか、木製の巨大な扉が勢いよく開かれた。
「んー? 陛下はまだおらへんのかいな。間に合ったみたいやねェ」
まるで親しい者に話しかけるように軽やかで耳障りな声。
ドゥが今し方入って来た人物へと視線を向けると、ニヤニヤとした笑みを浮かべたマモンがこちらをじっと見ていた。上辺だけを着飾って、腹の奥を一切見せる気がない徹底ぶりは天性のものか後天的なものか。そんなことは限りなくどうでもいいことだけれど、ただただ彼女の身に纏うその雰囲気が、相変わらず気味悪い。
「口を慎みなさい、マモン」
「あーん怒られてしもたわァ」
そう言って悪びれなくケラケラと笑うマモンの後ろには、苛立たしげなサタンと薄汚れたクマのぬいぐるみを抱きしめたスコクスが続く。ふと、本来いるはずだった一人がいないことに気が付く。
「マモン、リヴァイアサンはどこに?」
「んーそろそろ来はるんちゃいます?」
マモンが言い終わるのと同時に、カツカツと苛立たしげにヒールを鳴らしてリヴァイアサンが濃い血の臭いを漂わせながら現れる。
「リヴァイアサン。遅刻ですよ」
「仕事をしてきたんだから少しは多めに見て欲しいんだけど」
まだ血で濡れているナイフを白い指先で拭いながら、リヴァイアサンは口元の布のせいでくぐもった声で答える。
「だとしても、です」
リヴァイアサンは答えの代わりに肩を竦めた時、ドゥの隣に控えるベルゼブブの姿を見つけ、露骨に嫌そうな表情を浮かべて見せた。しかし、すぐにその表情を隠す辺り、彼女なりにここではと言った思いがあるのであろう。
「ところでドゥ様。他のメンバーは?」
「まァまァ。他の面子のことなんてどーでもええやないの。せやろ、リヴァイアサン?」
「マモン、あなたに訊いてないわ。黙っててちょうだい」
「あーん。マモンのいけずゥ」
「いけずいけずー!」
楽しそうにマモンの言葉を拾ったスコクスに、リヴァイアサンは苛立たし気に舌を打つ。
「ここじゃなかったら殺してるところよ」
「いやーん怖いわァ。リヴァイアサンはほんま、怖いお人やなァ」
リヴァイアサンは苛立たしげな表情を浮かべるのを見て、ドゥは内心溜め息を吐く。本当に、口数の多いヤツらだ。
「アスモデウスとルシファーはカケラの回収に。ベルフェゴールはいつも通り勤務中です」
リヴァイアサンはその回答で満足したのか、短く「そう」とだけ呟いた。
面倒なヤツらばかりだ。それこそベルゼブブのように無駄口を叩かなければいいのにとさえ思う。ただ、彼らを幹部とすると決めたのは他ならぬ陛下だ。なのだとしたら、彼らを纏めるのが家臣であるドゥの仕事ではあるのだが。




