第8話 scarlet⑤
「ここですか?」
「えぇ。少々お待ちください。ライアン、迎えが来ましたよ」
言いながら、ドロシアがコンコンっと優しく扉を叩く。しかし、返事はない。
無視しているのか、それとも気が付いていないのか。
「ライアン? 開けますよ」
言うが早いが、ドロシアが扉を開く。一瞬、バキッと何かが壊れる音がした気がするが、気のせいだろう。きっとそうに違いない。
ゆっくりと、扉が開いていく。
その向こう、一番奥にライアンはいた。
こちらを振り向くことさえせず、丸まった背中はずっと机に向かったままだ。
「ライアン。お迎えですよ」
ドロシアが再び彼を呼ぶ。しかし、彼が振り返ることはない。その様子は無視しているというより、手元に集中しているようだった。
「ライアン」
スズナも、彼の名前を呼んでみる。きっと反応はないだろう。そう思って彼の名前を口ずさんだ。
「――え?」
ふいに振り返ったその顔に、思わずスズナの口から声が漏れた。
似ている。いや、似ているなんてもんじゃない。
スズナにとって、初めての弟子であり、最後の弟子だった彼。
金色にカールした髪。エメラルドのように輝く緑色の瞳。
運命なんて言葉を信じることは、スズナがこっちに来てからもうなかった。
緋色の魔女として生きていくことになったあの日、運命なんてないのだと自分に言い聞かせたのに。
きっと、もう信じることはないと思っていた。
彼の死に際。少しだけ話をした。
それで終わりだと。
そこでこの関係は完全に途切れたと、思っていた。
でも、そうか。こうして再び縁が繋がったのなら、全力で応えようじゃないか。
それが、君の師であるわたしの勤めだ。
「アハハハハハハッ! そうかそうか。君がそれを望むなら、わたしは全力で叶えようじゃないか。そうだろ? わたしの一番弟子、ルーベンス」
「……?」
突然笑い出したスズナに、ライアンとドロシアが顔を見合わせる。その様子が面白くて、スズナはまた笑ってしまう。
子どものように、久々の再会を懐かしむように。
でも、そうすることでもう彼に会えないことが分かって、ほんの少しだけ、寂しくもなってしまうのだけれど。
「改めまして、わたしはスズナ。今日からキミを迎え入れる、ただの魔女だよ」
◇
暖炉の中で、火の粉が楽しそうに弾ける音に、意識が眠りから浮かび上がる感覚がした。
ゆっくりと、緋色の魔女は目を開く。
どうやら少し眠ってしまっていたようだ。
昔の夢を、見てしまった。
弟子の帰宅を心待ちにしていたからか、これからの未来を想像してしまったからか。それはスズナには分からない。魔女はそんなに万能じゃないのだから。
首を少し動かすと、髪がサラサラと零れ落ちる感覚があった。
「……そろそろかな」
壁に掛けられた時計に視線を向けると、もうすぐ昼の二時を指すところだった。
耳を澄ませば、遠くから愉快な話し声が聞こえてくる。
さあ、こうしてゆっくりとする時間は終わりだ。
もう、運命は動き出してしまった。
なら、スズナもいい加減重い腰を上げなければ。
「騒がしくなるね、ルーベンス」
ふふっと小さく微笑んだのと、扉が勢いよく開かれたのは同時だった。
そこには見知った家事妖精と、彼女の腕に抱かれた小さな機械人形。
その後ろには不安そうな顔をした見知らぬ黒髪の少女。
そして、最後にふてくされた表情の見慣れた少年がいた。
何はともあれ全員が無事に帰ってきたことに安堵する。
なら、この家の主として、掛ける言葉はただ一つ。
スズナは、ふっと微笑み、口を開く。
「お帰り、三人とも。それからようこそ、フィー・ソムニウムさん」




