第345話 有意義な休暇 ②
ムロックのアルメキア侵攻はその最盛期において王国全土に及んでいたから、王都と未攻略迷宮は行方不明竜族の監禁場所として大いに有望だ。ただ、現在の王都が伝説の地下都市を覆うようにして建設された件は知られているが、地下を流れる下水道のそのまた下となると知る者がいない。アルメキア南東部にある迷宮にしても、出入口を管理しているのは傭兵旅団だが、収容者までは承知していない可能性がある。単純に知らされていないか、元管理者が不明という状況も十分に考えられた。双方とも情報収集は一筋縄ではいかないだろうが、調べる場所が分かっただけでも朗報だ。
「竜伝説は?」
「ムロックとの和平が成立した後に竜族と揉めたとする伝説を裏付ける記録はなし。そもそも、ムロックと滅びる寸前まで戦った後に竜族と交戦なんて無茶な話よね」
「だよな」
「いいように使役していた竜族が居なくなったのを隠すために嘘の物語をでっち上げたのが真実に近い、ってところかしら」
「ムロック人が邪悪な怪物扱いで、竜の祠は怪物の封印にされていたからな。誰がやったか知らんが、それぐらいの嘘はお手のものなんだろ」
「手慣れていると言うか、嘘が止まらなくなったと言うか、悲しいね」
結局のところ、アルメキアに伝わる竜伝説の多くは竜族を肥やしにする所業を糊塗するに過ぎない代物であった。他国の場合は竜族の恩恵を忘れたころに、無名の武人が豊かな土地を奪うついでに名を上げるべく踏み台にされたようだ。
「悲しいのは竜族だよ。どれだけ酷い目に遭うんだ?」
これにはリンもしばらく言葉を失う。もちろん、沈黙が意味するところは完全なラウルへの同意だ。
「……調査を続ければ違う見方の文献が見つかるかもだけど、ムロックの記録は当事者のカナスタさんから聞いた話と一致する第三者のものでしょ」
「わかった。調査は王都と迷宮に関する情報収集、それからアイアン・ブリッジ東の遺跡に絞るとしよう。念のため、グリノスの火竜伝説も調べてみるか」
グリノスの竜伝説はフレッチャー兄弟の先祖が関与していると聞いている。彼らに案内を請うのが正しいと思われたが、ラウルはふと疑問に思うことがあった。
「ご先祖様がものすごい英雄なのに、戦士兄弟はどうしてアルメキアくんだりまで出稼ぎに来てたんだ?直近の先祖に浪費家でもいたのかな?」
「たぶん、火竜から奪った土地の温かさが長続きしなかったんだと思う。特別無駄遣いをしなくても、元の暮らしに戻るまでそんなに時間はかからなかったかもね」
「度し難いな」
「え?」
「い、いや、何でもない」
竜王の口調が乗り移ったかのような自らの発言にラウルは動揺を隠せない。リンは聞こえない風を装ってくれたが、浅はかな人間のすることに腹が立ったのは事実だ。一瞬でも竜王の“掃除”に同調しかけたのは気のせいではない。
「ラウル、大丈夫?」
「あ、ああ。どうだろう、フレッチャー兄弟は案内を引き受けてくれるかな?」
「うーん、気乗りしないようだったら、場所だけ教えてもらおうよ。その、火竜の巣だっけ?フレッチャー牧場からそう遠くない感じだったけど」
火竜の巣と称する景勝地に見るべきものなどあるまい、リンは踏んでいる。それにもかかわらず、ラウルのフレッチャー牧場行きを積極的に承認した。グリノス滞在中に何かと世話になった戦士兄弟に別れの挨拶をするのが筋だし、根を詰めすぎた感のあるラウルにはちょっとした気晴らしが必要だと彼女は考えたのである。
その数日後、ラウルとリンの心配をよそに、フレッチャー兄弟は火竜の巣へ案内する依頼を大歓迎で引き受けることになった。先祖の愚行は今さら繕いようのない事実だが、あえて隠すことも真相を開陳することもしない。むしろ、ルニングラード奪還の立役者であるラウルたちの再訪を村おこしとして利用したがった。
「おやおや、まだグリノスにお留まりでしたか」
「我らにとって若は時の神ですからな。火竜の巣へは無料でご案内しますぞ」
アランは揉み手をしながらラウル主従を迎える。トーマスは恩着せがましく言うが、彼らの言う先祖伝来の土地とはフレッチャー牧場からは至近にある浅い窪地なのだ。記念碑らしいものもなければ柵で囲んでもいない。アルメキアのガンテ村にあった巨人の足跡よりもひどい出来の景勝地だ。この情景を見て火竜に挑んだ伝説の死闘に思いを馳せよとは無理難題もいいところである。ゆえに廃れているのであり、史跡として僅かの保護すらなかった。
「リン、これは……」
「円環状の土手だね。ここだけ植生が違うでもなし、専門の学者さんなら何かわかるかもしれないけど、私には荷が重いかな」
その土手ですら風化を免れていない。ラウルが少し力を入れて踏めば地面と同化してしまうだろう。彼は諦めきれずに地面へ手の平を重ねてみたが、冷たい土の感触以外はなにひとつ伝わって来なかった。
「うぐぐ」
「ま、まあ、落ち着こうよ。お茶でも飲んでさ。焚火を囲んで戦士兄弟の話を聞くのもいいと思うよ。竜伝説の現場には間違いないんだからね」
フレッチャー兄弟が抜かりなく丸太を運び入れて椅子にし、どこから取り出したのか、酒瓶を掲げて先祖の偉業に乾杯を捧げる。
「欲に目がくらんだのだとしても、我らの父祖は類まれな戦士であった」
「おうよ。戦士の魂に!」
ラウルの冒険に同行したことでフレッチャー兄弟は竜族の実態を知ってしまった。それは彼らの祖先があまり褒められたことをしたのではない、と思い知ることにもなったのだが、戦士兄弟に後悔は似合わない。何なら自分たちが次世代の英雄になればすむこと、とばかりに牧場とセーヴェルの発展に心血を注ぐのであった。
「恐ろしく前向きだな」
「見習わなくちゃね」
焚火を囲んで一杯やれば歌も出るのがフレッチャー兄弟だ。トーマスは自慢の声を披露し、アランは干し魚をあぶってラウル主従に振舞った。
「せっかくお別れに来ていただいたのに、馳走がこれでは恥ずかしいな」
「なにせ、皇帝陛下からのご褒美は牧場経営に残らず突っ込んでしまいましたのでな。貧乏暇なしですわい。わはは」
「どうぞ、お構いなく」(ウチと似てるな)
「羊が増えるんですね」
「まさしく、美しい従騎士殿」
「なに、繁殖できるまでの辛抱です。来年以降はきっと……」
フレッチャー兄弟は目を輝かせて牧場の将来を語る。やがては一族の雇用に留まらずセーヴェルの主力産業に躍り出ようという意気込みは見ていて気持ちがいい。
「きっと上手く行くよ」
羊を脅かす伝染病や肉食獣さえ彼らを避けて通るのでは、とラウルは思う。家畜の世話は時として寝ずの番を強要される重労働だが、フレッチャー兄弟は疲れた様子を一切見せない。彼らのたくましい商魂と強固な精神力には脱帽であった。
「むろん、そのつもりですとも」
「若の領地と競争ですな」
「言ったな。負けないぞ」
リンは満足げに男連中が励まし合う様子を見ている。ラウルの気分転換は効果十分であったことが嬉しいのだ。その後も、四人はなにくれとなく言葉を交わしたが、武器のあれこれを論じるうちに話題がラウルの武装に及ぶ。
「そう言えば、若は大きな金槌をお使いになられていましたな」
「そのことよ。剣術修行はどうなすったんです?」
「剣は打ったよ。リンのと合わせて二振りね」
「用いておられない?」
「勿体ない。確か、エルザの姉御から軽業を学んでいたと聞きましたし、結構な修練を積まれたのではないですか?」
「最初は父さんや母さんに殴られ通しだったけどね。その後、何度か剣術の試合らしいものもしたんだけどさ……」
「おや、言いにくいことですかな?」
「水臭いですぞ。お話ください、若」
ラウルは急かされるままに正直なところを語った。
主武装を剣から魔法の金槌に変更した理由の第一は、怪異の元凶になるような怪物相手には剣による攻撃では威力不足ないし相性が良くないからである。例えば、骸骨兵のように斬撃や刺突が効かない場合も多々あり、鍛冶屋にとっては手足に近い大金槌がラウルの怪力と合わさって凄まじい打撃力を生じたからこそ突破できたのだ。また、剣では氷の巨人がまとっていた装甲を破るのに時間がかかり、戦士兄弟の手をわずらわせたであろうことは想像に難くない。
ただし、戦い方がだんだんと大雑把になりつつあるのはラウルも自覚している。今なら近衛騎士のメルダース準男爵と試合をした際のように接戦になりはしない。通り一遍の剣術では歯が立たず、引っ掛けのような反撃技でどうにか勝ちを拾いはしたが、長い間勝負に負けた感覚が消えなかった経験を二度としなくてすむ戦い方をするだろう。例えば、いかなる剣術自慢に勝負を挑まれたとしても、初撃をわざと受け止めて動きを封じてから、竜闘気全開で相手を思い切り殴れば手荒く戦闘不能にできるのだ。
「ははあ、若は怪物相手の戦闘に慣れてしまわれたか」
「親父の大剣とか母さんの槍とかね、ああいう武装の意味だよ。常寸の剣じゃ巨大な怪物相手には威力も間合いも足らないんだ」
「おまけに生身の限界という目標まで取り上げられてしまったわけですな」
「もう生身じゃなくなったからね。もともと頑丈な身体だったけど、今じゃそれ以上の何かだよ」
焚火にくべていた薪が乾いた音を立てて爆ぜる。
「ほう、これは是非ともお手合わせいただきたいものですなあ」
何かを思いついたらしいアランが突拍子もないことを言い出した。
「へッ!?」
「あ、兄者は何を言うのだ?若は尋常の立ち合いに興味を失っておられるんだろう?今さら我らが……」
「分からんか、弟者よ」
アランは腰かけていた丸太から起立して持論を述べ立てた。曰く、先祖伝来の地で超常の力を有する竜の子と武を競い、試合を奉納することは戦士の名誉である。むろん、ラウルの身体能力は承知の上であり、こちらも怪物に挑む覚悟で全力を出す。
「だから、兄者よ、それに何の意味がある?」
「負けて学ぶこともあるが、はいつくばって地面を舐めるのは若になるかも知れんぞ?」
聞こえよがしの見え透いた挑発だが、アランの狙いは別にある。若は頭より身体を動かした方がよい、と彼は考えていたのだ。怪異に巻き込まれて数奇な運命をたどるラウルの気持ちは理解できるが、若干世を拗ねているような言葉の響きが気になった。彼を指導する立場ではないが、ここはひとつ、グリノス土産代わりに実力差を逆転する剣術の妙で持て成そうという腹積もりだ。
「な、なるほど。歴戦のフレッチャー兄弟にかかっては無理もありませんなあ」
アランがしきりに目くばせをトーマスへ送った結果、兄弟そろっての挑発になった。こうも悪し様に言われてはラウルも引き下がれない。
「地面を舐める?オレが?ようし、その勝負受けて立つ!」
焚火の明かりが照らすラウルの表情は寂しげではない。むしろ、これまで心に溜め込んでいた澱のような感情が薄まってさっぱりしていた。
三人の会話を途中から聞くに徹していたリンはフレッチャー兄弟の思いやりに気付いて目頭を押さえている。少々暑苦しいきらいはあるが、男同士の友情も悪くないものだと痛切に思った。
いつもご愛読ありがとうございます。
男の友情みたいな話は当節流行らないでしょうか。若はちと考え過ぎのようですな、とはアラン=フレッチャー心の声です。
徃馬翻次郎でした。




