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第344話 有意義な休暇 ①


時間の価値について述べた格言はタイモール大陸のそこかしこにあって、その大抵は怠惰を戒め勤勉を勧めるものだ。南国サーラーンでは時の流れを砂金の一粒に例え、グリノスでは身も心も凍る前にとにかく動け、と停滞を許さない。

 アルメキアではどうであったか、そもそも暇つぶしをしない性質であったラウル=ジーゲルは鍛冶屋の日常業務において時間が最も貴重な資源であることを肌感覚で承知していた。納期まで日にちのある仕事を請け負ったとして、納品日までに別件で急ぎの依頼が入るかもしれず、毎日こつこつと作業を進めるのに越したことはないのだ。

 一見余裕のある仕事ほど危ない、とクルトが心がけてラウルにも言い聞かせているおかげでジーゲルの店が納期を遅らせたことは一度たりともない。彼らが得た教訓は“空き時間などというものは在って無きがごとし”というものだった。


 そのラウルがグリノス帝国で使命の旅の停滞にも見える視察を続けているのは、時間の貴重さを身に沁みて知っているからこそである。グリノス帝国の国情から考えて外国人が気ままに視察をできる機会などそうそうあるはずもない、という切実な理由も手伝って、ラウル主従は何とかして“空き時間”を捻り出そうとしていた。

 まず、彼は東方諸島の竜王とムロック連合の大魔王からそれぞれ招待を受けたが、二件とも日限を指定されていないのを確認してから、その両方を先延ばしにする。どちらを先にするか悩むところを、修行と領地経営によって足元を固めるという第三の選択をしたのだ。その中にはグリノス皇帝の手配で許可された軍学校の見学や帝国図書館の利用などがあって、とても一日や二日では消化しきれない重厚な内容になっていた。


「なんとまあ、骨の折れる稽古をするもんだな」


 これは軍学校での演習を視察していたラウル=ジーゲルが何気なく口走った一言である。感想の対象は攻城兵器を組み立てたと思ったら解体し、荷馬車に積載できるように梱包する訓練だ。生徒以外にも補助作業員として大勢の軍夫が参加しており、戦場さながらの様相であった。彼の感想に説明役の軍学校教員がちらりと目線をやったが、皇帝の客人ゆえに間違っても嫌な顔はしない。このど素人め、と心の中でラウルを見下していても決して表情には出さない統制された精神力である。


「普段から練習しておかないと急場で役に立たないもの。組み立てにかかる時間を計っているみたいだし、手順と手際の両方が大事みたいね」


 ラウルの横に控えていたリン=クラーフが観察に基づく意見を述べた。これには教員が我が意を得たりとばかりにうなずく。御客人より副官殿のほうがよほど出来物なのでは、と言う代わりに、


「訓練であっても真剣です。怪我人が出ることもあります。また、そのような訓練でなくては実戦で仕える目途が立ちません」


 と彼女の観察に合格点を出した。


「毎日こんな感じなのかい?」


 またもや間の抜けた質問をするラウルに教員はすっかり警戒心を解いている。本来なら部外者に課業の内容を事細かく教えるなど機密漏洩以外の何物でもないが、体力検定は優等でも座学で落第しそうな客人の言動に釣られた。


「冬場は更に過酷です」


 運動場を除雪してからの訓練実施はアルメキア人には理解できまい、という自負が教員にはある。雪が降り積もる最中に生徒を運動場に出して横一列に整列させ、肩を組んで往復させる人力除雪の光景は軍学校名物なのだ。雪に足を取られるようでは将来の軍幹部候補生たりえず、しごきにしか見えない体力錬成は初級生徒が履修する課業の大半であった。別して、徒歩による長距離偵察を想定した“山”と呼ばれる行軍演習は一歩間違えれば遭難に発展しかねない勢いで実施される。これらの課業を黙々とこなせる生徒はほんの僅かだ。


「ヘンリー皇子も?」

「例外はありません」


 ひとたび軍学校の生徒となれば娑婆での財産や階級は意味をなさず、貴族を名乗るなら誰よりも過酷な任務に臨むべし、との教育方針によって例外どころか模範生徒以上の成績を期待される。ラウルはヘンリー皇子が少々気の毒になった。


(やっぱり、この国のお偉いさんは子供のころから一味違うな)


 アルメキアの貴族にも武辺者は大勢いるが、運動不足で顔色の悪い贅沢三昧を貫き通している連中のほうが圧倒的に多い。何ゆえに血が尊いのか、という時点で既に考え方の差があるとしか思えなかった。

 軍学校の視察を終えての帰り道、ラウルとリンはグリノス皇族の扱いについて思うところを述べあったが、話が流れて跡継ぎ云々になる。


「いやあ、皇子も大変だな。特別扱いどころか、もっと頑張れ、って話だもんな」

「後継男子も楽じゃないわね」

「グリノスがぶっちぎりで厳しいと思うけど、大物の跡継ぎってだけで重圧がすごいだろうに」

「ラウルもそうでしょ」

「確かに、オレの代で店がつぶれたら親父は泣くな。そう言うリンはどうなんだ?」

「ウチ?」

「男の子がいない」

「うーん、両親はいろいろ頑張ってたけど、こればっかりはねえ……って何言わせるのよ!」 


 クラーフ家がラウルとリンが亜人の子供を設ける将来へ跡継ぎの望みを託しているように、どこの世界でも後継者問題は重要かつなかなか思い通りにならない懸案事項である。ただ、ラウルは跡継ぎに必要不可欠な妊娠率向上スケベの類型を気にしていたのではなく、クラーフ家がリンの代で終わりになってはいけないと考えていただけだ。


「ち、ちがう!もうちょっと真面目な話だって」

「なによ?」

「ああ、ほら、ヘンリー皇子だけじゃない。オレの叔父貴だって立派に跡継ぎしてるだろ?ナジーブ義父さんのところはファラーシャに弟さんがいるよな?サーラーンの王様は、うん、どうかな、別の意味で跡継ぎ問題が起こりそうだけど、聞いた話では東方諸島を治める王様だか将軍様も跡継ぎには困ってないとか」

「それで?」

「アルメキア王家は大丈夫かな?オレが心配するようなことじゃないけど、どうも先行き不安でさ」


 意外な話の成り行きにリンは目をしばたたく。確かに、跡継ぎになりうる人物がコルネリア王女のみと目されるアルメキア王室後継者問題に関しては、ラウルのようないち王国民が心を傷める事柄ではない。しかしながら、改めて指摘されるまで意識に留めなかったことでもある。


「そんなこと考えてたの?」

「何となくさ」


 二人が宿屋に戻り、夕食を待つ間にも話は続く。ラウルはこれまで旅の途中で貴人やその後継者と接触する機会を持ったが、アルメキア王家の空気はどこか違うと感じていた。それが後継男子の不在だと分かったのは他国を遍歴した経験の集積である。


「言うほど変かな?」


 リンはこのような感想を持つ。国王であれ王女殿下であれ代替わりにしたがって忠誠の対象が変わるだけではないか。王国騎士たるもの王室への尊崇こそ肝要であろう。


「それこそ何となくだよ。?ああ、言っておくけど、女の人が仕切ってることに文句があるわけじゃないからな」


 決して、カール国王がクラウディア王妃を摂政殿下として政務を代行させていることやコルネリア王女の資質に否やがあるわけではない。また、性別を問題にしてもいない。男女の別なく知恵者がいることはリンやファラーシャに依存気味のラウルが一番よくわかっている。嫁の尻に敷かれていると言われようが、ラウルは家庭や領地の為に最善の方法を採用するだけだ。


「だったら……」

「ウチはいいんだよ。ウチやエスト南みたいなごく小さい所帯の話だったらね。でも、王様のところはそれですまないだろ?そのうち、親戚の叔父さんやら先々代の隠し子やらが出てきて収拾がつかなくなるんだ」

「いやに具体的ね」


 お家騒動は名家の常であり、あながちラウル得意とする妄想の産物とも言えない。このところ帝国図書館に入り浸っていた影響がラウル主従の会話にも出ていたのだ。ラウルは例の読書法でもって、リンから指定された本を一字一句漏らさず画像記録するだけだったのだが、なかなかどうして保存内容の読み込みも怠らなかったと見える。どうやら、歴史書のいくつかから醜い跡目争いの事件を拾ってアルメキア王家の現状と照らし合わせたようだ。リンの情報収集にお義理で付き合っていたのではなく、真面目に勉強していたのだから、その点は褒むべし賞すべしなのだろう。


「歴史は繰り返す、らしいぜ?」


 ラウルの言葉がだんだんと予言めいてきたが、アルメキア騎士の発言としては不穏当に過ぎる。そのことに彼自身も気付き、リンが調査している案件に話題を変えた。他でもない、行方不明竜族と竜伝説に関する洗い直しの件である。グリノス帝国図書館には友好国であるムロック連合渡来の書籍も豊富で、魔族側から見たアルメキア侵攻の始末記などは一見の価値があった。この手の書籍は間違ってもアルメキア国内ではお目にかかれない。

 

「脚色や誇張はお互い様として、どうひいき目に見てもムロック側の記録が信頼できそうなの」

「だろうな」

「残念よね。自国の歴史書があてにならないなんて」

「アルベールが魔族一般の物差しになるかは謎だけど、ムロック人の性格みたいなものもあるんじゃない?勝ちを飾らない、負けを誤魔化さないとかさ」

「うん……」


 ムロック連合の首脳はアルメキアを分析しながら戦争をしていたらしく、その記録は微に入り細を穿つものであった。なにゆえアルメキアは全方位に喧嘩を売るような拡張路線を定めたのか、と考えれば考えるほど分からなくなる答えを探すべく、彼らは占領地をくまなく調べる決定を下している。


「その調査中に囚われの竜族を発見したんだっけ」

「うん。魔族は文字通りアルメキア中を掘り起こしたんだけど、調査の手が及ばなかった場所が二つだけあるのよ」

「ひとつは王都だよな」

「そう。旧王都のほうが防備は格段に厚かったはずなのに、なぜか現在の王都が持ちこたえている。これは何かありそうね」

「もうひとつは?」

「ラウルはエルザさんと初めて会った時のこと覚えてる?」

「そりゃずいぶんと前の話だな」


 ラウルが冒険者としての第一歩を踏み出したエストの魔獣騒ぎ事件は忘れがたい思い出だが遠い昔のようにも感じられた。


「魔法使いと治癒師に傭兵までそろった冒険者部隊が偶然エストに居たおかげで助かったけど、エルザさんたちは遠征から帰る途中だったの」

「確か、ロッテの魔力が枯渇するのか試しに、火災の危険がない迷宮まで出かけたんだったな」


 ラウルは思わず太ももに手をやってさする。ロッテは魔法学院生徒でも屈指の使い手であったが、二重人格のごとき暴走の気があって、精神操作魔法の試し台にされて痛い目を見ていた。表現に正確を期せば、精神操作を破るためにリンがラウルの太ももを食器で刺したのだが、学院生徒を辞して学院長付きの秘書に転じてからは暴走の発作も治まったと聞く。とまれ、ムロックの調査が及ばなかった場所とはロッテ得意の極大火魔法を遠慮なく試せる実験場として使用された件の迷宮であった。


「ここはエルザさんに案内を頼むほうがいいわ」

「場所はどこ?」

「ポレダのはるか南、エストからはうんと東ね」

「知らなかった」

「遊びに行くところでもないしね。現在にいたるも攻略は未達成。当然、ムロックもね。そうこうしているうちに、大魔王さんが不慮の戦死……じゃなかった……負傷したせいで、調査は立ち消えになっちゃったみたい」

「するとなんだ、その迷宮は魔族がこしらえた設置型の罠じゃなくて、天然の迷宮だってのか?」


 迷宮に養殖物と天然物の種別があるはずもないが、ラウルの言わんとする事はリンにもわかる。迷宮が本来意味するところは怪物が逃げないように閉じ込めておく迷路付きの牢屋であり、超常の存在を閉じ込めておくには格好の場所だと思われた。


いつもご愛読ありがとうございます。

頭と身体を交互に使うことになる休暇の前編その一です。後編は久々の剣術シリーズになる予定です。

徃馬翻次郎でした。

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