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竜殺しはどんな手を使っても殺す

「なんなんだ……一体」

 部屋へと戻ったマルクスは、扉の前で僅かな混乱を伴った言葉でそう吐き出した。

 それから小さく息をつき、やや足早で部屋の奥へと進む。

 奥に置かれていた椅子を乱暴に引き、音を立てて座った。


「酒」

 共にバルト王国から、ここ神都ネウロへとやって来た従者の一人に、マルクスは顔を向けるだけでもなくただそれだけを告げた。


「畏まりました」

 返事の後、従者の男は静かに部屋を出た。そうして、その足で宿の厨房へと向かう。主から仰せつかった酒を得る為に。

 昼間から、と普段ならば諌める場面ではあったが、マルクスの機嫌が悪いのは従者でなくとも判る程に濃いものであった為、主の下手な不興を買う前に素直に従う事にしたのだ。


 ワインとグラスを手にした従者の男が部屋に戻り、それをマルクスの前のテーブルへと置く。

 マルクスは、ワインの入った瓶を鷲掴みにすると、グラスに注ぐでもなくそのままワインを口にした。


 喉を鳴らして瓶を傾けるマルクスに嘆息する。

 決して安いモノではない。マルクスの機嫌も考慮して、宿に常備している中で一番高い物を用意した。それを味わうでもなく水の様にあおるなんて―――贅沢な事だ……。


「どういう事だと思う?」

 半分程を飲み込んだマルクスが、小さく息を整えた後に、そう尋ねた。


 従者はすぐに返事はせずに逡巡する。


 大聖堂にて聖女マリアとの謁見を終えて出てきたマルクスが、青い顔をして従者に語ったのは、魔王が居た、というやや現実味の無い言葉。


 会ったのか? といった内容を従者はマルクスに尋ねた。

 会った。言葉を交わした。という答えが返ってきた。

 驚き、怪我は? と別の従者が尋ねる。

 無い、とマルクス。


 その後もいくつか尋ねたがマルクスから返ってくる言葉は短く、あまり要領を得るものではなかった。

 ――急いでこの場を離れたい。

 青い顔で足早に歩を進めるマルクスからは、そんな声が聞こえてきそうだった。


「魔王と聖女が手を組んだ、という事でしょうか?」


「馬鹿なっ。有り得ない」


 従者の言葉をマルクスがすぐに否定する。

 確かに、馬鹿な、とは従者自身も思った。

 神を讃え、悪魔を穢れと断じる教会の、まして法皇と並びその頂に位置する聖女が魔王と手を組むなどというのはにわかに信じられる話ではなかった。

 万が一にも、世界の7割が信仰する聖メネット教がその様な事態になれば、それはこの世界の正義の崩壊に等しい。それほどの事態。


 そこまで考えて、マルクスと目が合った。

 先程までの青い顔ではなく、ほんのり赤みがかった顔。


「正直な、魔王と聖女が手を組むとは思えん」

 酒の力か、幾分か落ち着きを取り戻したマルクス。


「それは私も同意見ですが、しかし、実際に居たのでしょう? 魔王は」


「……ああ。――しかしな、こうは考えられんか? 聖女は魔王と手を組んだのではなく、操られている、と」

 そう言ってマルクスは、聖女の間にて行われた謁見について、自身が感じた事を述べた。

 それは謁見についてと言うよりは聖女について。


 マルクスにとっては初めて聖女マリアと言葉を交わした謁見の場。言葉どころか、聖女マリアをあれだけ近い距離で見たのもマルクスは初めてであった。

 法皇達とは、五人全員と言うわけではないが今までに何度か会った事があるし、食事を共にした事もある。

 食事といっても個人的なものではない。

 法皇達は、理由こそ様々だが時折、各国に訪問してはその国の代表や主要人物達と交流を持つ事がある。

 対して、聖女は他国に出向く事は一切ない。

 これは聖女マリアに限らず、以前の聖女らも同様であった。理由について諸説あるが、公表されていないので定かではない。

 理由如何はともかくとして、

 ここ神都ネウロで聖女という祝福を受けたのち、死ぬまでこの神都ネウロを出る事はない。それが聖女という者であるらしい。


 その為か、一部の信仰薄の者から聖女は世間知らずと陰で笑われる事もある。表に出さずとも、そう思っている者は少なからずいるだろう。


 そんな聖女ではあるが、実際に謁見して感じたのは、思っていた程に世間知らずという訳でもなさそうであるという事。

 少し拙い部分もあったが、18という年齢を考えればまぁ年相応、ないし、やや高め。といったところか。想像していたよりは世間ズレしていない。

 また容姿についても想像していたより遥かに美しいと感じた。

 遠目に見た事は何度かあったし、絵画などでその姿を見る事も出来た。魔王の現れたあの日、その姿を世界中の人が目にした。

 ただ、あれはあくまで魔王の作った幻影の中の姿であったし、謁見程に距離の近いものではなかった。

 だから、あれ程の距離で聖女を見たのは初めてと言っていい。

 ――認めよう。美しい。

 今まであったどんな女性よりも聖女マリアは美しかった。

 それをどう形容すべきか……。そもそも形容出来る言葉があるのか……。信仰を押し出して例えるならば、あれこそが、女神、なのだろう。

 食の細そうな体つきはやや気になったものの、細過ぎるという訳ではない。立場を考えれば、粗食という事も考えられるゆえの体型なのだろう。


 一度目の謁見時はそう思った。


 だが、二度目。

 二度目の謁見となった今日、その考えを改めなければいけないのかもしれない。


 聖女は魔王に操られていたのだと。

 だからこそ、世間知らずとは遠いあの一度目の態度、対応なのだと。聖女が噂通りの世間知らずだとすれば、あの聖女がかの状況で、そんな駆け引きなど出来る筈もない。


 今思い出すだけども背筋が僅かに震えているのが分かる。

 魔王のあの目。冷酷だとか悪意に満ちるとか、そういった類いの目ではない。

 自身に向けられた、まるで路傍の石でも見る様な目。

 それでいて、何もかもを見透かした様な目。


 あの目を向けられた瞬間、謁見などほっぽり出して逃げ出したくなった。一秒たりともその場に居たくなかった。されど身体はまともに動く事すら忘れてしまい、ただただその場で立ち尽くす。


 そんな異常事態の中、まるで何の問題も無いとばかりに聖女の言葉は進んでいく。

 あれが異常でなければ、一体何が異常なのか。

 結論から言えば、あれは聖女が魔王の手に堕ちたと見るべきなのだろう。操られているのだと。

 だからこそあの様な態度でいられたのだ。


 ――聖女だけでは無いのだろう。

 あの場で、あの異常さの中で怯えていたのは私一人だった。


 左右に控えるシスター然り、聖女の脇にて控えるあの女剣士然り。


 一度目の謁見時に私を諌めた無表情な女剣士。

 予想が正しければ、あの剣士が噂に聞く【竜殺し】なのだろう。


 そこでマルクスは一度思考を変えるように、酒瓶を傾け、グビグビと音を立てて飲んだ。

 フゥと息を吐き出し、また思考に没頭する。


 ――魔王が現れる少し前の事。

 ネウロの地から遠く北の地にて、竜が街を襲うという事件が起こった。

 いや……。それはもう事件なんてものではなく災害の様なものだろう。竜とはそういう存在だ。

 北の地周辺の国々では竜の出現と共に、すぐに大規模な討伐隊が結成されたと聞く。たった一匹の竜に対して、万に近い人員が導入されたのだ。

 そうして行われた竜の討伐。

 現れた竜は、力のある竜であったらしく、部隊は苦戦を強いられたそうだ。

 大きな被害を出しながら、戦いは丸一昼夜続けられた。


 そんな中、部隊に遅れて合流したのが教会からの援軍であったと報告書の中にあった。

 援軍と言っても駆けつけたのはたったの10名。内9名は支援の役割を主とする者達で、残りの1人がかの女剣士。

 名をクロハ。一騎当千のクロハと言えば諸外国では既に知れ渡っている名ではあった。

 聖女を守護する彼女は、最強の盾として聖女を守り、時には矛としてその名を轟かせた。

 とはいえ、相手は竜。人とは比べものにならない。比べる事すら烏滸がましいまでの存在である。


 にも関わらず、嘘か真か、一騎当千のクロハは事もあろうに単独で竜と対峙し、一刀の元にその首を跳ねた。

 報告書を読んだ時、にわかには信じられなかった。今もあまり信じていない。

 竜を倒したというのは本当だろうが、単独で、しかも一刀など信じられるものでない。それを鵜呑みにする程馬鹿ではないのだ。

 誇張と、何かしらの裏があるのだろう。教会のお抱えだという事を考えれば、求心力を欲して、というのも十分に考えられる。竜殺しなどという過去の英雄のごとき二つ名が付いたのが良い証拠だろう。随分と欲深い聖職者達も居たものだ。


 実力の真意はともかくとして。

 英雄と持ち上げるからにはある程度の実力はあるのだろう。嘘がバレぬ程度には。

 その者でさえ、謁見時のあの場の異常を異常だという素振りを見せなかった。

 それを鑑みるに、聖女を始めとして、教会の者は魔王の手に堕ちたと考えるのが妥当だろう。

 それが何処までかは分からない。

 あの場に居た者だけなのか、それとも法皇を含めた教会全てに魔王の息が既にかかっているのか。


 ――これは一度、他の皇子達にも相談すべきか。


 そう思考しながら、マルクスは二本目にワインの入った瓶を開け、またグビグビと音を立てた。

 飲んでも飲んでも、マルクスは全く酔える気がしなかった。





「と、まぁ、きっとマルクス皇子はそんな事を考えながら酒に溺れている頃だと思うんだ」


 まるで見て来たかの様にそんな事を語る魔王。

 私の隣にいるクロハが鬱陶しそうにそんな魔王を見ていた。


 今、私の部屋にいるのは私とクロハ、そして呼んでもいないのに当然の様にいる魔王スノーディア。

 部屋の中にはほのかに甘い紅茶のにおい。


「あなたの話を真に受けるかはともかく、いくつか気になった点が」


「何かな?」

 私の言葉にニコニコと笑って魔王。


「まず、私が女神と同列に思われている事。それは烏滸がましいにも程があります。私が貧相なのは……まぁ、認めますが」


「そうかな? 僕は女神(笑)なんてものを生で見た事は無いけれど、少なくとも聖女ちゃんは可愛いぜ? とびっきりに。立場上、世辞におべっか、ゴマすりに依怙贔屓、とまぁ色々あって素直に喜べないのかもしれないけど、もっと自信を持ちたまえ」


「……体型については触れないのですね」


「………………嘘はつけない性分でね。発展途上という事で納得したまえよ」

 魔王の言葉に深い溜息をつく。

 別にいいし。誰に見せる訳でもないのだから――


「一応言っておくけど、僕は別に聖女ちゃんの容姿云々だけで、聖女ちゃんとの勝負を持ち掛けた訳ではないからね? そんなのは猿のする事だぜ?」


「そんなフォローはいりません」

 自分に女性として魅力が無い事など、魔王に言われずとも重々承知している。ただ、その事を磨こうと思った事はない。常に清潔であろうとは心掛けているが、女性として磨く、とはたぶんそういう事ではないのだろう。


「そう落ち込んだ顔をするのはやめたまえ。聖女ちゃんは可愛いぜ? 笑顔なんて極上だ」


「それはどうも」

 別に落ち込んでいる訳でないのだけれど、フォローのせいか落ち込んでいる様な気にさせられる。たぶんこの魔王の事なのでわざとだろう。


「護衛ちゃんを見たまえ。体型はまぁ……、猿受けするとして。全く愛嬌が無い。どころか、僕に対しては路傍の石かゴミでも見る様な目を向けてくる。オマケに特技は野蛮で血生臭い戦う事ときてる。別に男尊女卑するつもりはないが、女を捨てているね」

 ハハッとクロハを小馬鹿にする様に魔王が笑う。


「殺すぞ」


「わぁ怖い」

 視線だけで人を殺せそうなクロハの睨みを、ヘラヘラと笑って魔王がいなす。


 クロハが愛嬌が無いというのは当たらずも遠からず、とは思うが全く無い訳ではない。魔王が嫌いと公言して憚らないからこそ、クロハが魔王に向ける視線が冷たいものなのであって、クロハだって当然笑う。しかもとびっきり綺麗に。

 クロハは綺麗だし、スタイルも良い。ネウロでは珍しい黒髪も白い肌に良く栄える。声も凛としていて良く通り、優しく、時に厳しく、すごく頼りになる。私の自慢。

 私とクロハのどちらかを選べと言われたら、私が男性であれば間違いなくクロハを選ぶ。

 出来る事ならクロハに成りたいと本気で思う。


 クロハを見ているとなんだか本格的に落ち込みそうなので話題を変える。


「あとですが、私が世間知らずなのは否定しないとしても、だからといって魔王の手に堕ちたと思われるのは心外ですね。まぁ、あの場の状況ではそう思われても仕方ないのかも知れませんが」


「遅かれ早かれ、いずれそうなる、という話さ」

 言って、魔王が手にした紅茶を傾ける。


「世界がひっくり返っても有り得ませんね」

 別に対抗した訳では無いけれど、そう返して私も自身の紅茶に口をつける。

 紅茶で喉を潤した後で続ける。


「それとも、魔王。あなたは人心を操る何らかのすべを持っている、と考えるべきでしょうか? 魔法、或いはそれに準ずる何か」


「勿論あるとも」

 特に隠す素振りも見せずに魔王が質問に答える。

 驚く様な答えでもない。魔王に限らず、その手の魔法に長けている者ならそういった事も可能であると知っていた。


「けど」

 紅茶をテーブルへと置いて、魔王が続く言葉を口にする。


「それを使うつもりは無いぜ? 使う相手が聖女ちゃんだろうが取り巻きだろうが、それはルール違反だしね。聖女ちゃんを口説くのに、そんな無粋な魔法を使うつもりは全く無いさ。あくまでも」


「正々堂々」


「そういう事だね」

 楽しそうに魔王が微笑む。


 その言葉がどこまで本気なのかは分かりかねる。ただ、少なくとも今すぐに、という事はないのだろう。魔王は、この勝負を楽しんでいる節がある。というか間違いなく楽しんでいる。

 そうであるならば、このくだらなくも世界の命運の懸かったゲームに、反則の様な手段を用いる可能性は少ない様に思う。

 もっとも、それはまだこのゲームが序盤だからであって、進むにつれてそれがどうなるのかは分からない。そうなる前に、どうにか策を講じる必要はある。

 どうすれば良いのか、見当もつかないけれど……。



「そう言えば、護衛ちゃん」

 紅茶をゆっくり飲みながらそんな事を考えていると、魔王がクロハに話掛けた。


 クロハは返事はせず、ただ魔王に視線だけを向けた。

 そのクロハの話掛けるなという意思の籠った不快そうな目など気にもせず、魔王がクロハへと尋ねる。


「少し前に竜を殺したんだってね? どんな奴だった? 特に色」


 やはりというか、クロハは答えずだんまりを決め込む。


「護衛ちゃん、大事な事なので答えておくれ」


 魔王の言葉にクロハが小さく息を吐く。


「貴様の事なので私が答えずとも分かっているのだろう?」


「いやいや、それは買い被りだよ? その頃は丁度、勇者とかいう頭のおかしな連中をからかうのに忙しくてね。だから、竜が街に現れたのは知ってはいたけど、流石の僕でも色までは分からないのさ」


「……緑色の奴だ」


「ハッキリと緑だった?」


「……薄い緑だ。白に少し緑を混ぜた程度のな」


「そうなんだ。若い奴だね」


「若い?」と、私。


「そう、若い」

 怪訝そうにする私に魔王が告げる。


「竜はさ。色んな色の奴がいて色によって個体差、強さがマチマチなんだけど、卵から孵った直後は全部白いんだよ」


「そうなんですか?」

 クロハに尋ねる。


「私は別にドラゴンキラーじゃない。生態までは知らん」

 クロハの言葉。

 ドラゴンキラーというのは、過去に実在したとされる英雄の事。数多くの竜を討伐した事から、ドラゴンキラーと呼ばれている。


「まぁ、英雄ドラゴンキラー云々はともかくだね。竜は最初は白いのさ。白い色をした竜の雛達は、成長と共に徐々に色が付いてくる」


「ああ。だから、薄い緑なので若い、ですね?」


「そういう事だね」


「それと貴様の言う大事な事がどう繋がる?」


「子は親を慕い、親は子を愛すものさ。トカゲにそんな高尚な感情が当てはまるかは知らないけどね」


「……それはつまり、親が復讐に来ると?」


「可能性は低いだろうけどね」


「無いとは言えない、わけですか……」


「まぁ、ね。けど、つよ~い竜殺し様がいれば問題ないんじゃないかな? なんせ一刀両断したそうじゃないか? 凄いけど―――いやはや、それって女どころか人間捨ててるぜ護衛ちゃん」


「……自分はもっと凄いとでも言いたいのか? 人外」


「純粋に褒めてるのさ。護衛ちゃんって、もしかしてあの勇者より強いんじゃないかな?」


「知るか」


「いやいや、絶対強いって。竜殺しなんてそうそう出来るもんじゃない。偉業だぜ? 護衛ちゃんは凄いよ。そんな護衛ちゃんが傷ひとつ付けられない僕はもっと凄いんだけども」


「……殺すぞ」


「好きにしたまえ。歓迎するよ?」

 とても愉快そうに魔王は笑った。 

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